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〜ショートショート物語(第2夜)〜

数年ほど勤めた会社を辞めて実家に戻ってきたのは、桜も散り葉桜が生い茂る初夏の時期
鋭くもそれほどキツくない午後の日差しに目を細めつつ、数年ぶりに帰ってきた実家の玄関の前に佇む。
 ふと、玄関の横にある小窓(丁度トイレがある位置)に目をやる。擦りガラスで中は見えないが、窓際に置かれたトイレットペーパと思わしき影、と丸い塊。
 怪訝に思うと同時に玄関のドアが開かれた。中から出迎えたのはこの家の住人である僕の母。
怪訝そうな顔をする僕に不思議そう視線を送るが、特に気にする様子もなく、「おかえり」とだけ言って、中に戻って行ってしまった。
 もう一度先ほどの窓を見る。そこにあるのトイレットペーパーの細長い影だけだった。

 実家を長期間も開けてしまうと、大抵の場合、元の住人の意向などお構いなしになるもので、僕が幼き頃から一人暮らしをするためこの家をでるその日まで過ごした憩いの部屋も、ご多望にもれずさながら物置部屋の様相を呈していた。
 「やれやれ、寝る場所くらいは開けとけよな」
そうつぶやくも、出戻りの身にそんな事を言う権利はない。
 黙って片付けをしようと中に入ろうとしたその時、不意に何かが動く気配がした。
気のせいかと思うも再び、今度ははっきりと大きな物音を立てながらだった。

 ...何かいる?ゴキブリ?
しかしそれにしては気配が大きい。見えないその存在を探し、音の出所を探り始める。
ふと足元に柔らかい感触が...
 
 そこにあったのは一枚の毛布。
しかし毛布を踏んだにしては妙に深い感触である。しかもムニュっとしている。
なんとなく嫌な気がしながら、毛布をめくろうとする。すると部屋の隅でまたしても物音が、こんどは擦る様な音と低く静かなうねった音。

 振り返る、とその瞬間、見えない何かが僕の足に絡みついてきた。
咄嗟に身構える僕。しかし物で溢れ足元が悪いこの場所で不用意に体を動かしてしまった結果、バランスを崩し思い切り転倒してしまった。

 ドシーン!と大きな音を立て背中から倒れた僕。幸い畳の上だったのでそれ程痛みを感じなかったが、背中や頭に妙に柔らかい感触が。
それもかなり強烈な悪臭を伴った。
手で触ると抹茶色な不快物質が手にべっとりと着いた。

 リンリンと涼やかな音色と、トトトとリズミカルな音と共に先ほど突進してきた塊が階段を降りていくのが見えた。
それまで見えなかった存在の正体を知った僕は同時に手や背中にへばりついたこの物質の正体にも気がつき、猛ダッシュで風呂場へと向かうのであった。

                     (タイトル:透明な猫)


 私の実家には今でも猫が暮らしていますが、たまに帰ると顔を覚えていないのか一瞬びくつきます。ただすぐに思い出してくれて、それ以降はニャーニャーと甘えてきてとっても可愛いやつです。
ただ、物置と化した私の元居室をトイレがわりにするのだけは辞めて欲しかったなぁ…

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