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フランソワ・クープラン『クラヴサン曲集 第3巻』序文翻訳(鍵盤楽器音楽の歴史、第123回)

1722年、『第2巻』の出版から6年ほど後、クープランは『クラヴサン曲集 第3巻』を出版しました。この6年間、世間はルイ14世崩御の影響でごたついていましたが、クープランは特に変わりないようです。

https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b90100685

序文

私の作品の愛好者の皆様におかれましては、この『第3巻』で皆様を楽しませるために、私が以前に倍する努力を払ったことにお気付きいただければと存じます。そして少なくとも前の2つの曲集と同じぐらいにはお楽しみいただけるものと自負しております。

新たな記号「’」について。これは旋律の終わりや、和声の区切れに置かれ、次に移る前に奏者がここで僅かに休止することを意味します。これはほとんど気づかれないほどのものですが、この僅かな沈黙が無いと聴衆は何か間違っているという感じを受けるでしょう。つまりこれは区切れなく読む人と、ピリオドとコンマで止める人の違いと言えます。この時テンポを変化させてはいけません。

この『第3巻』では、私が「ピエス=クロワゼ Pièce-croisée」と呼ぶ作品に出会うでしょう。『第2巻』の62ページに《バガテル Les Bagatelles》と題するこの種の作品の一つがありますが、これはまさしくピエス=クロワゼです。

このように題された作品は、片方の鍵盤を引き出すか、あるいは押し込んだ二段鍵盤で演奏する必要があります。一段鍵盤のチェンバロやスピネットの場合は低音パートを1オクターヴ下げて弾いてください。それで低すぎて演奏できない場合は高音パートを1オクターヴ上げてください。

Francois Couperin, Second livre de pièces de clavecin, p. 62, ”Les Bagatelles”.

それだけでなく、この種の作品は2つのフルートやオーボエ、あるいは2つのヴァイオリンやヴィオール、その他の同じピッチの2つの楽器で演奏するにも適します。当然その場合、楽器に合わせて移高します。

私はいつも驚かされるのですが(装飾音の表示に気を配り、別に『クラヴサン奏法』と題する教本において十分に明確に説明したにも関わらず)正しい方法に従わずに、私の作品を習い覚えたと称する人々がおります。これは全く許しがたい怠慢です、作曲者は決して気まぐれで装飾音の指示をしたりしてはいません。だから私はこのように言明します、私の作品は私が指示したとおりに演奏されるべきである、と。そして私がそこに書き込んだ全ての事を過不足無く正確に守らない限り、真の趣味を備えた人々に正しい印象を与えることは出来ないでしょう。

私の序文の文体については、潔癖な方や文法家にはお許しを願わなければいけません。しかし自分の芸術について語るのに、高尚な文体を強いて真似たりすれば、おそらく私はうまく語ることができません。

私は自分の作品が不朽の名声を勝ち得るだろうとは、決して思っていませんでしたが、幾人もの名高い詩人の方々に拙作のパロディをつくっていただけるという光栄に与ったことから、拙作にインスパイアされた魅力的なパロディだけが本来負うべき評判を、将来拙作が分かち持つ事になるかもしれません。ですから私はこの新刊で、彼ら寛大な協力者に対して、感謝の念を予め惜しみなく記します。この『第3巻』は彼らのミネルヴァを活躍させるための広大な場を提供するでしょう。

どうもこの文章ではクープランが二次創作を歓迎しているのか怒っているのか判断しかねます。

この「パロディ」というのはクープランのクラヴサン曲に勝手に歌詞をつけたもので、当時はかなり流布していたようです。歌曲が原曲のクープランのクラヴサン曲もいくつか紹介してきましたが、クラヴサン曲と歌曲どちらが原曲なのか判然としないという場合もあります。

Library of Congress, Washington DC, ML96 Fuzelier, Louis, f. 1r.
Francois Couperin, Premier livre de pièces de clavecin, p. 36, ”La Voluptueuse”.

実際、クープランのクラヴサン曲は当時非常に人気がありました。オランダのデルフトのカリヨンではクープランの《田園詩》が奏でられていたといいます。

しかしクープランは自作品が意図していない装飾で弾かれるのには我慢がならなかったらしく、あきらかな怒りを表明しています。逆に言えば当時は書かれた装飾音を厳密に守って弾く人ばかりでは無かったということも知れます。

ピエス=クロワゼについて。これは両手で同音域を重複して弾くタイプの作品なのですが、説明にある鍵盤を押したり引いたりというのは、二段鍵盤は普通上段の鍵盤が前後に動くようになっており、奥に押し込むとカプラーによって下鍵盤に上鍵盤が連動する状態になります。手前に引いた場合は連結が解除され上下鍵盤が独立します。

するとこれは上下鍵盤を独立させても連結させても良いということでしょうか。しかし音楽内容的にはそうは思えません、ピエス=クロワゼでは下鍵盤が上鍵盤に干渉しては困ります。まれに古いクラヴサンの二段鍵盤では下鍵盤が動くものがあり、この場合は下鍵盤を押し込むと連結が解除されます。クープランはおそらくそういった楽器のことを考慮してこう書いたのだと思われます。

『第3巻』は第13オルドルから第19オルドルまでを収録していますが、さらにそれに続いてコンセール集『王のコンセール Concerts Royaux』が付随します。

王のコンセール

以下の作品は、私がこれまでに提供したものとは別種のものです。これらはクラヴサンだけでなく、ヴァイオリン、フルート、オーボエ、ヴィオール、ファゴットにも適しています。これらはかつてルイ14世陛下が1年を通じてほぼ毎週日曜日に私をお呼び出しになった、小さな室内合奏のために作曲したものです。これらはデュヴァル、フィリドール、アラリウス、デュボア各氏によって演奏され、私自身はクラヴサンを弾きました。これらは今は亡き前国王陛下のお褒めに与った作品ですが、もし同じように多くの聴衆の好みにも適うのであれば、私は完全版として引き続いて何冊かを刊行するに足るだけのものを持っています。私はこれらを調の順に、1714年から1715年に宮廷で知られたタイトルのままに収録しました。

『王のコンセール』の続編は、2年後の1724年に『趣味の融合、あるいは新コンセール Les Goûts réunis ou Nouveaux Concerts』として《パルナッソス山、あるいはコレッリ賛 Le Parnasse ou l'apothéose de Corelli》と合わせて出版されます。

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