新しい世界へ! 少女時代の革命歌Into the New World

昨夜遅くまで、以下に並べた動画を見ながら、ぼろぼろ涙を流していた。

2月25日、韓国の音楽番組『ミュージック・カウントダウン(略称Mカ)』で、Iz*One、Weki-Meki、(G)I-DLEの3グループのスペシャルコラボステージで、少女時代(Girls Generation)のデビュー曲「Into the New World」が披露された。

反響は日本でも素晴らしく、Twitterのトレンドに「Into the New World」があがったほどだった。特に、日本の古参Kpopファンからは、「胸熱」的な呟きが多く書き込まれた。

ご存知のとおり、少女時代はKpopブームの火付け役だった。2010年8月25日、夜7時のNHKニュースで、少女時代が初来日し、有明コロシアムで行われたショウケースに2万人が詰めかけた事が、トップで放送された。

これについて、多くのネガティブなコメントがネットを賑わせた。NHKには、多くの抗議電話が殺到したという。当時、『冬のソナタ』など韓流ドラマのブームのバックラッシュとして『嫌韓』という言葉が飛び交っていた。山野車輪のマンガ『マンガ 嫌韓流』は2005年から1~4まで刊行され、ベストセラーになっていた。

少女時代は、初来日に際して、目立ったプロモーションをやっていたわけではない。テレビや新聞といったオールドメディアでは、ほとんど取り上げられなかったのではないか。ただ、インターネットを通じて少女時代は日本でもかなりのファンを獲得していた。上記の有明コロシアムのショウケースは、当初一回だけの予定が、三回に増やされたほど、関係者の予想すら上回る盛り上がりだったのだ。

もちろん、嫌韓の皆さんは、そんな事情に耳を貸すはずもなく、「電通や反日メディアごり押しだろう」的な議論が起こった。この年の紅白歌合戦に少女時代が出演した際は、NHKの外で抗議運動が繰り広げられたのだ。

当時のぼくは、Kpopにさほど興味がなく、はまり始めたのは前に書いたように、2016年に上海のホテルで偶然、Gfriend(ヨジャチング)のステージを見てからだ。帰国後、GfriendのMVを漁っていたぼくは、彼女らのデビュー曲「Glass Beads」を見て、動画をリンクしてTwitterで呟いたところ、詳しい人から「少女時代のデビュー曲とそっくりですよ」と教わった。そして、「Into the New World」のMVを見たことで、少女時代にもはまったというわけだ。

その年のくれ、ぼくはこの曲と意外な形で再会する。2016年11月、ぼくはソウルで、朴槿恵大統領退陣を要求する、いわゆる「ろうそくデモ」を間近で見た。この時のデモは、大統領官邸に近い景福宮前に特設ステージが組まれ、まるでコンサートのような雰囲気だった。そして、ぼくは直接は聞けなかったのだが、多くの人が少女時代の「Into the New World」を歌いながら行進したと後に知った。

その年の7月、梨花女子大の学生たちが抗議集会を行った。きっかけは新学部設置をめぐる運営陣との対立だったが、ちょうど国政介入が囁かれていた崔順実(チェ・スンシル)の娘ユラが、母親の口利きで裏口入学したのではないかという疑惑へと飛び火する。
7月30日、当局は機動隊を学内に突入させた。本館で座り込みを続けていた200人の女子大生たちは、互いに腕を組みながら、「Into the New World」を歌った。その映像はYouTubeで配信され、話題を呼んだ。

梨花女子大学は、1886年にアメリカ人宣教師(メソジスト派)スクラントン夫人が創設した梨花学堂(イファンハクツタン)の後身だ。1919年、日本の植民地支配に抗議する朝鮮民族の示威活動(三一万歳運動)が全土で燃えさかった時、多くの梨花学堂の少女たちが街頭で抗議の声をあげた。その1人、16歳の柳寛順(ユグァンスン)は郷里の天安(チョナン)に戻って抗議活動を続けて逮捕され、翌年、獄死する。

2016年11月、ぼくがろうそくデモを見るために渡韓した時、毎週土曜日に行われていたデモの前日(金曜日)、放課後で帰宅途中らしい女子高生の一団が、手製のプラカードを掲げながら、笑顔で「朴槿恵、退陣せよ!」とソウルの街中を歩いていた事を思い出す。前年の2015年、朴槿恵大統領が歴史教科書を国定化しようとした時も、ソウルで大規模なデモが起こったが、そのきっかけは、女子高生たちの抗議活動だった。韓国のスクールガールたちが政治運動に携わるのは、前世紀からの伝統らしい。

そして、朴槿恵退陣を要求するろうそくデモにおいても「Into the New World」を歌う女性たちの声が、冬の夜空に響いた。

私たちの目の前にある、けわしい道
想像もつかない未来と壁
それは、変えられない
でも、あきらめたくない

この世界の中で繰り返される
悲しみにさよならを

たとえ、道に迷うことがあっても
かすかな光を私は追い続ける

いつまでも一緒にいよう
また巡りあう世界で

「新しい世界がたとえ悲観的であっても飛び込んで変えろという趣旨」が込められていると作詞したキム・ジョンベが語る「Into the New World」の歌詞は(『韓国日報』2016年8月16日付)、デビューを控えた少女たちの不安と希望を表現したものだったかもしれない。だが、すぐれた芸術は、作り手の意図を越えて一人歩きしはじめたのだ。

その、ろうそくデモが真っ盛りの2016年末、日本でいえば紅白歌合戦にあたるKBS歌謡祭で、Girl's Presentというスペシャルステージが行われた。この年ブレイクしたガールズグループのRedVelvet、TWICE、Gfriend、I.O.Iの4グループ全員が「Into the New World」を披露したのだ(動画の2:34から)。

2016年は確かに多くのガールズグループがKpop界を席巻した。Kpopアイドルを目指す少女たちが練習生時代に必ず練習させられるのが「Into the New World」だという。だが、KBSの歌謡祭ではあからさまにしていないが(政権によって送り込まれた経営陣の下では)、毎週土曜日繰り広げられていたろうそくデモへの密かな連帯表明が込められていたのかもしれない。

そして、ろうそくデモによって朴槿恵政権が倒れ、リベラルな文在寅政権となった後も「Into the New World」は、異議申し立てのシンボルとして歌い継がれる。アメリカでハリウッド映画界のセクハラ体質の暴露から始まった#MeTooムーブメントは、韓国にも飛び火した。芸能界における過去のセクハラが暴露され、著名な政治家や演劇関係者、俳優が表舞台から去る事になった。その時もまた、「Into the New World」の歌が鳴り響いたのだった。

そして性的マイノリティの権利拡張を訴えるデモにおいても。

その後、この歌は他国でも抵抗のシンボルとして歌われるようになる。2020年10月、タイで繰り広げられた大規模な反政府デモで、『Into the New World』を歌う若者たちの姿が多く見られた(ウォリックあずみ「K-POPと共にハングルが世界へ拡散 ネットやデモで政治スローガン訴えるツールに」『Newsweek日本版』2020年12月8日)。

少女時代のメンバーたちは、自分たちのデビュー曲が、世界を変えようとする人々の応援歌となった事を、このように語っている(金成玟『K-POP: 新感覚のメディア』)

「歌手として大きなプライドを感じた瞬間。自分がこの仕事をつうじて伝えたかったこと」(ユリ)

「女性が他の女性に力を与えられたことに、少女時代として誇らしい瞬間だった」(ティファニー)



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