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粒々のなかにいる神々

 ニフェジピンCR錠20mg、シルニジピン錠10mg、オルメサルタンOD錠20mg、ラジレス錠150mg、ドキサゾシン錠2mg、カタプレス錠0.075mg、アテノロール錠25mg、バイアスピリン錠100mg、サロベール錠100mg、オメプラゾール錠20mg、クエン酸第一鉄Na錠50mg、アーガメイト20%ゼリー25g、チクロピジン塩酸塩錠100mg、ミリステープ5mg、ツムラ五苓散エキス顆粒、ツムラ十全大補湯エキス顆粒、ロフラゼプ酸エチル錠1mg、酸化マグネシウム錠330mg、ミネブロ錠2.5mg

 書き写すのに五分かかった。
 上記は私が一日に服用、もしくは貼付している薬のすべてである。
 これらの薬を起床後、朝食後、朝食後二時間後、昼食後、昼食後二時間後、夕食後、夕食後二時間後、そして就寝前の計八回に分けて飲んでいる。
 ついでに書くとこれらに加えて、脱水防止や栄養補給のためにOS-1 500mlと水二リットルも、日々胃に流し込んでいる。

 一日八回。なかなかの回数で飲み忘れそう、と思われがちだが、これが絶対に忘れない。100パーセントとまではいかないが、今まで飲み忘れたことは両手指の回数はないと思う。
 トイレットペーパーを買い忘れても、その日の仕事の段取りを忘れても、実家に用事があるのを忘れても、昨日見たドラマの内容を忘れても、薬を飲むのは忘れない。なんなら飯を食うのを忘れていても、薬を飲まねばならないのは忘れないのだ。「そろそろ昼の薬の時間か……ていうか、おれ、昼飯食ってねえじゃねえか」みたいな感じで。
 東日本大震災の時も忘れなかった。震災時は実家に避難していたのだが、「薬を持ってこないと」と、当時住んでいたアパートまで信号が消えて混雑した道路を車で走り、薬を確保した。そしてカップラーメンの夕食をもそもそと食べた後、夕食後の薬をペットボトルの水で飲み下した。



 腎臓を悪くし、県立の病院に通院するようになってから、もう十数年たつ。
 通院当初はこんなに薬の量は多くなかった。だが血圧コントロールがうまくいかない、カリウム値があがってきた、貧血がひどい、便秘がちになった、などと症状が重なっていくうち、薬の量も種類も飲む回数も増えていき、現状に至っている。検査、診察後に院外薬局でこれらの薬を受け取っているが、下手な買い物後より、入れられたビニール袋はぱんぱんにふくらむ。膝に薬の山を乗せながら薬局を出ようとすると、待っている人の視線が私の顔と薬袋を交互に行き来するのがわかる。一体こいつはどれだけの薬を飲むのか。視線はそう言っている。

 これだけの量の薬だが、どれも私の病気を完治させるためのものではない。腎機能の悪化をどうにか押さえるためのものだ。右肩へ下がっていくグラフに弱々しいつっかえ棒をしているだけに過ぎない。大量の薬は、死にかけた腎臓につながれた生命維持装置なのだ。これから量や種類の増減はあるかもしれないが、飲むのをやめることはできない。
 昔、友人が言っていた言葉が忘れられない。その友人は当時、心療内科から抗うつ剤を処方されていた。
 「この小さな粒のなかに神がいるんだよ」
 私もまさに神によって細い命をつながれている。大小さまざま、色とりどりの粒々のなかにいる神々に。ここでふと気づいた。冒頭に綴った薬品名の羅列、新約聖書「マタイによる福音書」の出だしになんか似てやしないか。



 一日八回も飲み、その合間に二リットルの水分を摂っているのだから、基本的に空腹感がない。もちろん美味しいものを食べるのは好きだが、食事はあくまで薬を飲むため必要だから食べている、という感覚の方が大きい。ひとが生きる上で大事な要素をひとつ、確実に失っているな、と思ったこともある。手の平に乗せた大量の錠剤を思い切って外にばらまいてしまいたい、と思ったことも。

 それでも私はこれからも服薬を続けるのだろう。
 仕事の段取りを忘れても、トイレットペーパーを買い忘れても、飯を食うのを忘れても、薬を飲むのだけは忘れないだろう。

 そうしてか細くつないだ命の果てに、私は一体なにを見たいのだろうか。

 考えてもわかりはしないけど、それでも生きているから、生きていこうとからだが欲しているのだから、しかたがない。



 去年秋だったろうか。院外薬局でいつものようにふくらんだ薬の袋を受け取っている時、近くにいた高齢女性ふたりの会話がふと耳に入った。ふたりは知り合いのようだった。
「なんだが最近、立つどきひざいっだくてよ。ほらよっこいしょ、って言ってらんなねんだじぇ、やんだぐなるねえ」
「んだずねえ、あたしもだあ。こないだもふらふらめまいして、階段から落ちるっけず」
「んだのがあ。いやあ、生きでぐのもこわいねえ」

「こわい」とは、私の住む地域の方言で、疲れた、くたびれた、くらいの意味。でも、それよりもう少し疲労感、倦怠感を強く含んでいる。

 薬を受け取って、私はひそかにうなずいていた。
「んだねえばあちゃん。ほんとに生きでいぐのはこわいねえ。こわいけど、生きでるから、しかたないねえ」


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