見出し画像

【小説】いつか扉が閉まる時 3年生・秋から冬にかけて(1)

【小説】いつか扉が閉まる時:パート6

あらすじ

(パート1)私が高校2年生の冬、司書の藤井先生が亡くなった。臨時で来た増野先生が働かない司書で、私は図書館を何とかしようと…。
(パート2)藤井先生が亡くなる前、高校2年生になった私たちが行った図書委員合同研修会での物語。
(パート3)高校3年生の春。結城先生が図書館業務と事務室兼務で無理をして退職。閉館が続く図書館を私たちで何とかできないかと奔走する。
(パート4)高校3年生の夏休み。勉強が捗ったが、時には久保と神社に行ったり、ひょんなことから久保が家に来たりして…。
(パート5)最後の文化祭。臨時の司書の先生も他の先生も図書委員に指導をせず、2年生も私たちに相談しなかったので、図書委員会ブースでは小さなトラブルが続出し…。

登場人物

橋本紗枝(主人公):県立高校3年生。元副図書委員長。藤井先生とは仲が良かった。母は市立高校英語教諭。
水口ゆうみ:同校3年生。元図書委員長。空手が得意。
関山あずさ:同校3年生。図書委員で紗枝の友人。本好きでおとなしい。
久保達矢:同校3年生。図書委員。あだ名はジゴロ。
野上:同校2年生。図書委員長。
園田:同校2年生。副図書委員長。水口とは空手仲間。

藤井先生:学校司書(逝去)
多良先生:10月からの臨時学校司書。事務室兼務。
結城先生:4〜6月まで学校司書として勤務後、退職。
森本先生:6月下旬から臨時専任学校司書として勤務。以前、この学校で司書をしたこともある。定年退職しているベテラン司書。
田辺先生:図書館には詳しくないが図書委員会担当教員。女子バスケ部顧問。生徒指導部。
増野先生:昨年3月まで藤井先生の代わりの臨時司書だった。司書資格も図書館勤務経験もなく、さらに事務室兼務。

…………………………………………………………

 
 文化祭は大変だったが、終わってみたらやはり楽しかったという気持ちの方が大きい。

 閉会式後、たくさんの生徒と一緒に校門を出た。

 皆のざわめきが秋の空に吸い込まれていく。

 集団ではしゃぐ人、自転車でスッと去る人、1人でスタスタ歩く人、友人や恋人と帰る人。

 私はあずさと2人だ。

 あずさは絶版だった本を買えて嬉しかったと、珍しく興奮気味に話していた。

 私もスポンジや洗剤が安く入手できたと言いかけ、所帯じみているのでやめた。

 家に帰って着替えると、すねに小さな青痣を見つけた。ついでに全身を鏡で見ると、おじさんに突き飛ばされて打ち付けた背中が赤くなっている。

 今日は踏んだり蹴ったり、いやつつかれたりだな、と私はベッドに横たわった。

 大体、久保は何で私をつついたんだろう?私、何かまずいことをしてしまったとか?

 次に会ったら聞いてみよう…と思いながら私は眠ってしまった。



 文化祭の片付けは当日ほとんど終わらせていたが、次の出校日の1時間目は大掃除だった。

 私が廊下をほうきで掃いていると、久保がゴミ袋を持って歩いてきた。

「紗枝さん、おはよー。ちゃんと休めた?」

「うん、おかげさまで。それより聞きたいんだけど」と他の人に邪魔にならないように窓際に寄った。

 久保はなぜか嬉しそうな表情を浮かべて壁に寄りかかる。掃除が少しでもさぼれるからだろうか。

「食堂で私に何か言いたかったの?」

「え?」

「久保が足でつついてきたとこ、ちょっと痣になってたよ。自分のキック力が強いことを自覚してよ」

「ええ?ホント?ごめん、見せて」と久保が屈みかける。

「見せません」

 何考えてるんだ。

「紗枝さんが立とうとしたから止めたつもりだったんだ。あの場で直接言ったら女子にからかわれそうだったし…ホントごめん」

 悪気は無かったようなので許すことにした。 



 文化祭の教訓を胸に、私は図書館祭りの進行状況を確認するため、昼休みに水口さんの教室に行った。

「野上たちからもその話が出たよ」

 配布する栞は森本先生がいた時に作成してあり、本の福袋も大部分の委員は本を選び済みで推薦コメントもできている。しかしテーマに沿った1人あたり2冊の本をまだ選べていない委員が数名いるらしい。 

「じゃあ、その委員の手伝いと、封筒に本を詰めて多良先生にバーコードを貼ってもらうだけだね」

「だけ、なんだけどね」

 何だか含みのある言い方だ。

「多良先生、バーコードの出し方がわからないって」

「え?森本先生との引き継ぎはされていないの?でもバーコードが印刷できないなら、図書館祭りどころか図書館への本の入荷自体できないじゃない」

 水口さんはうなずいた。

 電算化している多くの学校図書館は、その図書館ソフトを使って自校のバーコードを作成している。

 貸出の時にそのバーコードを読み取ると書名が表示されると藤井先生がいつか言ってた。

 9月、多良先生はよそで働いていて引継ぎがまだできていないと森本先生が言っていたが、結局できないままだったのか。

「マニュアルがあるはずだよ。結城先生は森本先生に引継ぎしてたもの」

「…そうか。じゃあ、野上たちに聞いてもらおう」

 そして後日。

 私はそのマニュアルを司書室で熟読していた。

 さすがの多良先生も3年生の私に時間を取らせるのは悪いと思ったのか、「ごめん」と会った時に言われた。

 水口さん、野上君、園田君。皆パソコンはちょっと…とのことで、私にお鉢が回ってきたのだ。

 私も得意ではないが、藤井先生が作業をしているところを何度か見たことはある。表示されている図書館ソフトではなく、確か別のアプリを呼び出していた。

 私はマニュアルとパソコンを見比べながらアプリを見つけ、紙に適当なバーコードを印刷してみた。

 多良先生は「すごい」と、これまで聞いたことのない嬉しそうな声で言った。

「やってみてください」と私はスタート画面を出す。

 先生は意外と真剣な顔つきで操作して、印刷画面を加工できるようになった。

 達成感なのか笑顔を浮かべた横顔に、この人はマイペースなだけで悪い人ではないかもしれないと思った。

 しばらくすると野上君が5人の生徒を連れて司書室にやってきた。

「野上君、バーコードの印刷できたよ。橋本さんが教えてくれて」 

「良かったー。先輩、ありがとうございます」

 先生に微笑んだ後、私にお礼を言う律儀な野上君だった。

 図書館祭りにも私たち3年生が関わることにしておいて良かった。

 まさか「過去事績を見ればわかる」以前のところで躓いていたとは思わなかった。

「それで橋本先輩。福袋本を選べていない委員を呼び出したんですが、どんな風に本を選んでいいかわからないらしいんですよ」

「どんな…ってテーマを決めて、好きな本を選べば?それか、先に本を選んでから共通するテーマを見つけてもいいんじゃないかな」

 すると野上君の後ろにいた女子生徒が言った。

「好きな本が無くて…」

「ここの図書館に無いってこと?だったら、ある本から選んで…」

「いえ、私、全然本を読まなくて」

 後ろにいる生徒たちもうなずいている。

 私は心の中で叫ぶ。

 じゃあ何で図書委員になったーーー?

 いや、なってもいいけど、本を知らないとなかなかハードな委員だよ?
 体育委員が運動音痴みたいなもんだよ?
 まさか「楽」だからと勘違いしてなったんではあるまいね?

 当然これらは心の中だけに留めて、こう提案してみた。

「じゃあ、自分の部活動に関する本にしてみたら?」

 3人は明るい顔になったが、残りの2人が「帰宅部です」と言い出す。

 部活生の3人は先生や野上君と閲覧室に赴く。

 私は残った2人に「何でもいいからテーマを決めてみて?」と言う。

 するとこれまでのテーマの例を逆に聞かれたので、あらかじめ出しておいた昨年の図書委員会記録を見せた。

 2人は「じゃあ、恋愛」「ミステリーかな」と口々に言った。

「あなたは恋愛小説や恋愛心理学の本。こちらのあなたは推理小説を探しておいで」と指示すると、その子達は「どれがどれやら…」と戸惑っている。

 2人を連れて先生にその話をすると「私も本あまり読まないからわからないんだ」と返ってきた。

 推理小説はともかく、恋愛小説は私も全く読まない。

 こういう時、あずさがいたら。

 そう思いついて2人に「明日の昼休み、閲覧室に来て。本に詳しい友達を連れてくるから」と先生に許可を取って本の選定を翌日に伸ばしてもらった。

 帰る時、先生に呼び止められた。

「今日はその、ありがとう。あのソフト、使えなくて困ってたんだ…。校内の先生たちに聞いてもわからないって言われて」

「そうですか。お役に立てて良かったです」

 そう微笑むと、先生は私にはじめて笑顔を見せてくれた。

 笑うと童顔で可愛いんだなとあらためて思った。男子に人気がある訳だ。

(続く)