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【小説】いつか扉が閉まる時 3年生・秋から冬にかけて(5)

 期末テストは午前中で終わるので、その後、図書館に行ってみた。

 扉には鍵がかかっており、司書室も暗い。

 見ると図書館入口のカレンダーのテストの日すべてに、閉館を示す「×印」が付いていた。

 多良先生ファンの男子の話では、昼休みは最近では田辺先生が1人で開けていることもあるそうだ。放課後の開館日は概ね多良先生がいるらしいけれど。

 現状を確認したくて、2年役員を探しに教室まで向かう。

 すると副委員長の園田君が廊下にいたので声をかけ、図書館のことを聞いてみた。園田くんは人の良さそうな顔を曇らせてこう言った。

「多良先生、事務室の方の仕事が増えて忙しいらしいんです。だから図書館のことがあんまりできなくって、僕たちが掃除中や放課後に先生を手伝って本の受け入れしたりしています」

 廊下の壁に背をつけて、私はうなずく。

「部活やってる奴に聞くと、司書室の明かりが完全下校の時間まで点いているとか、土日も多良先生を見かけるとかって」

「…そうなの?」

 大変な状況のようだ。私は園田君と別れて事務室を覗きに行く。

 ガラス越しに多良先生が見えたので学校にはいるらしい。でも、顔がやつれたように見える。

 心配する気持ちを抱えたまま私は家に帰った。テストが終わったら図書館に顔を出そうと思いながら。




 多良先生と話をするなら放課後だと思い、帰りのHRが終わってから図書館に行く。

 中はエアコンが効いていて、自習したり本を読む生徒が数人いた。

 ガラス越しに司書室を覗き込むと作業台に段ボール箱が積まれていて、先生が机の上で何か書いている。

 声をかけるタイミングを見計ろうと、少し閲覧室を見て回った。

 本の並びが乱れていて棚にホコリもたまっている。あずさがいたら即刻直す感じだ。

 掃除中に本の受け入れをしているから、本来の掃除ができないのだろう。

 私はもう一度司書室内を見た。

 昨日も思ったが以前の多良先生の元気がない。険しい目で書き物を続けている。

 邪魔しないように今日は帰ろうかと思っていると、ふいに顔を上げた先生と目が合った。

 先生は笑顔を作ったようだが目が切羽詰っていて、私は思わず司書室のドアを開けた。

「先生…」

「こんにちは、橋本さん」声が少しかすれている。

「こんにちは。…お風邪ですか?」

「うーん、そんなんじゃないと思うんだけど、疲れてるのかな?」

「先生が最近遅くまで残っているって聞いて、心配になって」

「ありがとう、大丈夫」と先生は笑うが、目の下のクマが痛々しい。メイクが取れても気にしなくなっているのか。

 私は作業台の段ボールと、やりかけのフィルムを見た。

「気分転換に手伝いますよ」と作業台に向かう。

「何言ってるの、共通テストまで2ヶ月もないよ」

「多分、最後になるんでさせてください。大好きな作業だったんですよ」

 そう言う私に「助かる。でも少しでいいよ」と先生はファイルを閉じてパソコンに向かった。

 私はあまり音を立てないようにしながら本にフィルムをかけた。

 楽しいというより、心配な気持ちが勝っている。先生は時々頭を押さえながら何か入力している。

 藤井先生や森本先生がいた時は無駄話をしながらフィルムをかけたこともあったが、今日はとてもそんな雰囲気ではない。

 私は10冊ほど終わらせて、多良先生を見た。

 何かを必死で打ち込んでいる。かと思うと立ち上がって、司書机のファイルを取ろうとした時、ハッとして私がいたことを思い出したような顔になった。

「橋本さん、こんなにしてくれたんだ、ありがとう」

 声に疲れが滲んでいて、私は余計に心配になった。

「先生の帰りが遅いとか、お休みの日にも来ているって聞いたんですけど」

「毎日は来てない。でもよく知ってるね」

「私、良かったらもう少し手伝います」

 先生は時計を見て「もう閉館時間になるよ。それに…1人で集中したいんだ」

「わかりました。じゃ、閉館作業をしてから帰ります」

「助かる。いつかお返しするね」とすまなそうな顔をした。

 私は利用者に「閉館時間になりました」と告げて、ブラインドを閉めてパソコンの電源を落とす。見ると貸出日と返却日の表示がおとといのままになっている。余程仕事が回っていないのだろうか。

 閲覧室の電気を消して、私は図書館の扉を閉めた。

(続く)