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東京芸人の運命を変えたひとり 芸人・リッキーが大手芸能事務所社長になるまで 11

芸能事務所に厳しい時代 これから社長としてどう生き抜く?

売れた芸人がサンミュージックを辞めない理由

最後に芸能事務所のこれからについて、岡社長に聞いた。

インターネット上でYouTubeをはじめとする動画サイトやXなどのSNSが発達し、そこで自由に自己のPRをできる上に、収入も得られるようになってから、芸能事務所を離れるタレントや芸人、最初からフリーで活動する芸人らが激増している。

また、テレビをはじめとする“オールドメディア”の影響力と収益が落ち、以前のようには稼げなくなったことで、メディアへのキャスティングに強みを持つ芸能事務所に所属するメリットも薄らいできた。こうした事情がタレントが事務所から独立する流れを後押ししている。

特にこの春は事務所を辞めるタレント、芸人が続出した。お笑い芸人が多く所属する某芸能事務所も、ここ数年、退所者が非常に多い。しかしそうした中でサンミュージックは、売れっ子芸人が独立するケースが少ない。これはなぜなのか? そしてこの時代に岡社長とスタッフは所属タレントとどう向き合っていくのか。

岡社長は独立する人が少ない理由をこう語る。
 
「うちは話をすごく聞く会社なんですね。創業者の相澤秀禎初代社長、二代目の相澤正久現会長がそういう方で、タレントもスタッフもひとつの家族みたいな考え方なんです。ずっとそれでやってきました」
 
岡社長ももちろん、その“相澤イズム”を受け継いでいる。そこにもうひとつの“DNA”が加わっているという。

相澤イズムと玉川DNA

「もうひとり、影響を受けたのがかつてサンミュージックを辞めた後に入った人力舎の設立者、玉川善治前社長です。玉川さんは本当に芸人思いの方で、僕らが仕事なくてお金がない時、『最低でもいくら必要?』と聞いてくれ、例えば『15万円です』と答えると、それから毎月、稼げてなくても15万円渡してくれたんです。実際には前借りで、稼げた月に15万円を超えた分から返済していました」
 
さらに事務所社員の芸人への気遣いも忘れられないという。
 
「まだ規模が小さかった頃ですが、事務所に行くと元芸人のコンノさんというデスクがいて、顔を見るなり『コピー取るか?』と聞いてくれたんです。芸人はコントなどのネタ台本をコピーしないといけなかったから、そのことをわかって聞いてくれてたんですね」
 
1980年代は今のようにスマホで共有なんてあり得ない時代。街にはコピー機が並んだ店があり、有料でコピーが取れたが、お金がない芸人にとって事務所で無料でコピーできるのは本当にありがたいことだった。
 
「コンノさんは『コピー取るか?』『コーヒー飲むか?』と矢継ぎ早に聞いてくれました。仕事がないときは『飯食うか? カツ丼取るか?』と、必ずご飯を食べさせてくれたんです。人力舎は芸人思いの事務所で、そんな“玉川DNA”も自分の中に継承しています。人力舎も辞める人が少ないでしょ。僕の社長としてのスタンスは、相澤イズムに玉川DNAを自分なりに取り入れながら、ですかね」

 緊急時にはカンニング竹山とダンディ坂野が動く

実際、これまでもずっと芸人との対話を大切にしてきたという。
 
「カンニング竹山や髭男爵、飛石連休あたりとはよく飲みに行って、いろいろ話を聞きます。そして彼らが下の世代の芸人を食事や飲みに連れて行って、話を聞いたりアドバイスしてるんです。相澤イズムの家族的な関係性に加え、そういういい形ができて機能していることが、売れて辞める芸人が少ない理由かもしれません。ぶっちゃあも20代の若手を連れてよく飲みにいってます」

関係性がしっかり築かれていることから、芸人の間で問題が発生すると、あの有名芸人らが“ブッチャーブラザーズの手を煩わせまい”と事態収集に乗り出すシステムが発動するという。
 
「何かあると、竹山とダンディ坂野が連絡を取りあって、動いてくれるんです。あの2人、普段は全然連絡取り合わないんです。そういう時だけお互いに連絡して、僕とぶっちゃあが何かしなくていいように、しっかり芸人たちに対応してくれるんですよ」

普段は没交渉のカンニング竹山とダンディ坂野
事務所の芸人の間で問題が発生するとお互いに連絡を取り合い、すみやかに対応するという

若手芸人が事務所に入るメリット フリー芸人の裏側

若い芸人については、事務所に所属するメリットが意外にあると岡社長は考えている。
 
「1982年に吉本さんが初めて芸人の学校(NSC)を作り、師匠を持たない芸人が当たり前になりました。“師匠・弟子”の関係は無くなりましたが、代わりに“先輩・後輩”の関係が強いつながりとなり、芸の向上や仕事の獲得に結びついているので、そういう面で事務所にいるメリットはあるでしょうね」
 
一方、フリーで活動するタレント・芸人を見ながら、身が引き締まる思いをしているという。
 
「フリーで長くやっていける人たちは、本人や一緒に組む人たちがマメにやれる人だったり、すごく努力していると思うんですね。本来は大きな事務所も所属タレントのためにマメに動かなきゃいけない。だけど、大きくなるとオファーが来ることが増えるから、自分たちで取りに行くより、どうしても“待ち”が多くなってしまうんです。もちろん、オファーが来るのは、事務所が培ってきた“信頼”“安心”があるからこそなので、いいことなんですよ。個々のマネージャーはそれに胡座をかくことなく、タレントの声を聞き、“ちゃんとあなたのことを見てますよ”ということを伝えて信頼関係を作らないといけない」
 
その上でマネージャーにこう注文を出しているという。
 
「タレントはプレイヤーであり、自身のプロデューサーでもあります。彼らが事務所に所属しているメリットは何かといえば、方々への売り込みや細かい業務を任せられ、仕事に集中してポンと現場に行けるような環境があること。タレントに“この程度なら事務所なしでいい”と思われるような仕事ぶりではダメです。マネージャーはどんどん外に出てタレントを売ってきなさいと言ってます」
 
これまで主流となってきたタレントと事務所の関係は、昭和〜平成にかけて長く受け継がれてきたもの。それが現在も残っている。

岡社長は「タレントとの契約のあり方は、これからどんどん変わっていくでしょうね。経営者はそのことを常に頭に置き、変化を受け止めながら、タレントにも事務所にも良い形を模索していかないといけないですね」と表情を引き締めながら語った。(おわり)

大手芸能事務所サンミュージックの社長に就任した岡博之氏
芸人・リッキーとしての顔を持つ
これまで数々の芸人を育て、送り出してきた


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