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ラメント・バスの系譜①:《マダマ・ルチアの嘆き》

モンテヴェルディの《ニンフの嘆き》を時代を超越した作品たらしめているのは、その通奏低音に用いられている、短調の下降テトラコードのオスティナート・バス、いわゆる「ラメント・バス」の魔力に他ならないでしょう。

しかしながら、《ニンフの嘆き》はラメント・バスを使用した最初の作品というわけではなく、純粋に器楽のためのパッサカリアを別としても、先行する作例は幾つか知られています。

Giovanni Battista Fasolo, “Lamento di Madama Lucia” (1628)

https://books.google.co.jp/books?id=vwIJAQAAMAAJ

ジョヴァンニ・バッティスタ・ファゾーロ(c.1598-1664)の歌曲集、『マダマ・ルチアの凱旋車』Il carro di Madama Lucia (1628) に収録されている、《マダマ・ルチアの嘆きとコーラの返答》Lamento di Madama Lucia, con la riposta di Cola が、おそらくこの種の作品の最古の例です。男女の対話の形を取りますが、一貫してG-F-E♭-Dのオスティナート・バスを通奏低音としています。

Lucia と Cola (Coviello) というのはコメディア・デラルテの定形キャラクターの名前です。当然ラメントとは言うもののコメディ色が強く、何となくパロディの匂いもします。これがラメント・バスの始祖であるというのは些か腑に落ちないところがありますが、私にはこれより古い例を見つけることが出来ませんでした。

LUCIA:
O sfortunata chi mi conso’a,
Si vol partire, Si vol fuggire,
Il mio Sol, il mio Core, il mio bel Cola.
Deh per pietade, porgetemi aita,
Che già mia vita à cruda morte
Dolente m’invia.

ああ、不幸にして私を慰める人は
去ろうとする、逃げようとする
私の太陽、私の心、私の素敵なコーラは
どうか憐れんで、助けて
私の命はもはや、残酷な死を定められた
悲しみが私を襲う


COLA:
Vidi che parto Madama Lucia,
Voglio fuggire la tua crudeltade,
Ben troveraggio una Dama chiù pia,
Tutta di miele che buono me sà.

見よ、私はマダマ・ルチアより去る
私はあなたの残酷さから逃れたい
もっと敬虔な女性を見つけよう
すべて蜂蜜、それが私の好み


LUCIA:
O troppo fero Coviello ingrato :
Arresta il piede, pietà, mercede,
Non fuggir, non partire, Coviello amato,
Dona soccorso à questa mia vita,
Ch’è già smarrita, facciam la pace,
Dolce Anima mia.

おお、なんと酷いコヴィエロ、この恩知らず
行かないで、お願いだから
逃げないで、去らないで、愛しのコヴィエロ
私の命を救って頂戴
仲直りしましょう
私の甘美な魂よ


COLA:
Io chiù non parto Madama Lucia,
Voglio seguire tua gran beltade,
Tutta sei dolce, tutta sei pia,
Piena di miele, che buono mi sà.

もう行かないよマダマ・ルチア
私はあなたの美しさの虜
全き甘美、全き敬虔
蜂蜜たっぷり、なんと私好み


Non fugge Cervo, Ne vola lo viento,
Come fa Cola per chillo tormiento
Per chil’a faccia che morte mi dà
E cagna Lucia la biernovalà.

鹿は逃げず、風は吹かず
コーラも同じく、虐められても
死をもたらす、その顔のせいで
雌犬ルチア、ビエルノヴァーラ


Tutti due insieme:
Io chiù non chiango, ne vivo scontiento,
Tutto di gioia schiatare mi siento,
Per chilla faccia che vita mi dà.
E viva Lucia la biernovalà.

私は幸せ、もう泣かない
喜びで弾けそう
命をもたらす、この顔のお陰で
ルチア万歳、ビエルノヴァーラ

作者のファゾーロについては、ごくわずかなことしか知られていません。その出版作品の表紙や献辞以外には碌な情報源が無いという有様です。

彼の代表作と言えるのは、年間にミサで用いる種々のオルガン曲をまとめあげた『Annuale』Op. 8 (1645) 。その価値はフレスコバルディの『音楽の花束』(1635) に勝るとも劣らないでしょう。

https://imslp.org/wiki/Special:ReverseLookup/302487

このオルガニストのファゾーロと『ルチア』のファゾーロは別人ではないかという疑いがもたれ、後者をフランチェスコ・マネッリ(c.1595-1667)のペンネームとする説が有力視されたこともありました(ル・ポエム・アルモニークのブックレットはその説に拠っています)。しかしその後の研究で結局「ファゾーロ」は同一人物であることが認められたようです。

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