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いわき裏ツアーを自分で回ってみた記録(中編)

なんとなく行けていなかった福島県沿岸(浜通り)。震災のあの日から10年。新復興論を読んで、追体験ができたこともあり、今行かなくていつ行くんだとパートナーと2人でいわきに出かけた。(前編はこちら

出発前に、新復興論を元にしたツアーマップを作った。本にあった通り、確かに1日で回れそうだったけれど、折角なので1泊して2日かけて回ることにした。

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セルフツアーの記録 - 泉駅前に降り立つ

 常磐線に揺られ数時間、福島県の泉駅に降り立った。駅の前に可愛らしい絵柄が書いてあるタクシーが並んでいる。駅前で町の案内図を眺めた。どの土地に降り立つ時も、大体案内図は見ている気がする。当たり前だけれど、まだ地図上に載っている地名や各位置関係は眺めるくらいしかできない。
 予報ではこの日はずっと雨予報だった。2日目は一応降水確率も下がっているようだったので、歩き回れる場所が多いいわき市の市街地は2日目に取っておいて、まずは北から色々とみていくことにした。
ツアーの順番としては以下の通りだけれど、1日目に通ったが2日目になってより染み入ったことなどもあるので、書く順番は回った順番ではないことを記録しておく。

<1日目>
泉駅→広野火力発電所 第2協力会社センター→ロッコクで南相馬まで北上→フルハウス→道の駅なみえ→東日本大震災・原子力災害伝承館→いわき回廊美術館→宿(湯本)

<2日目>
湯本→常磐炭礦内郷礦住吉一坑跡→常磐炭鉱 西部斜坑連絡坑跡→勿来火力発電所→東西オイルターミナル→イオンモールいわき→道路一本隔て隣接するソープ街→いわきら・ら・みゅう→三崎公園→下神白団地集会所→平地域包括支援センター 中央台サブセンター

「カハツの前がいい」

 炭鉱、火力発電、原子力発電、港、工業地帯。新復興論では、いわきという場所が江戸の時代から長らく「中央のバックヤード」や「みちのくの手前の門」として、中央から求められる役割を時代を変えてずっと果たしてきたことが書かれていた。
それはまるで主従の関係のようで一見すると、いわきという土地のもの悲しさみたいなことも感じるかもしれないけれど、私は本の中で、筆者が地元の女生徒を撮るという仕事をしたときに好きな場所で撮っていいという筆者に対して、被写体の女生徒が「カハツの前がいい」といって、火力発電所の前で撮ったというエピソードがとても強く印象に残っていた。

これが、自分たちの街にあるものだ。と認識して、そこで撮影をすることのなんというか、力強さというか、当たり前さというかそんなことを感じていた。だから、いわきに入って、このエネルギー産業というのがどういう風に自分たちの目に飛び込んでくるのかも、とても楽しみだった。

1日目は残念ながら雨だったので煙突も、煙も霞んであまり見えず、またルート的に広野の火力発電所の前をちょっと遠目からすっと通るだけだった。
しかし2日目、勿来の火力発電所、広野の火力発電所、オイルターミナル、小名浜港、2つの炭鉱跡を見て回って、この土地がいかに首都圏に送るエネルギーを作り出しており、送り出しているのか。また、力強く、エネルギッシュに、日常の風景としてそこにある様子を見て、「カハツの前がいい」そう言った女生徒の姿がありありと見えてくるようだった。

ロッコクを走る

 本の中で、「ロッコク」という言葉もまた強く印象に残っていた。ロッコクとは、国道6号線のことで千葉・茨城・福島を通り宮城に至る一般国道のこと。古くは江戸時代に、江戸・水戸・仙台を通る要路で大名も多く行き来したといい、「浜街道」とも呼ばれたそう。この重要度は現在も変わらず、著者も幾度もこの道を通り、さまざまな思いを抱えながら走ったという。
 ツアー中、一度時間に余裕がなく急いで移動しなければいけないことがあったので、その時にはもう少し内陸を走る高速を使ったけれど、見える景色が全く違う。というか、高速道路からは、たおやかな山や野畑が見えるくらいなのでまちの様子は全く見えない。なので、このツアーをするときにはできる限りロッコクを通って欲しい。

 泉駅についてから、まずは北上して「フルハウス」を訪れることにしていたので、早速ロッコクに沿って北上した。
 まちは大きく、発展していた。国道の脇にある大型の店舗なんかもよく見る風景だった。間違いなく、地方の大きな都市だった。本で読んでいた通り工場が多く、雨雲の中だったのあまり遠くはよく見えなかったけれど、大きな敷地の工場や煙突が見えた。これが、2日目になると更によく見えて、煙突という煙突から煙が出ている。ガッシガッシと力強くまちが動いている、そんな感じがした。
 当たり前のことなんだけれども、そんなふうに思ったのは多分、メディアで街全体を見ることはほぼなかったからだと思う。断片的に、一部の頑張っている人か原発関連のニュース、積み上げられたタンクの映像などがあるだけだったから。

 なんか、これだけでも来てよかったと思った。もちろん、住んでいる人の心の中には、色々あるかもしれない。けれど、「どんな顔して行けばいいのか」なんてこと考える必要なかったんだと思った。普通に来ればいいじゃん。そんな感じ。
 そして私は、復興五輪としてオリンピックが開催されることを望んでいた、延期されたことを悔しがっていた福島県出身の友人のことを思い出していた。友人は、福島県はこんなに普通に動いているんだということを、本当に世界に示したかったのかもしれないと。

 ロッコクは、いわき市、広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、南相馬市と進んでいく。「こんな街なんだね」「工場多いね」なんてことを話しながら走っていた。すると、途中から「帰還困難区域」という看板が見え始め「この先歩行者・自転車通行禁止」となった。
 その直前まで、普通のまちが続いていた。しかしこの区域に達した途端に草木は生い茂り、壊れたままの家屋や、奥に行く道が封鎖された状態が続くことになった。「あぁ、ここがそうなんだ・・」やっぱり、通過すると重い気持ちになる。明らかに止まっている場所。
 一方で芽生えた違和感は、想像していたよりも普通の空間だったこと、だった。メディアでは明らかに壊れたり動物に侵入されたり、といった場面ばかり見ていたので、もっとそもそもが大変な状況になっているのかと思っていた。
 もちろん、国道沿いだしほとんどがバリケードで奥の様子はわからないようになっているということも大きいと思うけれど、建物や看板が補修されていないこと、ちょっと草木が生い茂っていること、バリケードがあること以外、至って普通の空間に見えた。人が歩いていないのだって、国道沿いに人影が見えないなんてことは地方の中心部を離れたエリアではよく見る光景だから。
 「この場所に戻って来たい」そう言って家や周辺の整理をしに戻る住民の姿はよくテレビに映し出される。私は、なぜ危険を冒してまでと思っていたけれど、これだけ周りの街が普通に動いていて、車も通ることができて、場所としてはそこにあって。だから、そう思う気持ちもわからなくはないと、感じた。

合わせて、その本当の気持ちは到底わかるはずもないけれど、山の向こうにあるほとんど肉眼では見えない、あそこにある原発のせいで、と思う著者の心にも心を寄せられた。(なんだろう、共感というと言葉が違う気がするし、言葉選びが難しい)

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東日本大震災・原子力災害伝承館、おすすめ。

 宿は湯本にとっていたので、南相馬から南下していくつかの場所に立ち寄った。(途中の回廊美術館もとても良かったけれど、この美術館を含むまちの文化系については次の記事で。)

 この中で、また自分の中で薄れそうになった時に行きたいと思ったのが東日本大震災・原子力災害伝承館。
 色々な意見があるかもしれないけれど、私は展示されている内容をみて当時の息の詰まりそうな、情報が錯綜して不安になり、自分たちで一生懸命調べて納得して選択した、そんな日々を思い出すことができた。あんなことが二度とあってはならない。手に負えないものなんだということを改めて心に刻むことができたのは、私にとって意味があった。

 もう1つ、入ってすぐのナレーション映像の後の螺旋通路の壁に書いてあった、地震発生から避難、その後の区域指定、解除への年表や、避難に関連する映像・文章がとても印象に残った。
 印象に残ったという言葉も適切でないかもしれないけれど、それぞれの町で過ごしていた人たちのところに突如事故の報道がなされ、国から避難命令が下り、避難をするも避難先に十分なゆとりがなく辛い環境で過ごさなければならなかった状況。追加の措置でさらに別の場所に避難し何ければならなかったり、長距離の移動を余儀なくされ、体調を崩し亡くなった方もいらしたということ。
 もちろん、避難の様子や、度重なる疲労で体調を崩したり亡くなった方がいたということはニュースでは見ていた。見ていたけれども、こんなふうに時系列で見ると、初動の時系列の「間」があまりにも詰まっていた。避難を繰り返さなければならなかった、さらにそのまま戻れなくなってしまった、そうせざるを得なかった、不安の中で出て行くことにした、いろんな選択があった方達の心を想像するだけで辛かった。

 何があったか忘れてはいけない。忘れないその先に、自分たちや次の世代が何を選択するのか。また選択をするための土台を、今の自分たち以上の世代がつくれるのかということが大事だと感じた。
 動いているまちで過ごすとともに、何があったのか刻み込める。とても貴重な体験だと思う。

次は、いわき回廊美術館や、湯本のまちなど、まちの文化・歴史から見るいわきの面白さについて書く。いや本当に面白かった。
両方を体験できるのが、このツアーの一番いいところだと思っているので、次も頑張って書くぞ。


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