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若者たちへ 〜塩野七生

今回ご紹介するのは、塩野七生さんの「若者たちへ」というエッセイです。

「自分の人生は、どうせこの程度だから」なんてシラけつつも、心の中では「こんな人生で終わるはずじゃないのに」とモラトリアムな時間をどうにか貰ってもがく。それはある意味いつの時代の若者も同じではないでしょうか。

塩野さんは、サッカーワールドカップで日本チームが予選突破した際の若者たちの熱狂に、シラケ世代がシラケの下に隠す本音を見ます。
そして、シラケを装う理由は自信のなさであるが、自信がない=決して客観的に実力がないわけではなく、シラケは負けに対する自衛手段と分析します。

面白いのは、じゃあ自信を持つにはどうしたらいいのか?との問いに対して、「初戦にはなるべく弱い相手を見つけることしかない」とサクッと言い切っている点です。弱い相手でもいいから、とにかく勝つという感覚に身を置くことが大事であるというわけです。そして、こうした生き方は、ご自身の物書きとしての方向性もそうだったと仰るのですから、驚きです。このエッセイの中で、塩野さんは不戦勝できる分野、つまり競争相手がまだいない分野を敢えて選んだとの自己分析をされているのです。

塩野さんといえば、古代ローマ史から近現代のイタリアを舞台とする歴史小説が代表作で、最近ではローマ人シリーズが有名ですね。
しかし、塩野さんがモードの記者時代にフランスのモードではなくイタリアのモードを選んだのは、フランスのモードは全盛期だったけれど、イタリアのモードはほぼ知られていなかったから。またデビュー当時に、司馬遼太郎さんから自身の作品を、歴史研究でも歴史小説でもないと評された(つまりはその中間的ジャンルで、そんなものは今までになかったジャンルであり、だから大変ですよと司馬遼太郎さんは同情してくださった)などなど、競争相手のいない分野を狙って進んできたことを吐露されているのです。

話は変わりますが、私が最初に就職した銀行の同僚の中には、将来起業したいから入行したという人が少なからずいました。しかし、起業でうまくいくのは100人のうちのたった1人いるかどうかと言われています。
起業するには、何が一番大切か。それは、何の分野でもいいから、その分野で最初のフロンティア=開拓者、一番手になるということです。
でも、どんなことだったら一番手になれるか?特に若くて、世の中のことがイマイチわからない状態では、そんなもの見つけられるわけがありません。
そこで銀行という場所から世の中を俯瞰しつつ、一番手になれる分野を見つけるわけです。起業は、市場原理が渦巻く経済という舞台で勝ち続けることを目標に飛び込むわけですから、塩野さんの不戦勝を狙う作戦がここでも当てはまると思いました。

私はもう若者と呼ばれるには歳をとりすぎたかもしれませんが、今だにシラケてしまう時があるサラリーマン生活の中で、自分が不戦勝できるような分野がないか、虎視淡々とその機会を狙う野心は失いたくないなあと思わされました。ぜひご一読を。

「若者たちへ」塩野七生
2011ベストエッセイ 日本文藝家協会編 光村図書
(原出典:2011年文藝春秋9月号)

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