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知っておくべきエンバーミング〜亡くなった時の遺体処置について〜

人が亡くなると、湯灌をして衣を着せてお棺に納めます。最近、この一般的な流れにプロセスが一つ加わりつつあります。元々欧米で一般化しているエンバーミングという処置を行うケースが国内でも増えてきています。エンバーミングという言葉もまだまだ日本では一般的とは言い難いでしょう。いざその時になって「エンバーミングなさいますか?」と聞かれた時に戸惑う方も多いと思います。本記事にてエンバーミングについて簡単にまとめましたので、理解を深めていただければと思います。
※ 本記事は未来の住職塾がフューネラルサポートサービス様のご協力を得て行った勉強会の内容を元にしております。

エンバーミングとの出会い

私自身は2006年ごろにエンバーミングに立ち会ったことがあります。勤め先のお客さんが日本で突然亡くなり、エンバーミングの必要が生じたためです。この方(Sさんとします)はトルコから、1年ほどの少し長い滞在予定で、岡山の造船所にて現場監督をされていました。

Sさんは大変柔和で気配りを欠かさない方でした。亡くなる2、3週間前にも、「いい寿司屋を見つけたんだ」と、出張で岡山を訪れた私にご馳走してくれたばかりでした。突然の訃報に、知らせを受けたときは、にわかには信じられませんでした。

図1

当時はエンバーミングのエの字も知りませんでしたが、ご遺体を本国に送るため航空機に載せるには必要不可欠とのことでした。ご遺体は岡山から夜通し車で運んで頂き、東京のとあるエンバーミングセンターにお願いしました。このとき、私もご対面させて頂き、立ち会わせて頂きました。

同時にトルコ航空の貨物室を抑え、大使館で死亡手続きを行い、各種証明書を揃えて、輸出手続き(ご遺体は「貨物」になります)を行いました。初めての経験でしたが幸いトラブルもなく、無事にご遺体を本国にお戻しすることができました。この時の経験は、Sさんを失った悲しさと共に今でもはっきりと思い出されます。

エンバーミングの歴史

ご遺体搬送の事例からもおわかりかもしれませんが、エンバーミングの目的の一つは、ご遺体の腐敗を止めることにあります。

こういった技術が生まれ、進化するに至った背景を理解するために、少し歴史を振り返ってみたいと思います。

エジプトのミイラ
エンバーミングの起源は古代エジプトのミイラにあります。古代エジプト人は、魂は不滅であり、いずれよみがえると信じていました。そのため、戻るべき肉体を維持する必要から、遺体の保存の技術を培い、結果として多くのミイラを残しました。

図2

近世ヨーロッパ
ルネッサンス期以降のヨーロッパでは解剖学が進化しました。イタリアのボローニャ大学では1500年代に入ると体系立てた解剖学の研究が始められ、これがヨーロッパにおける近代的な解剖学研究の先駆けとなりました。

この流れはヨーロッパ各地に広がり、18世紀にはパリ大学やウィーン大学でも解剖の講義が実施されていました。解剖学研究の進化に伴い、人体保存の技術も進化したと考えられています。

南北戦争
近代においては、南北戦争において、エンバーミングが盛んに行われたとのことです。多数の戦死者の遺体を故郷の地に運搬する必要がありました。防腐処理をするとともに、なるべく生前に近い状態にして遺族の元に送り届けるために、エンバーミングの技術も一層発達しました。

エンバーミングの果たす3つの役割

エンバーミングは遺体の腐敗を防止する効果以外にも重要な役割があります。それは防疫と修復です。ここで改めて3つの役割を整理します。

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(役割1)防腐
血管に衛生保全液(防腐液)を注入することで遺体の腐敗が進行することを防止します。遺体の劣化を遅くすることにより、ゆとりをもってお別れができます。

(役割2)防疫
感染症に罹患して亡くなった遺体の場合、遺体からの2次感染のリスクがあります。そのような遺体を消毒・滅菌し、感染症リスクを排除することで、遺体との対面を可能にすることができます。

(役割3)修復
闘病生活によるやつれを始め、事故による遺体の損傷など、生前の元気だった状態と比較すると、遺体には見た目上ダメージがあることも多いものです。損傷部分の修復や、見た目の改善(化粧を含む)により、生前の元気だった頃の表情に近づけることができます。これにより、遺体に対面する遺族の心理的な負担を軽減することができます。

エンバーミングとグリーフケア

上記の通り、エンバーミングによって遺体の腐敗を遅らせ、ゆとりをもってお別れできることは心の整理につながります。また、感染症により不可能だった対面が可能になったり(防疫)、遺体の損傷による心理的負担を軽減したり(修復)というように、エンバーミングにはグリーフケアの要素があります。

外観については、亡くなった直後には問題がなさそうな場合でも、僅かな時間で見た目の変化が大きく現れる場合もあるそうです。そういったものも遺族にとっては心理的な負荷となります。

昨今、火葬場待ちのために葬儀まで日数を要するケースも出ています。そうなると冷蔵庫のような設備を利用して遺体を保管する必要も出てきますが、遺体をそのようなところに預けてしまうことも心の負担になることがあります。エンバーミングしていれば最後までご遺体の近くにいることができます。

以上のように、エンバーミングはグリーフケアの観点からもメリットがある場合が多いと言えるでしょう。

海外の現状

エジプトのミイラから始まったとされるエンバーミングですが、現在海外での普及状況についてどうなっているのか、簡単にまとめてみました。

カナダ
フューネラルサポートサービス代表でカナダご出身のロバート・ホーイさんによると、そもそもカナダでは、エンバーミングされていない遺体に遺族が対面することはない、とのことです。

カナダは火葬の比率も高いようですが(一説には50%近く)、それでもほとんどの遺体にエンバーミングがなされているとのことです。

アメリカ
南北戦争の事例にもある通り、アメリカはエンバーミングの中心地の一つです。もともと土葬が主流ということもあり、根強いエンバーミングの需要がありました。近年火葬の割合も徐々に増え、2019年の NFDAのレポートでは火葬率が推定54.8%と過半数を超えてきてはいるものの、ほとんどの遺体にエンバーミングがなされている模様です。

イギリス
イギリスの火葬率はおよそ8割ですが、エンバーミングが徐々に普及してきており、現在では推定50〜55%の遺体が何らかの防腐処理を施されているとBBCは報じています。斎場でも遺族にエンバーミングを勧めているそうです。

(上記記事より)
葬儀業界では、英国の遺体の50%から55%が、親族に見てもらえるように何らかの形でエンバーミングを受けていると推定されています。近年では、事務処理の遅れにより、死亡から葬儀までの時間が長くなっていることから、このような方法がより一般的になってきています。

記事にある「事務処理の遅れ」とは多死社会による影響なのか気になるところですが、いずれにせよ、欧米各国を中心に、エンバーミングは故人を送るプロセスの一部として、かなり組み込まれている模様です。

日本におけるエンバーミング

では日本におけるエンバーミングの現状はどうなっているのでしょうか。日本ではまだ十分認知されているとは言えないエンバーミングですが、近年、伸び率で見ればかなりの勢いで普及しています。

図3

1988年に埼玉県に日本初のエンバーミングセンターが開設されてから30年が過ぎました。1990年には656件だった施術数は1995年に8,415件を数え、直近の2019年では51,034件を数えるまでになりました。この数は国内全死亡者数137万6千人の3.7%に相当します。

また、近年の増加割合は年率約10.8%の上昇幅を示しており、この比率そのものも増加傾向にあります。保守的に見積もって、仮に今後10.8%の増加率が続くとすると、25年後の2045年には73万件以上の施術数となり、全死者の半数程度がエンバーミングを受ける計算になります。

図4

より加速度的な普及を示す場合はこの数はもっと大きくなるでしょう。

現在では、エンバーミングセンターは24都道府県に設置され、23社が66のセンターを運営しています。エンバーミングに注目する葬儀会社も増えていて、葬儀会社の社員には、エンバーマーの資格を取得する方も出てきているようです。

問題提起

世界的な流れを見ても、日本国内におけるこれまでの伸びを見ても、今後とも日本においてエンバーミングが一層普及していく流れは変わらないでしょう。

現状の普及率はまだ3.7%とはいえ、その件数はすでに年間5万件となりました。このような状況で、いろいろと考えるべきところも出てきているようです。それはエンバーミングを否定するものではなく、エンバーミングをより良く故人および遺族の方々にフィットさせるために我々はどうするべきか、という問いそのものでもあります。

エンバーミングしないといけない?
遺族がエンバーミングされますか?と聞かれた、エンバーミングという言葉自体聞くのが初めてかもしれません。よくわからないものに対してはなかなか判断できるものではありません。遺体に防腐措置をします、と言われてもそれをするべきかどうかは悩むところでしょう。

逆に、エンバーミングを勧められたことで、エンバーミングしないことがよくない、と、ある種の強迫観念に駆られてしまうこともありえます。納得感の乏しいまま、施術を選択してしまうこともあるかもしれません。

こういった事態はエンバーマーにとっても遺族にとっても大変不幸なことです。先入観なく、押し付けなく、中立的にエンバーミングをすべきかどうか判断できる環境が求められます。とはいえ実際には判断のために与えられる時間は決して多くはないでしょう。遺族の気持ちに立ってどういう選択が好ましいかをサポートできる存在も必要かもしれません。

これは本人じゃない!?
エンバーミングはやつれた表情を生前元気だったころに戻す施術も可能です。闘病による苦痛の表情が残った故人の顔を見るのは辛いことでもあります。ですが、一概に元気な頃の表情に戻せば良いかというと、必ずしもそうとも限らないようです。

故人の闘病生活を見守ってきた遺族にとっては、お亡くなりになるまでの一連の流れをしっかりと受け止めていることも多いでしょう。苦痛の表情も含め故人である、と感じている遺族もいらっしゃります。そのような方々にとっては、故人の表情が突然元気な頃に戻ってしまうと違和感を感じるケースもあります。残念なことにそのような事例を実際に耳にしています。

お見送りに際して、どの時点の表情に戻して差し上げるかは、遺族の意向をよくよく聞く必要があります。遺族の感情・意向を十分に汲み取らないと、せっかくの施術が違和感を生んでしまいます。葬儀の準備はバタバタと進み、遺族の方も余裕のない状態ではありますが、こういったボタンの掛け違いが起きないようにしたいものです。

僧侶が果たすべき役割

日本において、エンバーミングという技術が故人を送るプロセスに入るようになって約30年。近年いよいよ普及期に入ってきたように思われます。一般には認知度がまだ高くないことから、今後しばらくは「問題提起」のところで指摘したような事態が少なからず発生することでしょう。

新しいものが普及するときに混乱があるのはやむを得ないことですが、故人を送る場においては、やはり可能な限り理想的なお別れができるようにしたいものです。

そう考えると僧侶は、エンバーミングに関して、檀信徒・遺族の相談に乗れる存在になるべきだと思います。現状、僧侶もエンバーミングについての知識が十分ではありません。まずは正しい知識を備え、また、実務上起きうる問題についてケースを学ぶ必要があります。

多死社会を迎え、首都圏などでは火葬場も逼迫し、遺体を安置する日数が伸びる傾向にもあることから、実務上もエンバーミングの必要性は高まりつつあります。

また、昨今のコロナウィルス感染症の問題にあるように、防疫の観点からもエンバーミングが注目される時期にきています。

こういった外部環境の変化も捉え、欧米では古くから普及しているエンバーミングが日本においても加速度的に受け入れられる可能性は十分にあるでしょう。

エンバーミングを取り巻く環境においても、諸行無常を捉え、人々の抜苦与楽に寄与できる僧侶が増えることを期待します。

最後に

お見送りは長い闘病生活の後にやってくることもあれば、ある日突然やってくることもあります。いずれの場合でも「その時」から葬儀が終わるまではほんの数日、長くてもせいぜい1週間です。その間、遺族は非常に慌ただしくいろいろなことを決め、多くの方をお相手し、休む暇がありません。

そういった中で判断に悩むこともあるかもしれませんが、下した判断について、のちのち後悔することは避けたいものです。この後悔を避けるためには事前に知っておくこと、ある程度考えを持っておくことだと思います。

お見送りに関することは、日常的にはあまり考えない類のテーマかもしれません。ですが、実際にそうなると全てが緊急事態的に推移します。いざという時に慌てないよう、自信を持って判断を行えるよう、少し考えてみても良いかと思います。

いざというときに、よいお見送りをできますよう。

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