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遺言の下書き

遺言を作ることを、以前より考えている。

もちろん正式な書類の作成にはしかるべき過程、費用が必要になるだろう。また、やるべきことも求められていることもあるため、まだその段階までには進めない。

そのため、さしあたり現状での私の死後の扱いについての希望を、遺される数少ない親族のため、ここに下書き、というと妙な表現になるが書き記しておきたいと思う。正式な書き方では当然ないが、とりあえずの下敷きにはなるだろう。

私の死後、葬儀、お別れ会、墓石、その後の三回忌などの法要などは、一切行わないように。むしろ行うことを許さない。そのための費用があるなら、家族の生活費、人生を楽しむために使うべし。

死後、私の臓器は必要な方々のため、移植の手続きを取るように。半分以上がたついたこのからだに、お分けできる臓器がどのくらいあるかわからぬが。それが不可能な場合は献体すること。今後の医療発展のため、わずかでも寄与できるなら本望である。

遺骸は火葬後、決して檀家の寺の墓になど埋葬しないように。その後の法要などで無駄な金や時間を使うだけだ。散骨、粉骨後の樹木葬など、方法はさまざまあるがまだ知識不足のため、折を見て調べておき、正式な書類に記しておく。もし骨の一部が必要なら、それは各自の自由とする。

死後、私の所持品などはすべて処分すること。もし所望するものがあれば手元に残すなり、小銭になりそうなものがあれば売るなりしてもかまわないが、ほぼがらくたと雑文なので、容赦なく処分した方がよい。本来なら死を悟った時自らで処分するべきだが、その頃には私にはもうろくなちからはなく、病院のベッド上だろう。そのため不本意ながら手間をお願いしたい。

私の財産など、ないに等しいわずかなものだが、死後はすべてパートナーに託す。パートナーには死亡保険金の受け取りの手続きなど忘れないように願いたい。他の親族には申し訳ないがどうか許してほしい。私などを支えてくれたパートナーには、その後の人生をできるだけ楽しんでほしいのだ。


さて、最期に。

弟へ。このような兄を持ったせいで、幼い頃はずいぶんさびしく悲しい思いをさせてしまったこと、また成長してからも面倒をかけてしまったことを、こころより詫びたい。もしかしたら憎しみさえ抱いたこともあったろう。正式な遺言もおまえに託すつもりだから死後も手間を取らせること、なにもしてやれなかったこと、許してほしい。仕事も家庭も忙しく、しんどい日々が続くだろうが、それでもこれまで通り書き続けてほしい。遅咲きになるだろうが、おまえならきっとやれる。

父へ。このような子供が生まれ、苦労しかなかっただろう。元来のんびりした性格だから、なおのこと負担になったこと、すまなかったと思っている。まだ小さい頃、自ら変なことをして家族を笑わせ、明るくしてくれたことは忘れない。初老の頃、大病を患ったが、見事に克服した。自分がどう思っているかわからないが、あなたには粘っこい生命力がその少し出てきた腹に宿っている。だからきっと長生きできる。これからものんびり、日々を楽しんでほしい。

母へ。父とおなじく、このような子供に生まれてしまったこと、こころより詫びたい。あなたの貴重な半生を、ほぼ私の世話に費やさせてしまった。幼き日は病院に付きっきり、本来なら取るはずもなかった運転免許も、病院から学校に通い苦労して取得させた。それからも養護学校へ通うための送迎、高校での介助。今ですら私の通院や突然の入院のために付き添いを頼んでいる。そんなあなたに少しでも報いたい。だがあなたの生きた道を思うと、親孝行とはなんなのか、どうしたらあなたに笑顔を浮かべてもらえるのか、本当にわからなくなる。あなたより少しでも長生きすることが、せめてもの感謝のしるしになるのだろうか。だがそれがままならないかもしれぬ現状なのでこれを書いている。だからここに、全霊を込めて記す。本当に今までありがとう。どうかこれからの時間を、旧友と楽しく過ごしてほしい。

パートナーへ。
残念ながら、あなたは最大の間違いを犯した。それは私のようなからだもこころも脆弱なものと、生涯を共にすると誓ってしまったことだ。だがあなたにそうさせたのは、それを望んでしまったのは、私だ。あなたは私と旅に出て、いろんな世界をみたかった。美味しいものをたくさん食べ歩きたかった。楽しいことをたくさんしたかった。なにより子供を望んだ。そのために様々な旅行やグルメ情報を調べ、不妊治療を学んだ。だが、私は一切その望みをかなえてあげられなかった。それどころか入院のたび、夜中に荷物を取りに病院と家を往復させ、深い雪のなか仕事終わりに見舞いにこさせてしまった。家でも排泄に失敗した私の汚れたからだの清拭を手伝わせてしまった。今も仕事をやめた私の代わりに働き続け、体調のすぐれぬ私のうなだれた顔をみさせられている。このような伴侶、いつ見限ってもいいのに、案外頑固なあなたはそれをしない。自分でよく言うように、あなたはつくづくばかだ。でもそれもこれもすべて、私があなたに重い間違いを背負わせてしまったからだ。なにもできなかった。だからせめてこれからは、父母や弟とおなじく、なんにも枷のない人生を送ってほしい。幸い、あなたには長年の友がいる。私とはみることのなかった世界を、たくさんみてほしい。たくさん笑ってほしい。あなたにはなにより笑顔が似合う。


書きたいことはまだまだある気がするが、まずは下書きということで、このあたりにしておこう。

最期に。

勝手気ままにずらずらと書いてきたが、実際その時がきたら、あなたがたがやりたいようにしてくれていい。これらはすべて私のわがままにすぎない。最期まで私の望みのために気を使うことなどないのだ。だがもう、死んでからまであなたがたに苦労をかけたくない。そのことだけはどうか察してほしい。

あくまで遺言の下書きだから、まだもう少しは生きる。まだあなたがたの近くにいることになる。まだまだ苦労をさせることになる。改めて申し訳ない。だからせめて、できるだけ笑顔を無理やりにでも浮かべていよう。不器用な笑いだが、もうそれくらいしか私にできることはないから。

ありがとう。



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