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『魔道祖師』考察🏹魏嬰の独り言①

日本語版原作第1巻~第4巻を何度も読み返して、いくつかの疑問が浮かび、もやもやをすっきりさせたいと考察+二次創作を書いてみた。
疑問その①藍忘機はどの段階で恋に落ちたのか→『藍湛の呟き』
疑問その②魏無羨にとって藍忘機はどんな存在だったのか→『魏嬰の独り言』
疑問その③夷陵老祖となった魏無羨はなぜあんなに性格が変わってしまったのか→『夷陵老祖零す』と綴ってみた。
創作のヒントになる原作の参照ページを記載。原作と合わせて読むのも面白いかも。

あくまでもいちファンの願望として捉えて頂くと有難い。

✨✨✨✨

【雅騒】(一)


蓮遊


「阿羨、今日はわたしが手合わせしてやろう」雲夢江氏の試剣堂で江楓眠は言った。
「はい!」元気いっぱいの返事と共に、まだ、幼さが微かに残る12歳の魏無羨は先だって江楓眠から譲り受けた剣をかざした。

9歳で江家に引き取られ、実の息子のように育てられた魏無羨は柔らかい布が水を吸いとるように、教えたことはすぐに覚え、剣術も見たままを再現した。彼は江叔父ジャンおじさんが褒めてくれるのが嬉しくてわからないことは何でも聞きたがった。
が、そうした日は決まって江澄ジャンチヨンの母、 ユー夫人の機嫌が悪くなった。そんな母を見ると江澄はおどおどと落ち着きがなくなる。

《日本語版原作  第3巻  P191》
玄門の仙家である雲夢江氏には、江澄の他に二つ上の姉、江厭離ジャンイェンリーがいる。魏無羨が引き取られた時、江澄は大切な愛犬を手離すことになり、寂しい思いをさせてしまった。そのせいで江澄は始め、魏無羨を許すことができなかった。江厭離はそんな江澄を説得して、ふたりが仲良くできるようにいつも骨を折ってくれた。

雲夢に来て初めての夜、道に迷い登った大きな木の下から心配そうに声をかけてくれた師姉。木から落ちて足を折った魏無羨をおぶってくれた時のこの上ない安心感は一生忘れない。そして「犬が来たら俺が追い払ってやる」と言ってくれた江澄も今では本当の兄弟よりも強い絆で結ばれている。ふたりのためなら魏無羨は命さえ投げ出すだろう。

《日本語版原作 第2巻 P353》
魏無羨の父は江楓眠の側使えだったが、母は後に蔵色散人ぞうしきさんじんと呼ばれた聡明な修士だった。父は母の道侶となるために江氏をはなれ母と共に旅立つ道を選んだ。魏無羨の幼い記憶には母の言葉が今でも聞こえてくる。「魏嬰、他人からもらった恩は決して忘れちゃダメよ。小さなことも必ずお返しをしなくちゃ。そのかわりに自分がしたことは忘れてもいいから。」

 この日も、久しぶりに江叔父さんと剣術をしたあと、続けて江澄が手合わせをしたが、途中で手元が狂い剣を弾かれてしまったところを虞夫人にみられてしまった。
「江澄、どうしてそのくらいの剣術ができないの?そんなことで、江家の跡取りがつとまるの?」
江澄はひと一倍負けず嫌いで何よりも母の顔色が気になる質だったため、魏無羨にはいつも負けまいと勝負をかけてきた。

そんな彼の性格をよくわかっている魏無羨はなるべく朝の修練に出なくなった。朝は巳の刻までのんびり寝て、湖に浮かぶ蓮の実を頬張り、山で雉をとっては皆の修練が終わった頃に悠々と帰ってくる。そうすれば、江澄が競べられて虞夫人に小言を言われなくてすむからだ。
そのかわり、「ぐうたらで不真面目」と夫人の紫電しでんの餌食になることは避けられないが、魏無羨はどんな状況の時でも楽しいことを見つけるのが得意だったので、「ごめんなさい!ごめんなさい!」と逃げ回ってはあとでべーっと舌をだした。

弟弟子たちはそんな天真爛漫な魏無羨が大好きで次はどんな楽しい遊びを思い付くか、ワクワクしながら付いて回った。
魏無羨は弟弟子たちを連れて船に乗り込む。悠々と流れる川の両側は青く立派に蔓を伸ばし丸々と育った西瓜畑が広がる。数人で作業をする少女たちに気軽に声をかけた。

「おーい、君たち、今年のスイカの出来はどうだ?」
魏無羨は宗主の一番弟子で剣術も弓矢も秀逸なので蓮花塢のまわりの村にもその名は知れ渡っていた。
その容姿も抜きん出ていたから少女たちも彼に声をかけられると、少しはにかみながらも嬉しそうに応えた。
「美味しく出来てるから、あとで届けてあげるね」
「ありがとう!ついでに俺の修練も見学していってくれよな!」
少女たちは互いに顔を寄せ合いコロコロと笑って手を降った。弟弟子たちは彼女たちが観に来てくれたら、きっと修練も楽しいのにと期待を込めて息巻いた。

波止場のまわりには屋台がたくさん出ていて、みんなで肩を組みながら焼餅しょうへい山査子さんざしの飴を頬張った。
魏無羨は師弟であっても誰かれ構わずくっついたり首根っこを捕まえてジャレるのが癖で、弟弟子たちも『師兄』と呼びながらもそんな気さくな彼を慕っていた。魏無羨は剣術も遊びも弟弟子に指導するのが得意で、とりわけ皆から少し遅れた者には特に目をかけていた。のけ者にされたり、引っ込み思案で皆の輪に入れなかったりする者が放っておけない性分で手取り足取りめんどうを良く見た。

その根底には  江家の家訓「成さぬと知りても為さねばならぬ」が、身に染み付いているからかも知れない。『誰かか手をさしのべなければならない時は、自らの手を出すのが道理だ。』

そうして夕刻の試験堂に帰りつくと、案の定、虞夫人の目の敵になった。

《日本語版  原作 第4巻 P54上段》
弟弟子たちが一緒であってもその悪戯の首謀者は魏無羨と決まっているので、虞夫人の紫電の刑はいつも彼のみに下された。
  虞夫人が、魏無羨を祠堂に引きずって行き、先祖の位牌の前に跪かせるとその背中に紫色の電流を打ちつけるという伝説は他生家にも知れ渡っていたほどだ。




出会い

《日本語版原作  第1巻  P120下段》
15歳の春、魏無羨は江澄とふたりで藍家の座学に学びにいくことになった。藍家の先達、藍啓仁ランチーレンは事、人を育てる才覚に優れ、彼のもとに一年間、預けられた子は誰もが目をみはるほど修為が上がり、特に礼儀礼節は他の追々を許さないと言われていた。
江楓眠がそれを期待してのことかどうかはさておき、ふたりは、姑蘇藍氏の蘭学にやって来た。

清河聶氏の第二公子の聶懐桑ニエホワイサンはここに来たら『ある人物』にだけは目をつけられないように気をつけろと言った。

それは姑蘇藍氏の双璧と言われる、かの藍啓仁ランチーレンの甥であり愛弟子の兄弟の弟、藍忘機ランワンジーのことだ。
噂によるとこの兄弟は揃って眉目秀麗で容姿も美しく白い藍家の校服を纏い、額に巻いた巻雲紋けんうんもん抹額まっこうがなびく姿はみるものを釘付けにするという。兄の藍曦臣が柔和な笑みを称えているのに対して弟の藍忘機はまわりの全てを凍らす程冷たい雰囲気を漂わせ誰もが彼に近づこうとしないという。

魏無羨は人であれ花であれ、美しいものが大好きなので、噂が本当なのか早く確かめたいと心の中で、楽しみにしていた。
そんな魏無羨を江澄は忌々しそうに諭した。
「また、余計なことをして恥を晒すなよ!」「黙れよ!」魏無羨は特に気にとめることなくニヤニヤと顎をさすった。ケンカをしながらも憎まれ口を叩き合う江氏の公子と一番弟子はどこからみても兄弟のようだ。
玄門正家では、何よりも血筋が第一優先とされ、庶子であっても第一公子と同等の扱いは望めないのが道理だ。だが、雲夢江氏の魏無羨だけは実の息子の江澄よりも江楓眠の愛情をかけられていると言うのは仙門百家のだれもが知るところだった。彼は座学にやって来た他家の門弟たちには羨望の的だった。

《第1巻  P124上段》
姑蘇には彩衣鎮という川辺の街があり、果物や氷菓子などの特産物が多く、特に銘酒と言われる『天子笑』は格別だ。その薫りは豊満で口当たりは甘く滑らかなで強さもほどよいと評判だ。魏無羨は酒には目がなく、姑蘇へ来たのも半分はこの酒を味わうのが目的だった!
座学の前夜、どうしてもあの銘酒を呑みたくなった魏無羨は江澄が寝てから、そっと部屋を抜け出し猫のように物音ひとつ立てずに街まで走り『天子笑』をぶら下げて意気揚々と雲沈不知処に戻ってきた。
塀の屋根に手をかけようとしたその時、深みのある低い声が響いた。

「誰だ。夜戻った者は朝まではいれぬ」振り向いた魏無羨は、その姿に釘付けになった。
白い装束を身に纏い、額に巻いた白く長い抹額が黒髪とともになびき、月夜に照らされたその顔は玉のように美しく冷え冷えとした光を放って立っていた。魏無羨は眩しさに一瞬、目が眩み酒を落としそうになった。

「出て行け」しずかだが、厳しさを含んだ声が腹に響く。
更にその薄い玻璃のような瞳に見つめられると、背筋にゾクッと悪寒が走った。魏無羨はふっと我に返るとニカッと笑顔を作って対峙した。
彼は昔から窮地に追い込まれるほど、この『笑顔』の威力が絶大なことを知っていた。人は笑っている人間には無体なことが出来ないものである。人の情を揺さぶる最大の武器なのだ。が、その企みはあっけなく破られた。

その白い人物は『天子笑』を弾き飛ばし身をかわす魏無羨を隙をついて剣を突き付けた!(この若様、なかなかやるじゃないか!)
久しぶりに対等に向き合える相手の出現に魏無羨の心はウキウキと高まる。

「固いこと言うなよ!天子笑だ!分けてやる!」とびきりの笑顔で酒をかかげた。
相手はと言うと、瞳に怒りの焔が揺らめき、その顔はますます白く冷気を帯びている。
「飲酒は禁止だ、罰を受けろ!」
「なにが禁止かなんて知らなかったんだ、多めにみてくれよ」
「藍家家訓は石板に刻まれている、見てきなさい。」
「わかった、あとでみるよ、だから今は見逃してくれ、そうすればお前がピンチの時は俺が助けてやる!」
それを聞いて一瞬目を見開き、信じられないと言う表情で見つめたあと一気に剣が飛んできた!
魏無羨は素早く身をそらし剣をかわすと
「わかったよ、入らなければいいんだろ。じゃあ、ここで飲むよ」そう言って屋根に腰掛け天子笑を煽った。



学友

《第1巻P123 下段  》
「目をつけられたな、御愁傷様」
次の日、江澄と聶懐桑は声を揃えて言った。
座学が行われる蘭室に入るとまっすぐに姿勢を正して座る白い校服の人物が座っていた。

暗闇とはまた違ったオーラを放ちながら、透き通るように白い肌と漆黒の髪が対比して実に美しい。
「藍忘機ですよ、閉関してるって聞いてたのに!座学に来てるなんて」聶懐桑は溜め息をもらした。

一方、魏無羨は罰を受けろと言われたことよりも対等に闘える相手にもう一度会えたのが嬉しくなって、手をあげて声をかけようとした。が、気配を感じたのか先に藍忘機はついと振り返り、薄い玻璃色の瞳で魏無羨を見るとぴくりと眉を動かした。かと思うと冷ややかに睨み付けたあと、見る価値もないとでも言いたそうに目を反らした。

「魏さん、お気の毒に…」聶懐桑さんが扇子の影から囁いた。その時、藍啓仁が蘭室に入ってきた。彼は痩せ型で口ひげを生やしていて、藍家の伝統である『代々美男子揃い』にたがうことはないにしても、彼の全身から漂う頑な空気のせいで、ジジイと呼ぶにふさわしい空気を纏っている。

藍ジジイの声が蘭室を響き渡る。
「岩に記しても読むものがおらんので、今からひとつづつ読み上げ、意味を説明する。皆、しかと覚えるのだ。もう知らぬとは言わさぬぞ。わかっているだろうが、ひとつでも破った者は懲罰を与えるから、肝に命じよ」藍家家訓を書いた巻物が大蛇のように床によこたわる。

魏無羨はこの死ぬ程退屈な時間をどう乗り切るか全快で頭をひねっているとふと藍忘機の横顔が目に入った。彼は長いまつげをあげ、まっすぐに前を向き真剣な眼差しで藍オヤジの話を聞いていた。

(よっくこんなつまらない内容の話をあんなに真面目にきけるもんだな)
魏無羨は藍忘機の横顔をサラサラと落書きするとくるくると丸めて聶懐桑に投げた。くっくっくと抑えた笑い声が漏れた。
江澄は「やめろ!」と声を出さずに魏無羨のそでを引っ張る。異変に気付いた藍忘機がキッと睨み付け念をいれると落書きの紙がしゅっと燃えて消えた。聶懐桑はビクンと背をのばして、下を向く。

魏嬰ウェイイン」藍ジジイが呼んだ。
(きたきた。さされると思ったよ)
「心ここにあらずのようだな、良かろう。では質問に答えよ」
「はい!」元気良く手をあげる魏無羨。
五代成家の開祖、成り立ちなどの質問は難なく無事にこなし、聶懐桑や江澄にガッツポーズを送っていると咳払いが聞こえた。
「このぐらいの問題は江氏門弟なら当たり前のこと、ではひとつ対策をたててみよ。」藍ジジイにしてみれば、魏無羨に間違いがあれば懲らしめてやろうとの魂胆だ。

「生前百人以上の人の首を切り落とし最後は野垂れ死にした上、7日間もさらされていたため、怨念が強くなり、祟りを起こし、人を殺めるようになった下手人の対処法は?彼には両親と妻が健在である。君ならどうやって、この邪宗を治める?」
魏無羨は通り一辺の答えなどおもしろくもないと、少し首を傾げて考えていると、
「藍忘機、教えてやりなさい」と藍啓仁がニヤリと笑いながら促した。
「第一に済度、第二に鎮圧、第三に根絶」藍忘機は模範通りの解答を答える。
「全く一字一句間違いはない」と満足げに顎髭をしごいた。
(やれやれ、愛弟子の自慢話かよ)魏無羨は呆れながらも、元気良く手をあげて言った。
「質問があります!」藍ジジイがピクリと片眉をあげて言った。
「申せ」
「『済度』を第一にといいますが、その要求が更に凶悪な殺戮だったらどうするのですか?そんな望みは大抵無理な話です。」
「だから済度を主に鎮圧を補助に必要であれば…」
藍忘機が答えを繰り返すのを聞くと魏無羨が、ふっと口角をあげ、意味深な笑みをうかべて言った。
「実にもったいない。俺がすぐに答えなかったのは第四の対処法を考えていたからです。」
「第四だと?そんなものは聞いたことがない!」
藍ジジイは忌々しそうに顔をしかめる。
「下手人が野垂れ死んだのなら凶屍となるのは必至です。生前に百人もの首を切ったなら、その屍をすべて掘り起こして怨念を刺激して、その凶屍と戦わせれば良い」
魏無羨はしてやったりとでも言いたそうに誇らしげにニッと笑った。藍忘機は眉間に微かにしわを寄せて冷ややかに魏無羨を見た。

「身の程をわきまえよ!」藍ジジイの怒鳴り声が蘭室に響き、引きつった他の生徒たちは水を打ったように息を呑んだ。
「妖魔を制圧し、鬼怪を退治することは、浄化を目的にしている!それを逆に怨念を刺激するとは何事だ!本末転倒!君は人倫をなんだとおもっているのだ。」
藍啓仁は持っていた本を思い切り投げつけた。魏無羨はひらりとよけると後ろにいた聶懐桑に命中した!
そのまま、聶懐桑が後ろに倒れて絶命する。

「ならば、聞く!その傀儡が制御できずに大暴れしたらどうするのだ!」
「それは、まだ思いついてません!」ぬけぬけと答える魏無羨。
「もしも、そんなことを実際に起こそうものなら、貴様は仙門から破門だ!今すぐここから出て行け!」
「はい!わっかりました!」ヒラヒラと手を降り悠々と部屋を出ていく魏無羨を誰もがあっけに取られて見つめていた。

「あー、やれやれ、上手くいったぞ。あんな退屈なところにはいられないってえの!」
蘭草フジバカマの路を抜けると山あいの清らかな川辺に出た。キラキラと光る水面に悠々と泳ぐ魚の背鰭が見える。浅瀬に足を浸けて見ると清々しい風が頬を撫でた。魏無羨は山の澄んだ空気と清らかなせせらぎを聞きながら岩場に寝転んだ。
水の音、柔らかな木洩れ日、何もかもが心を落ち着かせる。
(雅正を遂行するには取って置きの場所だな。邪念が近寄れない自然の結界だ。それにしても宗主を担う公子様がたには同情するよ。ま、俺には関係ないけど)
いつの間にかウトウトと居眠りをしていたようだ。
突然かさこそと音がして目を覚ました。音のほうに目を向けると、川辺の草むらに白いふわふわした塊が見えた。ぴょこんと白い耳を立てて薄紅色の鼻をひくひくさせたウサギが、珍しそうに魏無羨を見ていた。
「お?旨そうな獲物を見つけたぞ、良い具合に丸々してるじゃないか!」すると、殺気を感じたのかウサギは一目散に山の中に逃げてしまった。
「すばしこいヤツだな、次は捕まえてやるからな!ハハハハハハ」
しばらくして魏無羨は蘭草フジバカマを口に咥えてぶらぶらと戻って塀の上から眺めていると、座学が終わったのか、ざわざわと修士たちが出て来た。
「魏さん、何処にいってたんですか?皆探してたんですよ」
「そうだよ、手間をかけさせるな!」
聶懐桑ニエホワイサンと江澄が見上げて声をかけてきた。
「俺は思ったことを口にして、言われた通りに出ていっただけだけど?」
「バカヤロウ、どうして教わった通りのことが、言えないんだ、わざわざ恥を晒すなよ!」江澄はうんざりして睨み付けた。
「でも、私はあの方法はなるほどと思いました。結丹するのに何年もかかりますが、あれなら修為が低くてもすぐに闘えますよね。」
聶懐桑は修練が苦手で座学も何年も通っている。兄の聶明玦ニエミンジェは剣術や勉強よりも珍しい絵や扇子を集めてばかりいるこの弟のことを誰よりも案じていたから、人一倍厳しかった。その兄から逃げ出せるなら邪道も悪くないと考えたようだ。
「結果はどうあろうと邪道は邪道だ。本気であんなことに手を出すんじゃないぞ!」
塀からスルリと飛び降りると叫ぶ江澄の首根っこをしめあげる。
「バカ野郎!今、前途揚々の俺が輝かしい道を逸れると思うか?売り言葉に買い言葉だよ!ハハハ」
「お前は今から家訓の書き写し3回の刑だ」
「なんだよ、それ」
「藍ジジイからお前に伝えとけって仰せつかったんだよ」
「魏さん、それなら私が代筆しますよ、そのかわりに……」
聶懐桑は声を潜めて魏無羨に耳打ちした。「えー?試験の答えを?お前、正気か?」
大声で驚く魏無羨に「しっ」と聶懐桑が扇子で口を覆い視線を投げた。
《日本語版原作第1巻  P133 上段》
その先の白芙蓉の大木の下に抹額を風になびかせた白い人物が立ち、こちらをじっと見つめていた。「あ、忘機ワンジーさーん」魏無羨がうれしそうに手をあげて叫んだが、藍忘機はくるりと踵を返して去っていった。
「…構ってくれなかった」(なんだよ、無視することないだろう?)ガックリと肩を落とす魏無羨。
「お前は嫌われてるのがわからないのか?ちょっかいをだすな!」江澄が鼻で笑った。
「藍忘機があんなに礼儀をわきまえない所は初めて見ました。魏公子とは余程馬が合わないみたいですね」


容喙

木陰にもたれて座るその姿は白芙蓉のようだ。木漏れ日が玉のような顔に差し、睫毛の影が白い頬に落ちて、いつもは氷のような藍忘機の表情を柔らかく見せていた。手には古典の本が開かれたまま伏せられている。魏無羨は足音を忍ばせて近づく。瞼を閉じた美しい顔にうっすらと赤みが差し、心なしか口角が上がって見えた。『藍湛のこんな顔、九鼎太呂だな!』魏無羨は心の中で大はしゃぎしながら彼の頬に触れた。
不意にガクン!と衝撃が走り辺りは真っ暗闇に落ちた。すると目の中に赤い光が差し込み瞼の向こうがやけに熱く感じた。
寝床から上半身が床に落ちた格好で、うっすらと目を開けるとすでに巳の刻は過ぎ、太陽が容赦なく魏無羨の顔を照らしていた。

蔵書閣内ー

藍啓仁の過酷な授業の集大成としての試験が、聶懐桑との共謀に依る『回答用紙乱舞事件』として幕を下ろし、その懲罰として何故か魏無羨だけが、蔵書閣軟禁処分となった。
おまけにその見張り役は他ならぬ藍忘機だった。魏無羨は授業よりも過酷な家訓書き写しの刑にあれやこれやの抵抗をつづけたが、藍忘機は少しも取り合うこと無く、監視をつづけ、べらべらと無駄口をたたく魏無羨を禁言術で黙らせて任務を遂行した。

《日本語版原作 第3巻 P293上段》
今日も過酷な一日の始まりにうんざりしながら蔵書閣にはいると、いつも仏像のように座っているはずの藍忘機の姿が見当たらない。彼の机几の上には真っ白な手拭いが几帳面に折り畳まれていて、藍忘機の真っ直ぐな性分があらわれているのようだった。
手拭いを手に取るとふわりと微かに鼻をくすぐる檀香が薫った。すると唐突に、ひんやりとした藍忘機の眼差しが目に浮かんだ。

蔵書閣の中は数列の棚が規則正しく並び分類別にきれいに整理されていた。魏無羨は少し埃っぽい棚の間を見て回った。数列を覗いてみて一番奥の窓際の棚のそばに藍忘機が佇んでいるのを見つけた。

年代物の本に白く長い指をかけ、ゆっくりと頁をめくる。長い睫毛に窓から差し込んだ光が当たって玉の様な肌に影を落としていた。ふと、何処かで見た風景だった。魏無羨はごくりと生唾を飲み込み、今更ながら藍忘機の顔をじっくりと観察した。(噂に違わずの美人だな、容姿も風格も何一つ欠点がない。でもあの仏頂面では台無しだ)とひとりごちた。
足元の床がギシッと音がして、振り返った藍忘機に慌てて声をかける。

「あ、やあ、藍湛。見当たらないから何処にいるのかなって思って。何読んでるんだ?」
暫し、押し黙った後に呟く。
「……調べものだ」パタンと書をたたみ、袖に入れようとしたところを魏無羨が、取りあげる。
「俺にも見せてくれよ」
「門外不出だ」
「ここで見るなら問題ないだろ?」
「………。」

意外にも藍忘機はそれ以上阻止することなく魏無羨に本を渡して問いかけてきた。
「君は『千瘡百孔せんそうひゃっこう』を知っているか?」
「せんそうひゃっこう……?。そういえば、江叔父さんから聞いたことがある。呪術のひとつだよな。一度かけられたら死ぬまで消えない…。」
「うん……叔父上が持ち帰った屍の体にそれに良く似た痕跡があった」

二人はその古い呪術の本を広げた。そこには呪術をかけられた者の体に広がる無数の孔の絵が記されていた。おぞましいその孔は始めは気づかぬ程度だが、呪いが進むと内臓にまで広がり苦しみ抜いて死に至る。
「この本にある呪術はどれも危険すぎる故、今は禁術となっているものばかりだ。屍に呪術をかけたのは、邪道に精通した者の仕業と言える。」藍忘機が呟く。
「禁止したところで、捕まらなきゃわかりようがないんだから、その屍は運が悪かったか、余程恨まれることをしでかしたんだろうな。自業自得じゃないか」軽口を叩く魏無羨をしばし無言で見つめると首を横にふり、藍忘機は口を開いた。
「__魏嬰。君が言っていた第四の方法も、禁術だ。」
玻璃色の瞳が魏無羨を捉えて身動きが取れない。思わず気まずくなって
「えっと……。わかってるって、あれは思いついて言っただけだって。本気でやるつもりはないんだって」冗談めかしてヒラヒラと手を降ってごまかしていると、藍忘機は古書を棚を戻し、低い声で言った。
「今日は書き写し、3回追加だ」
「えー!」魏無羨はヘナヘナと崩れた。


《日本語版原作 番外編 P90下段》
《日本語版原作 第4巻  P288下段》
突然、手を払われて魏無羨は目を覚ました。さっきまで、蓮花塢の蓮畑で船いっぱいの蓮の実を剥いては口に放りこんで、一緒に乗っている藍忘機に「藍湛、こっちだって、ほら」と剥いた蓮の実を持たせてやろうとしていたのに。「あれ?俺、寝てたのか。そんなに冷たくしなくても良いだろ、つれないなぁ」
口を尖らせてふくれて見せると、藍忘機は暫し魏無羨を見つめて眉をあげる。
「もう終わったなら帰りなさい」
「もうちょっとぐらい良いだろう?うとうとするのが、気持ち良いんだからさ!夢の中のお前は素直に蓮の実に手を伸ばして…」
「くだらない」
「ほんとっだって、茎に付いた実は特別甘いんだ」
藍忘機の玻璃色の瞳が一瞬さざ波のように揺れたかと思うと「今日は終わりだ」と冷たく突き放された。ふと見ると手には書き損じた書稿が丸められていた。
「あれ?間違っちゃったのか?藍家双璧も筆の誤り~ってことあるんだな!」魏無羨はここぞとばかりにニヤニヤと覗き込む。
「………。」キッと睨み付けるとわなわなと拳を握りしめる。
「やれやれ、藍の二の若様はご機嫌斜めだな。」魏無羨が言い終わる前に藍忘機が叫んだ。
「…早く、出て行きなさい!」
「おー、こわ!ハイハイわかったよ、じゃ、今度一緒に蓮を摘みに行こうな、約束だぞ!」ハハハハハハと笑うと魏無羨は蔵書閣を飛び出した



悪友

《日本語版原作 第1巻 P140上段》
いよいよ、懲罰の軟禁も明日で終わると言う日の朝、魏無羨と聶懐桑はひそひそと頭を寄せて何やら企んでいた。
「魏さん、そんなことして大丈夫ですか?ますます嫌われちゃいますよ」
「だって知ってるか?姑蘇藍氏の開祖の藍安は、坊主なのに運命の導侶を見つける為に俗世におりたんだぜ。なのにあいつと来たら自分だけは仙人の如く俗世には興味がないって考えてるんだ。このままじゃ人並みの楽しみも知らずそのまま枯枝になっちゃうよ。」
「確かに、藍忘機が女の子に興味があるようには見えませんものね。そうだ!わかりました!では取って置きのを用意しますから!」
「おう、藍湛が一目で目覚めるようなヤツ頼むな!」
「任せてください!」そこへ江澄が訝しげに声を掛けた。
「おい、魏無羨、お前また余計なことを企んでるんだろう!いい加減にしろ!」
魏無羨と聶懐桑は目配せをしてニヤリと笑った。

《日本語版原作  P144上段》
謹慎最後の日、江澄と聶懐桑はいつも通り座学が終わったあと、蔵書閣に続く林に差し掛かったときに藍家家訓を打ち破る凄まじい叫び声を聞いた。
「………失せろ!」
藍忘機の怒りの頂点に達した怒号と狂ったように響く魏無羨の笑い声だった。

顔を見合せている二人の前に魏無羨が腹を抱えながらやって来た。
「魏さん!上手くいったようですね!藍忘機はどんな顔してました?」
「どんな顔って、あいつが大声で吠えてたの聞こえなかったのか?」
「聞こえましたよ!雲沈不知処始まって以来の大事ですよ」
「あんな言葉を発するのは初めてだったろうな!これでわかっただろう?藍公子殿がどんなに高潔な人格だと世間から称賛されようと俺の前ではそんな仮面を被っても無駄だってことが!」得意満面の魏無羨に江澄の怒りが爆発する。
「調子にのるな!失せろって言われたのに何処が自慢なんだよ!江家の顔に泥を塗るな!」
「元はといえばあいつが悪いんだ、俺はちゃんと謝ってるのに完全無視して相手にしてくれなくてさ。だから、ちょっとくらいからかってやってもバチは当たらない。
ところで  懐桑ホワイサン、何であれ、男同志だったんだ?」
「だって、『取って置き』っていったじゃないですか!」ふたりは顔を見合わせて爆笑した。
ーーつづく

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