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ルイ=クロード・ダカン(鍵盤楽器音楽の歴史、第138回)

ルイ=クロード・ダカン (1694 – 1772) の名は、現在一般にはクラヴサン曲の《カッコウ》ぐらいでしか知られていませんが、ルイ15世時代のパリにおいてダカンは最も人気の高い音楽家の一人でした。

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https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b10335274k

ルイ=クロード・ダカンは1694年7月4日にパリのユダヤ系知識人の家庭に生まれました。彼の名付け親は、あの女流作曲家エリザベト・ジャケ・ド・ラ・ゲールです。

例によってダカンもまた神童であって、6歳でルイ14世の御前で演奏、8歳で自作の合唱曲を指揮、12歳でプチ・サン=アントワーヌ修道院のオルガニストに任命され、またシテ島のサント・シャペルのオルガニストも務めました。

驚くべきことに彼は正規の音楽教育を受けておらず、またその必要もなかったといいます。ただ一時期ルイ・マルシャンに師事したことがあったようです。

1722年、28歳の彼はドゥニーズ=テレーズ・キロと結婚。その頃はコンテ公ルイ・アルマン2世に常任音楽家として仕えていました。

その後1727年にジャン・フィリップ・ラモーを退けてサン=ポールのオルガニストに選ばれ、1732年にはマルシャンの後を継いでコルデリエのオルガニストに就任、そして1739年にはジャン=フランソワ・ダンドリューの後任として王室礼拝堂のオルガニストに無試験で任命されています。つまるところ当時彼は疑いなくフランス最高のオルガニストの一人でした。

しかしながら、当時の名声に比して現存する彼の作品はごく僅かなものでしかありません。出版作品は『クラヴサン曲集 第1巻』(1735)と『新ノエル集 Nouveau livre de noëls』(1757)のみ。他にアンソロジーや手稿で若干の作品が伝わっていますが、現在演奏されることは稀です。

https://imslp.org/wiki/Special:ReverseLookup/633629

1735年に出版された『クラヴサン曲集 第1巻』はスービーズ嬢ことマリー=ルイーズ・ド・ロアン(1720-1803)に捧げられています。彼女は後にルイ16世の教育係になる女性で、マリー・アントワネットとは犬猿の仲でした。

この曲集は4つの組曲を収録します。作品のほとんどはキャラクターピースが占め、形式的にはロンドーが目立ちますが、組曲第1番、第2番にはしぶとくアルマンドやクーラントが残存しています。組曲第3番は有名な《カッコウ》にはじまる4曲だけの小規模なものですが、なんと4曲ともロンドーです。組曲第4番の後半は《狩猟の愉しみ》と題する描写的な連作となっています。

組曲第1番の終曲《3つのカダンス Les trois Cadances》では3重トリルの使用が見られます。これはクープランが『クラヴサン奏法』で実験的な技法として予告していたものです。しかしこの曲の作風はクープランとは別物で、むしろドメニコ・スカルラッティを思わせるところがあります。

とはいえダカンはクープランを忘れているわけではありません。《ハーモニーの連鎖 Les enchainements Harmonieux》の両手を交互に打つ技法は、クープランの《ミューズの誕生》で用いられていたものに違いなく、繋留音を連ねる書法にもクープランの影響がうかがえます。

ただ題名からすると、直接的にはダンドリューの『Livre de pièces de Clavecin』(1724) 収録の《L'harmonieuse》に倣ったものかもしれません。

組曲第3番は前述の通り《カッコウ》をはじめとするロンドー4曲からなるのですが、現在は《カッコウ》のみが単独で取り上げられることがほとんどで、組曲として演奏されることがまず無いのは残念です。他の曲も捨てたものではなく、4曲目の《やさしいシルヴィ La Tendre Silvie》は、正しくロココを体現する可憐な佳品。《カッコウ》を弾かれる方にはぜひこれらも一緒に弾いてほしいものです。

ダカンのクラヴサン曲は全般に平易、明朗で、若い令嬢の手習いには相応ですが、時代を代表する大家の作品としてはいささか物足りないものがあります。まあ、そういった時代だというわけでもあるのですが。

しかしながらウィットに富んだ作風は、ダカンが決して凡庸な作曲家でなかったことを証しており、またフランスのクラヴサン音楽の伝統であるところの、この楽器を趣味良く美しく鳴らす術を、彼もまた確かに受け継いでいます。

https://imslp.org/wiki/Special:ReverseLookup/756364

1757年11月に出版された『新ノエル集 Nouveau livre de noëls』は、「オルガンとクラヴサンのため」とあると共に、ヴァイオリン、フルート、オーボエなどでも演奏可とされています。こういった売り文句は70年前のニコラ・ジゴーのノエル集にも見られました。

ダカンのノエルで最も有名なのは、第12番《スイスのノエル》でしょうが、ここはあえて違うものを紹介しましょう。

第2番は、ノエル《さぁ言っておくれ、マリア Or nous dites Marie》に基づく種々の変奏です。同じくこの主題を用いたジゴーによる作例と聴き比べてみるのも一興でしょう。

まずはペダルと右手の主オルガンの伴奏上に、左手でポジティフのティエルスと別鍵盤のコルネを交代で奏するダイアローグ、これはティエルス・アン・ターユの応用といえるものです。この場合の「ティエルス」はコルネ相当のストップの組み合わせなので、両者は同質の音色なのですが、オルガン上の発音位置は異なるため空間的な対比が行われます。録音では分かりづらいところ。

そしてペダルを伴奏に、右手にコルネ、左手にポジティフのトリオとなります。ティエルスで奏される減七和音のアルペジオが矩形波のような斬新な響きで度肝を抜きます。

続いて軽やかな両手のデュオとなり、最後には再びペダルが入って重厚なトリオで締めくくります。全く単純素朴ともいえる音楽ですが演奏効果は十分。そもそもクリスマスの夜に小難しい音楽はふさわしくありません。

ダカンのオルガン演奏は当時大変な人気がありました、これらのノエルは作曲者の即興演奏の集大成なのでしょう。彼のノエルは今もクリスマスのオルガン音楽の定番として親しまれています。ノルベール・デュフルクは彼を「ノエル書きの王」と称えました (Norbert Dufourcq, La musique d'orgue française de Jehan Titelouze à Jehan Alain, 1941)。

https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436798

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