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人は、常に不満を抱えている


#子どもに教えられたこと

僕がタロットを教えている生徒さん(仮にAさん)、そのお子ちゃまから学んだことです。

緊急事態宣言が出ていない頃、対面でタロットを教えていました。
Aさんは2度目の勉強会、お子ちゃまとともに来られました。
Aさんの友達(Bさん)も来ていました。Bさんは、初参加でした。
教えることも勉強なので、Aさんに復習として、Bさんを教えるように言いました。

その間、僕は子守をしていました。
小さい男の子でした。
子守は大変でした。
お子ちゃまはまだ、「うっ!」と「こっち!」「あっち!」ぐらいしか喋れないので、何を伝えたいのか、どのように遊びたいのかを想像する必要がありました。

しかし、お子ちゃまの思考パターンが読めません。
どうしておもちゃの車同士をぶつけるのが楽しいのか、
(一通り要求どおりに動かすと、「じゃがりこ」を一本くれます。それを何回か繰り返しました。)
どうして真っ暗にした浴室から明るい部屋へ飛び出すのが楽しいのか、
全然わかりませんでした。
(すべての部屋を見て回るというのは、分かりました。僕も同じことをしますから。)

そうこうしている内に、さぁ、もうお開きです、となりました。
僕が靴を履こうとすると、お子ちゃまは泣いてしまいました。
どうやら今、靴を履きたかったのに、僕が邪魔してしまったようです。
「おお、ごめんよー、気づかなかったわー」と慰めると、やや気を取り直ししました。

これが僕には学びでした。
今、靴を履きたい。この程度のことですら、期待なのです。
期待が邪魔されると、怒るか泣くかで苦しみます。
僕が長年、雲がかかったように苦しかったのは、ただこれだけのことではないかと、思いました。

一瞬で期待を作ってしまっているのです。
それが叶えられないから、一瞬で苦しくなるのです。

そして苦しくない、何とも無いとは、ただ期待が叶っているだけの状態なのではないかと。
これは、あまりにも苦しみに満ちた生き方に思えます。
経験上、多くの僕の期待は、叶いません。
期待した結果は、自分だけが原因で成り立つわけではないからです。
特に、他人に対する期待は悪夢です。

間違った、成り立たない期待を作るから、苦しんだと仮定して、
期待をしない生き方を、模索しています。

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