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『松本隆 言葉の教室』-なぜこんなにも松本隆の言葉に心を動かされるのか-

松本隆さんが話したことを延江浩さんが文章にして出来上がった本、
『松本隆 言葉の教室』
延江浩さんが、松本隆さんの言葉の源を知りたいと思ったところからこの本が創られた。

「松本さんは、瑞々しい言葉の水源を持つ森の中で風を感じ、世の中の流れを感じ取りながら人々を幸福な時間に誘う吟遊詩人だ」

『松本隆 言葉の教室』
あとがき

あとがきにこう記されていた。

わたしにとって、松本隆さん作詞の歌といえば、松田聖子さんの「赤いスイートピー」や「SWEET MEMORIES」、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」などであった。
なぜ知っていたかというと、音楽番組で懐かしい歌謡曲特集などで何度も聴く機会があり「作詞家:松本隆」というクレジットを幾度も目にした。また母が松田聖子さんと同世代で、青春時代は例外なく聖子ちゃんカットを真似していたようで、母にとって青春時代を象徴する曲であり、当時のエピソードを聴きながら、一緒にそういった音楽番組の特集を観ていた。母は松田聖子さんが好きだったので、NHKで松田聖子スペシャルを観た。
そこに松本隆さんとの関係性も描かれていて、彼女の歌に命を吹き込んだ人だということを知る。そしていつしか自然と曲を口ずさんでいる自分がいた。
こんなにも女性以上に女性の気持ちが手に取るようにわかるのか、不思議でしかたなかった。古いはずなのに色褪せることなく普遍的で、時代を超えても愛されるというのは、まさにこういうことをいうのかと、松本隆さんの詞で身をもって感じた。


本書は、どうやったら美しい言葉を紡げるのかといったテクニックが書かれているわけではない。むしろテクニックという言葉とは無縁だ。
「テクニックに頼った瞬間、言葉は浅くなる」
こうあるように自ら作った歌を超えて、また新しいものを生み出すためにはテクニックから逆行していかなければならなかったのだろう。
松本隆さんのすばらしいと思うところはたくさんあるのだが、わたしが思うに、世界を見る目がひときわ澄んでいて、見たものをまっさらな紙の上に、いろんな記憶を呼び寄せ、沸き起こってくるものを混ぜ合わせながら描いていくことができるところだと思う。
本の記憶、旅先での見た景色やにおい、風、映画で観た街並み、聴いた音楽、そういった見たもの感じたもののすべて、つまり松本隆さんの人生の欠片が散りばめられている。

それを表現するときの言葉がポップではあるのだけど、美しくて切なさを帯びている。
詞を読んでいると情景が立ち上がり、その世界にすっと入り込んでしまう。それは言葉のリズムだったり、語順だったり、語感が心地よかったり、いろんな要素がある。バランスに長けている人だ。
薬師丸ひろ子さんに書いた「探偵物語」のフレーズに
「好きよ でもね たぶん きっと」
とある。これが「でもね きっと 好きよ たぶん」では違う。
きっと好きなんだけど好きでいていいのか、どこか不安げで葛藤する思いが伝わってきて胸が苦しい。そういう本当に細かなニュアンスを大事にする姿勢が、普通なら取りこぼしてしまうものを大切にできて、聴く人の心をつかんで離さないのだと思う。

これほどまでに心を動かされるのは、松本隆さんの言葉に想像力を掻き立てられるからだと思う。直接的な言葉もあれば、ベールに包まれたような言葉もある。この言葉は何を伝えているのだろう、探りながら、味わいながら、わたしだけの歌になる。
普遍的でありながら、聴く人によって変わっていく。
本書には、松本隆さんの歌詞の一部がいくつか載っている。メロディーにのせて聴くのとはまた違って、より歌詞の重みを感じる。

「さいごの抱擁」という歌詞の中にある、

「別れ際の優しさなんて 冷たいより残酷な夢だって思う」

クミコ 『さいごの抱擁』の歌詞のワンフレーズ

ときにリアルすぎるほどの言葉があったりする。

「目を閉じた最後の2秒」

クミコ 『さいごの抱擁』の歌詞のワンフレーズ

1秒でもなくて、1分でもなくて、2秒。それがリアルさを増す。切なくて心が擦り切れそうで、「終わり」を実感させる。

夕陽がきれいだなと立ち止まって思える人と、通り過ぎてしまう人といるが、きれいだなと思えるから詞がはじまる。心を動かす訓練が必要だとあった。
「人を感動させるには、まず自分の心を動かすこと。そのためには好奇心が欠かせません。あとは、自分の心がなぜ動いたのかを問い詰める。その答えを見つけてから書く。」
心が動くには、まっさらな画用紙が必要だ。いっぱいに埋め尽くされすぎていると、感じる力が弱まってしまうように思う。目の前にあるものに心を動かせる余白を残しておきたいと思う。

松本隆さんは、言葉に息を吹き込み、聴いている人、その個人の心を動かしてきた。
改めて思ったのは、誰かの心に響くものは、作った人の心が動いているからだということ。
その人が見てきた同じ景色を見ることはできなくても、言葉、詞を通して、その瞬間をともに味わうことができる、つながることができる。
本書は、松本隆の目になって世界を見ていることに他ならない。
そんな贅沢な時間を味わってみてほしい。

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