フランソワ・クープラン『クラヴサン奏法』日本語訳
以下は1716年に出版されたフランソワ・クープラン著『クラヴサン奏法 L’art de toucher le clavecin』初版の日本語訳です。
『クラヴサン奏法』の邦訳としては、山田貢(1978)、桒形亜樹子(2018)による訳書が既に出版されていますが、あえて自分なりに訳してみました。
https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b100757720
序文
ここに提供するメソッドは、私の芸術に対して快く贈られた賛辞から私が引き出した利益を、世間へお返しするものと言えます。私はそれに少々私が発見した事柄を付け加えました。これで私は義務を果たすことができたと感じています。もしかしたら、研究を公開することで私が自分の利権を損なっているのではないかと言う人がいるかも知れませんが、誰かの役に立つのであれば、私はいつでもそれを犠牲にすることを厭いません。
メソッドの方針
体と手の位置、演奏に寄与する装飾音、良い演奏のための予備的で基礎的な小練習、私の『クラヴサン曲集 第1巻』の多くのパッセージに適用しうる良い運指についての助言、習熟程度に応じた8つの様々なプレリュード(運指の指示付き)、そして散在する良い趣味によって演奏するための所見、これらがこの本を構成しています。
光栄なことに、何人かの最も熟練したクラヴサンの大家の方たちが、躊躇せず謙遜の心をもって、私の作品の弾き方や趣向について幾度も私に意見を求めてこられました。このことが、信頼できる演奏の手引を出せば、パリの、地方の、そして外国の皆様方に歓迎されるという希望を私に与え、すでに『クラヴサン曲集 第1巻』の後に、直ちに出版することを約束しておりました第2巻に先立って、この本を上梓することを私に決心させたのです。
私の『クラヴサン曲集 第1巻』を演奏する方の便宜のために、最も問題となる箇所の運指を説明いたしました。これらの例は他の場合にも応用することができます。
子供に演奏を教え始めるのに適当な年齢は6歳から7歳です。もっと遅くなってからでは駄目というわけではありませんが、当然ながらクラヴサンの演奏のために手を作り上げるには早いほうが好ましいのです。そして姿勢を整えることが必要です。したがってまずは体の位置について説明いたしましょう。
正しい高さに腰掛けた場合、肘、手首、指が同じ高さにあるべきです。したがってそのようになる椅子が必要です。
子供たちの足の下には成長に応じてしかるべき高さの台が必要です。そうすれば足をぶらぶらすることなく、体をきちんと支えることができます。
鍵盤から胴体までの距離は、大人の場合は約9インチで、子供の場合はより短くなります。
鍵盤の中央が体の中央と一致しなければなりません。
クラヴサンに対して体は多少右に回し、膝はあまりつけすぎず両足は互いに少し離して並べること、特に右足は外側に開いてください。
しかめ面をする癖を自分で治すには、スピネットやクラヴサンの譜面台に鏡を置くとよいでしょう。
手首の位置が高すぎる場合、私が発見した唯一の矯正法は、小さなしなやかな木の棒を誰かに持たせ、それを問題のある手首の上に置き、同時にもう一方の手首の下に置くことです。欠点が逆であれば反対のことをします。ただしこの棒で演奏を完全に拘束してはいけません。徐々に問題は修正されていくでしょう、この策は私にとって大いに役に立ちました。
頭や体や足で拍子を取らないほうがよいでしょう。
クラヴサンに向かうときは、何かに視線を集中したり逆にぼんやりさせたりしないで、楽にしていなければいけません。最終的には他のことは眼中にないかのように聴衆に視線を向けるべきです。これは楽譜無しで演奏する方に対しての助言です。
幼い子供の場合は、スピネットか1段の鍵盤だけを用いるべきです。そしていずれにせよ羽軸は非常に軽く調整されなければなりません、これは極めて重要なことです。美しい演奏は、力によるよりも、指のしなやかさと自由に大いに依存するのです。子供に最初から2段鍵盤で弾かせると、小さな手に無理を強いることになり、そのため手の型が悪くなって、タッチが粗くなります。
繊細なタッチのためには、指を可能な限り鍵盤に近づけておくことが必要です。手を高いところから鍵盤に落とせば、鍵盤近くから押したときより乾いた音がし、羽軸は弦からより粗い音を出すというのは(経験はともかく)道理にかなったことです。
子供への最初の頃のレッスンでは、教師の居ない間の練習は勧めないほうがよいでしょう。子供たちは気を散らしやすく、手を教えたように正しく保ち続けさせるのは難しいからです。私の場合、子供へのレッスンの始めは、用心のために教授用の楽器の鍵を持ち去ってしまいます。45分以上もかけて丁寧に教えた型を、私の留守の間にたちまち駄目にしてしまわないようにです。
トリル、モルデント、前打音などのように普通に使われている装飾音とは別に、私は常に生徒にいろいろな指の小運動をさせますが、それは旋律でも分散和音でも、最も単純なもの、最も自然な調性のものから始め、徐々により速く、より複雑なものへと導きます。これらの小練習はあまり増やすことはできませんが、すぐにでも実地でき、様々な場合に役立てられます。後で装飾音に続いていくつかの型を用意しておきました、それらに基づいて色々なものを作ることができるでしょう。
遅く始めた人や、間違った教育を受けた人は、神経が硬化していたり悪い癖がついていたりすることがあるので、クラヴサンに取り掛かる前に自分で指を柔らかくするか、誰かにそうしてもらう必要があります。つまり指をあらゆる方向に引っ張るか、誰かに引っ張ってもらうのです。さらにこれによって精神が刺激され、解放的な気分が得られるでしょう。
良い運指は良い演奏を大いに助けます、しかし私の考えや生徒に教えることを示して見せるには、それだけで1冊の本になるコメントと例が必要になるでしょう。そのためここでは一般論だけを提供します。メロディーやパッセージは演奏の仕方によって、趣味ある人の耳には異なる効果を与えるでしょう。
省察
特定の指ではトリルや前打音を弾くことが苦手という人が多くみられます!このような場合、多くの練習による弱点の克服をおろそかにしないことを勧めます。しかし同時に強い指もさらに改善されることになるので、弱い指よりも優先して使用するべきです。今日に期待される良い演奏のためには古い運指法に拘る必要はありません。
別の省察
子供には、いくつかの曲を手に覚え込んでしまってから初めて楽譜を教えるべきです。楽譜を見ながらでは指を外したり、こんがらかったりせずに音を弾くことはほとんど不可能ですし、装飾音はなおさらです。それに記憶力は暗記によって遥かによく発達するものです。
別の省察
ある程度以上に熟達したいと願う男性は、手を痛めつけるような仕事は避けたほうがよいでしょう。これに対し女性の手は一般により優れています。良い演奏のためには、筋肉の柔軟性が力よりも重要であることは、すでに述べたとおりです。私の考えでは女性の手のほうが男性の手よりも良く、男性でも左手はあまり仕事に使われないので、一般によりクラヴサンに向いています。
最後の省察
子供たちにはまず最初に鍵盤の音名を教えるべきだということは、ここまでお読みになられた読者には言うまでもないことだと思います。
後述の装飾法の理解につながる運指に関する小論
(私の普段の習慣とは別に)このメソッドではそれぞれの手の親指を最初の指として数えます。ですから指の番号付けは以下のようになります。
これは私が説明しようと努めた、私の作品中の(運指のわかりにくい)多くのパッセージを参照するのに役立つでしょう。同じ音で指を乗せ替えることがレガートな演奏にいかに有用かということは、練習することでおわかりいただけるはずです。
クラヴサンの音はそれぞれ明確に決定されており、それを連続的に増減させることはできません。そのため今日に至るまでこの楽器に魂を与えることは殆ど不可能であると思われています。しかしながら、光栄にも私の演奏を聴いてくださる優れた趣味の方々の心になんとかして触れる喜びを得ようと、私は天から授かったその僅かな才能をもって研究に励んできました。そして私の生徒たちは私を凌いでいくことでしょう。
私の提案するところでは、クラヴサンによる情感表現は、プレリュードや小品の旋律の性格に沿った適切なタイミングで、音の途絶や保留を行うことによって実現することができます。この2つの装飾法では、対照的な形で耳を不確定な状態に置くことで、あたかも弓で弾く弦楽器が音量を増減するような効果が、耳がそのように期待し望むところに従って現れます。
私はすでに『クラヴサン曲集 第1巻』の巻末の装飾音表において、このアスピラシオンとシュスパンシオンを音価と休止によって説明済みです!しかしここで(簡潔ながら)解説を加えることは、情感表現に鋭敏な方のために無駄ではないと思います。
これら2つの名称(アスピラシオンとシュスパンシオン)は疑いなく新規のものです!もしかしたらその一方や両方をすでに実践してきたと主張される方がおられるかもしれませんが、これらに適当な名称を与えた事に関しては、私を嚆矢と認めていただけるのではないでしょうか。クラヴサンの演奏のような立派な芸術に関しては、互いの意見を尊重し理解し合うのが最も良いことだと私は考えます。
アスピラシオンを効果的に用いるには、軽く速いパッセージに比べ、穏やかでゆっくりしたパッセージでは、あまり唐突に音を切らない方が良いでしょう。
シュスパンシオンに関して:ゆっくりした穏やかな作品以外でこれを用いることは困難です。音の前の空白をどれだけ取るかは、演奏者の良い趣味によって加減されなければなりません。
演奏に用いられる装飾音
長いモルデント (pincé double) や、前打音付きの長いモルデント (port de voix double)、トリルなどの長さは、一般にそれが装飾する音符の長さによって決まります。
全てのモルデントは、それがつけられた音の上で止めなければなりません。その止まるところがわかりやすいように星印をつけました。装飾の動きとそれを止めた音の長さの合計は、装飾を付けた音符の音価に収まらなければなりません。
オルガンやクラヴサンの長いモルデントは、弓で弾く弦楽器におけるマルテルマン (martelément) に相当します。
連続するモルデントを同じ音で指を置き換えることによりレガートに弾く方法。
同様の連続するモルデントの弾き方、左手の場合。
私が出版作品で導入したシャープやフラット付きのモルデントは無用のものではありません。しばしば私の意図に反した形で弾かれていますが。
前打音による装飾は、音価を持つ音符と、音価の無い小さい音符から構成されます!これの運指については2通りのやり方がありますが、私見では一方の方が他方より好ましいです。
この例では音価を持つ音符に✕印をつけてあります。
(左:新式、1、2、右:旧式、3、4)
私は旧式の弾き方は片手で2声部を弾かなければならない箇所以外では認めません。特に両声部が離れている場合や、下降音形の場合は大変動きが制限されます。
新式の前打音の弾き方を推奨する理由
前掲譜例3の3の指、及び例4の4の指は、小節の終わりの✕印をつけた音符と、次の小さい音符を再度打ち直して弾いているため、完全なレガートが妨げられています。一方、例1の場合は代わりに3の指を2に置き換えており、例2では4の指を3に置き換えています。
私の経験では、どちらの指使いで弾いているか耳だけで判別できます。そして私の生徒たちも同様であることから、ここに幾許かの真理があると考えられ、私はこの有力な意見を支持します。
前打音の小さな音符は、それがモルデントを伴うか否かによらず、和音とは一緒に弾かれなければいけません。つまりその拍は続く主音に属してます。
若い人なら、全ての指でトリルが弾けるように練習することは大変有意義なことです。しかし当然ながら、人によって特定の指の動きの自由度や力は異なりますから、その選択は教師に委ねられます。
トリルを弾くのにもっとも使われる指は、右手なら3と2、あるいは4と3、左手の場合は1と2か、2と3です。
私の『クラヴサン曲集 第1巻』の装飾音表では、トリルは均一な音符で示されていますが、実際には、それとわからないほど微妙な階調をもって、始めは終わりよりもゆっくり弾くべきです。
どんな音符にトリルがつけられていようと、それは主音の全音か半音上から弾き始められます。
トリルはどんな長さのものであれ3つの部分から構成されます。
1. 上接音
2. 交互打音
3. 終止音
その他任意に使用されるトリルの種類としては、上接音を引き伸ばすもの、短すぎて上接音も終始音も持たないもの、あるいはトリルをアスピラシオンとして用いることもできます。
装飾音については『クラヴサン曲集 第1巻』の74ページと75ページに詳しく説明してあるので、読者はそれを参照してください。
この後の『クラヴサン曲集 第1巻』の(運指の難しい箇所の)解説のところで、装飾に関する同じ説明を同じ表現で繰り返すかもしれません!しかしそれは常に異なった進行と関係するものであり、私は叙述が精密であることよりも有益であることをとります。
次の予備的な小練習に移る前に、トリルやモルデント、前打音、分散和音、パッセージなどを、最初は非常にゆっくりと練習しなければならないことに注意してください。曲を練習するのに慎重すぎるということはありません。
曲を6つ(それぞれ異なる性格のもの)規則正しく弾けば、それによって多くの曲が弾けるようになります。これに対し、(特に若い人の場合)量ばかり増やすと混乱が生じ、そこから引き戻すのに非常に苦労することになります。
両親、または子供を監督する人たちは、あまり短気を起こさず(良い選択をしたという確信を持って)教師をもっと信頼すべきです。そして教師たる人はあまり阿るべきではありません。
エヴォリュシオン、あるいは手を作るための小練習
3度上昇進行
4度上昇進行
5度上昇及び下降進行
6度進行、これらの進行は鍵盤の全ての幹音と派生音で練習してください。
7度進行
オクターヴ進行
シャープやフラットの大い調の場合の運指法
連続3度を弾く旧式の方法。
これではレガートに弾くことはできません、正しいのは次の方法です。
同様の3度を弾く新式の方法
良きものの中心であるパリで、古い方法に拘泥する人は殆ど居ないと思いますが、これまで良い趣味で演奏するためのメソッドは存在していませんでした。こういうことは至るところに見られますが、なおざりにすべきではないと考えます。
別の3度の弾き方
これらの新しい3度の弾き方について一つお話をしましょう。
ある日私が若い女性に教えていた時、私は彼女に片手で同時に2つのトリルを弾くことを試みさせました。恵まれた天性と、素晴らしい手、そして練習によって培われた技量によって、彼女はそれを見事に弾いてみせました。私は彼女のその後を知りませんが、もしこの練習に熟達すれば、演奏においてすばらしい装飾ができることは確かでしょう。しかしながら、その後これがある男性(しかも高い技術を持った)によって練習されているのを聴きましたが、彼が練習を始めるのが遅すぎたためか、その達成のために彼をさらに苦しませるべきだと思えるようなものではありませんでした。
私はただ若い人に然るべき時にこれを練習するよう勧めるに留めます。もし平行3度のトリルが導入されても、これまで作曲された作品の演奏の邪魔にはならないでしょう。
替え指と関連したトリルによる進行
この音符の上の数字は、指の交代を示しています。大きな数字が先にあるときは上昇音形が続き、小さな数字が先にあるときは下降音形が続きます。
左手による3度進行
同様に全ての幹音と派生音で練習してください
4度進行
5度進行
6度進行
バテリー(訳注:分散和音)については後で説明します
7度進行
若い人に教える場合は、音程や、調とその完全終止や不完全終止、和音や仮想和音などについての知識を、徐々に手ほどきするとよいでしょう。それはいわゆる「場所記憶」に保存され、然るべき時に思い出されるでしょう。
上述のバテリーあるいはアルペジオについて、これは「ソナタ」に由来するものです。私としてはこれらをクラヴサンで弾くことは控えめにしたほうがよいと忠告させていただきます。
ヴァイオリンにヴァイオリンの特質があるように、クラヴサンにはクラヴサンの特質があります。クラヴサンが音量を増加させることができなかったり、同音連打に特に向いていないとしても、クラヴサンには正確さと、明快さ、輝かしさ、そして音域の広さがあります。
ですから中庸の道を採るべきでしょう。時々は快活なソナタを弾くのも良いですが、バスがクラヴサンに適するリュート風のシンコペーションと関係ないような遅い曲は避けるべきでしょう。しかしフランス人は他の国よりも優れているものを犠牲にしてまで目新しいものに飛びつくのです。結局の所、特にクラヴサンのために作られた作品は、そうでないものよりクラヴサンに向いているということを認めないわけにはいかないでしょう。
とはいえ速いソナタの中にはクラヴサンでうまくいくものもあります。それは、この後に例として示すアルマンドのように、上声部と下声部が常に動き続けるようなものです。
《アルマンド、軽快》
凡庸な弾き手がソナタに惹かれるのは、装飾音が少ないためです、特にバテリーには!
しかしその結果はどうでしょう!こういう人々は真のクラヴサン曲の弾き方を知ることがないのです。一方で、まず初めにクラヴサン曲を良く弾けるようになった人は、ソナタも完璧に弾くことができます。
『クラヴサン曲集 第1巻』の運指の分かりづらい箇所の解説に移る前に、フランスの "mouvemens"(テンポ)と、イタリアのそれとの違いについて述べておいても良いかと思います。
私の考えるところでは、フランスの記譜法はフランス語の書法と同じ欠陥があります:その心は、実行するようには書かれないということです。そのため外国人はフランス人に比べてフランス音楽をうまく演奏できません。一方でイタリア人は、彼らの音楽を演奏されるべき実際の音価で記譜します。つまるところ、私達は実際には付点リズムで演奏する全音階進行を、均一な連続する8分音符として記譜するのです!私達はこの習慣に囚われ続けています。
どうしてこうなったのか!
私の見るところ、"mesure"(拍子)と "cadence" ないし "mouvement" が混同されているようです。mesure は拍の数や均一性を定義するものであり、一方 cadence はそれに加味される精神であり魂なのです。
イタリアのソナタは、cadence の影響を受けませんが、フランスのヴァイオリンのためのエールや、クラヴサン曲、ヴィオール曲などはこれを指定し、なんらかの雰囲気を表そうとしています。しかし私達は特定の考えを伝えるための印や記号を持っていないため、作品の冒頭に "Tendrement"(優しく)や "Vivement"(活発に)などと記して済ましています。
外国人の便宜のために、これらのフランス語を翻訳する労をとる人が現れることを願っています。そうすれば私達の器楽の素晴らしさをわかってもらえるかもしれません。
優しく繊細な性格のクラヴサン曲を演奏するにあたっては、他の楽器のようにあまり遅く弾かないほうが良いでしょう。音の持続が短いからです。多少速さを加減しても、曲の表現するところのものは保たれます。
最後に、クラヴサン曲の演奏において成功したいと望む人には、伴奏を学ぶのは2、3年経ってからにしたほうが良いと忠告します。これは十分な根拠があってのことです。
第1に、通奏低音の左手には、クラヴサン曲と同じように明快さと正確さが要求される旋律線が現れるので、まずはそれに熟達する必要があります。
第2に、伴奏では右手は和音しか弾きません。そのため常にしっかりと動かないように緊張した状態を強いられます。初めにクラヴサン曲を学んでおけば、これによって悪い影響を受けることを防げます。
最後に、急速で活気のある曲ばかりを弾いていると、タッチが固く重くなり、演奏全般に支障をもたらす恐れがあるので、クラヴサン曲と伴奏の練習は交代で行わなければなりません。
伴奏と独奏のどちらの達人でありたいかと言われれば、私は自尊心から独奏を選ぶと思います。しかし伴奏それ自体は、これほど楽しいことはないし、これほど人との絆を深めてくれるものもないと思います。
しかし何と不公平なことでしょう!演奏会で伴奏者が称賛されるのは最後のことです。このような時の伴奏のクラヴサン奏者は建築物の土台としか思われておらず、誰も話題にしません。これに対し独奏に優れた人は聴衆の注目と拍手喝采を享受するのです。
それはともかく、鍵盤には細心の注意を払い、常に羽軸をよく整備しておくべきです。こういうことに無関心な人がいることは知っていますが、そういう人はどんな楽器で弾いても駄目なものです。
『クラヴサン曲集 第1巻』の運指の難しい箇所
《英国貴族 La Milordine》
6ページ3段目の第2第3小節。
同じ曲の9段目と10段目の第1第2第3小節。
替え指を用いることで如何にレガートに演奏ができるかにご注目ください!ただし旧式の運指よりも技術を要するということは断っておく必要があります。
《シルヴァン Silvains》の第2部、9ページ1段目の第4小節。
スラーのついた4つの音の2番目と4番目は、バスに対し真の和声を形成しているため、間の音を省いた単純な旋律の場合と同じ指で弾かなければなりません。
同じようなパッセージも同様に弾きます。
同じく9ページの7段目8段目のアルペジオ。
《幸せな思い Les idées heureuses》より、32ページ3段目4段目。
同じ曲のグラン・レプリーゼ、5段目と6段目の最後の2小節、及びそれに続く7段目と8段目。
この曲にそれほど難しいところはありませんが、この運指を予め覚えておけば他の曲が楽になるでしょう。
60ページの《クーラント》、9段目の最後の小節と11段目の最初の2小節。
61ページの《クーラント》、これには5の指から6の指に替える同様のパッセージがあります(訳注:第2版では4と5に修正されている)。
《ヴィレール La Villers》、68ページの13段目全体。
《波 Les Ondes》、これは『クラヴサン曲集 第1巻』の最後の曲であり、右手のほとんど全てに正しい運指の知識が要求されます。ここでは上声部の主要部分、もっといえば「歌」についてだけ書きました。
《波》より、72ページ、第1クプレ
第2クプレ
次のクプレで全音階進行の連続する音を同じ指で弾く箇所がありますが、この時最初の方がアスピラシオンであるか、2番目の音が拍の最後の部分に落ちます。
第3クプレ
第4クプレ
これにて『クラヴサン曲集 第1巻』の注釈終了
私は以下の8つのプレリュードを、既に出版した曲集と、只今出版準備中の曲集の調に合わせて作曲しました。クラヴサンを習う女生徒のほぼ全員が、最初に教わる短いプレリュードしか知らないことに気づいたからです。
これらのプレリュードは、その後に続く曲の調を知らしめるだけではなく、指の慣らしや、弾いたことのない鍵盤を試すのにも有用です。
最初の4曲のプレリュードは全ての年齢に適合します。ただしあまり幼い子供の場合は、広い和音を正確に押さえられなくても大目に見るべきでしょう。しかしその判断は教師にお任せいたします。
《プレリュード 第1番》
《プレリュード 第2番》
《プレリュード 第3番》
《プレリュード 第4番》
《プレリュード 第5番》
《プレリュード 第6番》
ラヴァルマンされていないクラヴサンの場合は、2つの十字の間はオクターヴ下げて弾くこと。
所見
これらのプレリュードは拍節的に記譜されていますが、守るべき慣習的な様式というものがあります。私が言いたいのはプレリュードは創造力次第の自由な音楽だということです。しかしそれを即興で演奏できるような天才はかなり稀ですから、このように予め作曲されたプレリュードを用いる場合は、特に "mesuré"(拍節的に)と指示があるところ以外では、あまり拍に厳格にならず、自由に楽に演奏すべきです。(詩と比べるなら)音楽にも散文と韻文があるとでも申せましょう。私がこれらのプレリュードを拍節的に書いたのは、教え易く、また習い易くするためです。
クラヴサンの演奏法の一般的な注意点を総括するならば、それはクラヴサンに相応しいスタイルを守ることです。片手に収まる音域のパッセージや分散和音。リュート様式、シンコペーションによる曲は、繋留音や深い低音に満ちているために好ましいものです。演奏には完璧なレガートが保たれている必要があります。装飾音は非常に正確でなければいけません。交互に打つ音は極めて揃っていながら、気づかれないほど微妙な階調を持たせるべきです。拍節的な曲では速さを変化させないように注意を払わなければいけません。そして音価以上に音を引き伸ばしてはいけません。
最終的に演奏は、昔とは比べ物にならないほど純粋な今日の趣味によって導かれるべきです。
それでは別のプレリュードに参りましょう。
《プレリュード 第7番》
《プレリュード 第8番》
François Couperin "L’art de toucher le clavecin," traduit en japonais par Kagefumimaru, se termine ici.
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