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書道ガール 〜赤染晶子

人は皆、書く文字にそれぞれ癖があります。右上がりだったり、細長い字だったり、ハネが極端だったり。私は、文字にはそれを書いた人の性格が現れると思っています。雑誌の占いや性格診断で、文字についてのそれがあると必ずやってみますが、だいたい合っている気がします。

 さて、赤染晶子さんの「書道ガール」というエッセイは、書道をしているお母様について書いたものです。
 お母様の書道の先生がある時、雅号を付けてくれたのだそうですが、それが他の門下生のように「華」という文字がなく「生盛」という雅号だった。それが気に入らなくて、書道会にも本名で作品を出品していたが、先生にとうとう注意されたので、「生盛」という雅号で作品を出したら、「力強い運筆で気迫がある」と高評価されるようになったというのです。

 この話はつまり、書道の先生は、赤染さんのお母様が書く文字の良さを汲み取って、その良さがストレートに伝わる雅号を付けてあげていたということです。きっとハキハキとした何事にもめげない強さのある方なのでしょう。それが文字にも表れていたということだと私は思います。

 私は書道をきちんと習ったことはありません。小学校の頃、書き初めが冬休みの宿題で出た時は、祖父にちょっと見てもらったことはありますが、祖父は書道の師範ではありませんでした。唯一習ったとも言えるのは、中学の時の書道の授業です。その時教えて下さっていたのが、羊羹で有名な老舗の和菓子屋「とらや」のまさに「とらや」という屋号の文字を書いたという書道家の方でした。その当時で結構ご高齢でしたが、曾孫のためにもまだまだ元気でいたいと仰る明るい先生で、ご自身の文字は達筆すぎて私には読めない格式高い字なのに、私達のような初心者には「自由に書きなさい」としか言わない方でした。

 「自由に」という意味は、今日自分が何となく書きたいと思う字(文句)を書けばいいという意味も当然ありましたが、一番びっくりしたのは、文字は筆でしか書けないと思っていた私達に、「とらや」という屋号の文字は実際には割り箸で書いたと言って、実演して見せて下さったことです。通常見慣れている、文字というもののテイストが全く違うものになり、文字が一つの芸術作品としての形になったのです。文字はただの表音記号ではない、悠久の時間の中で味わうものだと知ったのは、この先生のおかげです。そういうわけで、冒頭にも書いたように、文字にはその人の人となりが表れると私は思うようになったのです。

 そういえば、その先生に一つ注意されたことがありました。いつも私は字を書くスピードが速いというのです。「何をそんなに焦っているの?」と。
 確かにあの頃、自分だけでは何もできないただの子供であることが嫌で嫌で早く大人になりたくて苛々していたような気がします。うーん、私が書いた字だけを見て、そんなことを見抜いた先生はやっぱりすごい人。

 私も字を見ただけで、それを書いた人の内面を推察できるような幅のある人間になりたいなあと思っています。

出典:ベストエッセイ2013 日本文藝家協会編 光村図書
原出典:文藝春秋 2013年1月号

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