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【雑感想】グリーンブック、落下の解剖学、マダム・ウェブ、戦場のピアニスト


グリーンブック

 腕自慢で世渡り上手なトニー・"リップ"・ヴァレロンガ、ナイトクラブの用心棒をやっていたが店の改装工事による一時閉店のため職を失ってしまう。口利きで黒人のピアニストの運転手の業務を紹介されるが、人種差別的な思想があり最初は断ろうとする。しかしその問題解決能力を買われ家族のためにも割り増しで提示された金額でクリスマスまでには戻ることを条件に入れつつ仕事を受けることにする。黒人ピアニストのドクター・ドナルド・シャーリー、名誉博士号を持ち、ホワイトハウスにも招待を受けたことがある。そんな彼とそのバンドの仲間たちはドクターの志と音楽会社との契約の元で、あえて差別の強い地域でのツアーを敢行する。トニーは運転手兼その道中の用心棒というわけだ。トニーに渡された観光ガイドがグリーンブック。黒人が宿泊できる施設を記した黒人のためだけの観光ガイドだ。上流階級で品格が高いが黒人であるドクターと粗野で無教養なイタリア人のトニー。人種の違いと貧富の差、かけ離れた二人のドライブムービー。旅をしながら長い時間を共にし、会話を重ね、トニーはドクターのピアノの腕前を純粋に尊敬し、ドクターもまたトニーの人柄に心を許し二人は信頼し合っていく。プロのピアニストであり招待を受けた立場でありながらドクターは各地で差別を受ける。泊まるホテルは黒人専用のもの、トイレは館内ではなく屋外に設置された簡易トイレ、バーでは肌の色だけで絡まれ、警官からは黒人は夜に外出禁止だと車を止められる。それでもドクターは常に品格を保つことでただ静かに抗う。やがてツアーは最終日を迎える。演奏前に併設されたレストランに入ろうとするも黒人だけが入店は禁止だという。入店できないならば演奏会もキャンセルにするとドクターは言うが、トニーが言うならば大人しく引き下がるという。

 全体としては軽快なテンポ感と会話劇で非常に面白かった。そしてそれと同時に根強い差別を根底のテーマにした重たい作品でもあった。黒人差別だけではなく貧乏だが家族に愛されているトニーと裕福だが連絡をとっていない兄がいるとはいえ家族とは離別し孤独なドクターという対比的な構造が巧みに混ぜられ見る人に複数の疑問を問いかけてくる。ブラックとホワイト、貧者と富者、愛と孤独。
 差別をする人がまったく差別意識に罪悪感を感じていない描写が生々しい。私が差別しているのではなく、この土地の決まりなのだという。ルールの中で誠実に生きている人間だと彼らは言う。そのルールで縛られている側の黒人の心情は考えず、当たり前のことに抗う方がおかしいのだと。
 道中でトニーがドクターに対し、俺の方がブラックだと言う。お前は城に住んでいるが俺は下町にしか住めないと、ドクターの努力と忍耐と誇りをないがしろにして自らの境遇がドクターの境遇よりも下にあると貧富の差を糾弾する。その発言に対しドクターが初めて怒りを露わにする。事実を元にした作品ではあるが、これは差別をテーマにすえて黒人のピアニストと白人の運転手のドライブムービーというある意味ではキャッチーなコンビを主人公格に据えたこの映画が向き合うべき話のテーマであり、ここに至るまでにこれまでの信頼があり友人とすら思えてきている流れを酌んでいるからこそ感情を最大限にぶつけるドクターに胸が熱くなる。見事な脚本だった。そしてラストの演奏シーンと自宅に帰り家族とクリスマスを過ごすトニーのシーン。良い……。とても良い映画でした。

落下の解剖学

 事故により目が見えない少年、小説家の母親、小説家志望で教師をやっていた父親、山で暮らす3人家族。小説家である母親のインタビューに地元の大学生が家族の暮らす家を訊ねてきた日のことだった。大学生の帰宅と共に少年は盲導犬と共に散歩に出かけた。散歩から戻り家に着くと家のすぐそばで父親が倒れているのを発見する。屋根裏で工事をしていたはずの父親が転落死していた。母親は自室で仮眠をとっており、父親の転落には気付いていなかったと言う。この転落死は事故なのか、自殺なのか、母親による他殺なのか、状況証拠からは真実が見えない。やがて裁判が始まり家族の内情はつまびらかに開示されていく。誰の心も厭わずに。

 ミステリーなのかと思って観に行ったら全然そんな話ではなかった。良い映画だったので本当は一本の記事で書きたかったのだが、他の作品の感想も早く書きたかったので書いてしまう。話の結論としては推理モノのように真実はいつも一つって感じで犯人が暴かれたりしない。不明な死があり、そこにまつわる近親者達の心の動きを、他人には見えぬ内側を描く作品だった。死に至るまでに起きた夫婦間の口論や、これまでの夫婦関係などは提示されはするがあくまでそれは観る人に結論が委ねられる。少年が検証し、語ったアスピリンが含まれる吐しゃ物の話も、車の中で父親が話した会話も、過去の出来事であるし、少年が盲目であるがゆえに絶妙に曖昧にしてある。盲目であるがゆえに嗅覚や聴覚や触覚による記憶が優れてはいるが、あくまで先天性ではなく事故による後天的な盲目により獲得したものである。徹底してこれが真実であるという描き方はしない。もちろん真実ではないという描き方もしない。私は少年が真実を話したと思ってはいる。ただ心が思う真実と実際の出来事は必ずしも一致するとは限らない。それは意図してようが意図してなかろうが人の記憶というものはそういうものだ。
 母親もまた弁護士に語り法廷で話した内容が本当のことであるかはわからない。ショックな現実が目の前に突きつけられて、覚えろと言われていたわけでもない過去の出来事を思いだせと言われて、ふいに思いだしたそれらが母親にとって有利な証言だったとして、それを疑わしいと思うのは、どちらが恣意的であるかと問われれば私には答えが出せない。本当に殺していようが殺してなかろうが自分が不利になる発言をわざわざしないだろう。もちろん弁護士のことを信じているだろうが、それでも弁護士にすべて話すとは限らない、と端からは思えてしまうだけの状況だ。
 父親はもちろん死人に口なしである。夫婦の口論には小説の題材にするための演技が少なからず含まれていたのか、本心からの言動なのか、目に見えずとも挫折した心は疲弊しきってしまっていたのか。精神科医には真実と本心を吐露していたのか。それはもう誰にもわからない。
 私も長く生きてきてようやく実感が伴ってきたが、他人の本心というものは本当にわからない。外から判定する方法がないのだ。そして記憶とは実に曖昧になるものだ。人は防衛本能として過去の出来事を歪めて記憶することもある。感情で動いた行動に後から論理を付加して、あたかも当時の感情がいま考えた論理の通りであったように自らを錯覚させることもある。こう言ってはいたが、心の中では違うことを思っていたと言いだしたり実は心理的な負荷を感じていたがゆえにこう発言せざるをえなかった等と言いだすこともあるし、それらが真実なことはもちろんある。真実でなかったとしても、それらは嘘を重ねている意識はなく全て本当に心から出ている発言なのだ。信じたいものが自分にとっての真実になるのだ。それらを裁判という形でそれぞれの立場の人間が、それぞれの解釈で明らかにしようとしている姿を描いた作品だった。最初10分ほどはスローペースな作品かもしれないと思ったが、物語が進むほど登場人物たちの心情にのめり込まされ、実際のところはどうなのだろうというハラハラ感と共に、最後まで緊張して鑑賞した。良い映画でした。

マダム・ウェブ

 臨死体験をしたことで予知能力が突然発現した救急隊員の女性が3人の少女が殺される未来を予知して頑張って助けようってなるお話。誰に殺されるかっていうと相手も予知夢の形で自分が3人の少女に殺される未来を知った蜘蛛に似た能力を持つ謎の男である。蜘蛛といえば自分が生まれると同時に亡くなった母親の遺品に研究していた痕跡があったなと遺品を見ると一枚の写真に謎の男が映っているではないか。男は何者なのか、自分の能力は何故あるのかっていうのは母親が研究していた蜘蛛に関係があるらしいというわけで3人の少女を同僚に預けて、その研究の足跡を追って能力の原因を突き止め、過去視をして母の愛を知り、3人の少女の元に戻り追ってきた敵のスパイダーマンとのラストバトルがあって能力覚醒してバーンやってドーンしてエンド。

 マーベル初のミステリー!みたいな宣伝文句だったがミステリーとは?という感じではあった。臨死体験中に能力が発現する主人公のシーンは良かった。発現時点では意味がわからない言葉や風景が物語の展開と共に全て繋がり、全てを理解すると共に能力が覚醒するっていう展開それ自体は胸熱である。それ以外は、なんというかコミック準拠って感じなのか、わかりやすい展開になっていて私はマーベルコミックを読んだことはないがそのままのコミックがあるだろうな~と脳内で妄想が展開されてしまうくらいにはベタというかなんというか、クラシックなものを感じた。
 予告映像でもあった飛来物を一瞥もせずに防御するシーンも良かったのだが、ああいうのがもっと欲しかった。予知でありえない防ぎ方をしているというよりはシンプルに予測能力が高いくらいに見えてしまうというか……まぁこれはちょっと期待しすぎていたからかもしれないが、極めつけは能力覚醒のシーンである。予知能力ではなく現在の時間軸から自分が取れる選択肢を複数選択できるというとんでもない能力だったわけだが、落ちそうになってる女の子にそっと寄り添ってIt's OK?みたいなこと言ってたところでここは笑いどころだろうかと少し思ってしまった。最終的に視覚を失うかわりにより能力を強め、結局今作ではただの少女だった3人の少女と共同生活をする終わり方は続編なり他作品との絡みなりを示唆している雰囲気は出てるが、今のところは私の中で期待感は薄い。

戦場のピアニスト / THE PIANIST

 ユダヤ系ポーランド人のウワディスワフ・シュピルマンの実際の体験記を元にした作品。ホロコーストを生き抜いた壮絶な迫害と戦争体験である。慎ましくも豊かに家族で暮していた日々がユダヤ系の迫害が進むにつれどんどんと悲惨なものになっていく。ピアニストであった功績から家族と別れ地区を脱出するシュピルマン。匿ってくれる人々のおかげで転々としながらも何とか生き延びるが逃げ込んだ廃墟で見つけた缶詰を開けようとしていたところをドイツ軍の将校に見つかる。職を問われ自分はピアニストだと答えると、廃墟の中にあったピアノを弾いてみろと言われる。

 原題のTHE PIANISTの方が好きなので付け加えた。戦場にいたピアニストというよりはピアニストであったが故にという方が話としてしっくりくる。たぶん公開当時くらいに観たと思うのだが若かったためかあまり憶えていなかったので改めて観たが壮絶すぎて絶句した。キャラメルを切り分けるシーンとドイツ軍将校とのやり取りだけ記憶にうっすらあったのでやはり観ていたはずだが、今見ると坂を転げ落ちるように状況が悪化していく様子とあまりにもあっさりと今生の別れになってしまう家族が列車に押しこまれシュピルマンだけ助けられるシーンで心が痛すぎた。これらがたかだか100年足らず前の出来事なのだから人の歴史は凄い。あまりにも辛く絶望的な状況下でも生きることを選択し続けた彼の胸中を推し量る術を私は持てないので安易に感想を書く気になれない。彼は戦後ポーランド放送に復職し、演奏家、作曲者として精力的に活動している。尊敬の念を禁じ得ない……。
 他に印象に残ったシーンとしては冒頭のシュピルマンがめちゃくちゃお洒落なところ、じゃがいもとパンの購入を許されたときに米を買うことで銃を入手しているのを隠したところ、病院に入る前の死んだふりをするところ等だろうか。

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