孤蓬(こほう)のひと 一条の光を見た!
歴史小説家の葉室麟が小堀遠州を主人公に、茶道の世界を表現している。彼が茶人を書き表す時、随所にキラキラした形容が使われている。さすがだ、と思わせられた。
織理屈、綺麗キツハハ遠江、 於姫宗和ニ ムサシ宗旦
上の文章をうまく読めないが、そうなんだとか。古田織部は奔放でありながらも理屈っぽい。「綺麗さび」の遠州の茶は美しく立派であり、これに比べ金森宗和は、お姫様好みで大人しく、「姫宗和」などと呼ばれ、千利休の孫である宗旦は、わびに徹し素朴なだけに、むさ苦しいんだとか。また、
「つまるところ、利休の道を学ぶ者は、利休様のようでなければならぬし、利休様のようであってはならぬ。織部様のようであってはならぬが、織部様のようでなければならぬ、ということだ」
変だけど、面白い。さらには、
村田珠光がつづった「心の文」と言う墨蹟の話も、面白い。一部紹介したい。
「この道、第一にわろき事は、心の我慢我執なり」
「この道」とは茶道のこと。つまり、我こそはと、驕り高ぶることが茶道には一番あってはならないことである、というのである。私の方がうまいとか、あいつはまだまだ初心者だと見下してはいけない。しかし、我慢我執があるからこそ、点前が上達するのも真実、と。
秀吉の弟、秀長に仕えていた頃の小姓の小堀遠州は、秀長の茶室で利休に紹介される。その時、利休は「かの者と同じ匂いがいたしまする」
と、遠州の第一印象を語った、と葉室の小説では設定されている。利休が言った「かの者」とは、近江出身の石田三成である。
その後の問答も、おもしろい。
私が目指していたものが、そこでは表現されていた。つまり刃ではなく、言葉だけで緊張感とスピードが表現され尽くされている。さすがとしか、言いようが無い。直木賞作家の真価を見せつけられた。
私は、どうしたらいいんだろうか。なんとか、間を縫って隙間を潜り抜けて、曲がりなりにも形にしたいものだ。
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