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水汲み


今日最後の水汲みだと思うと急に汗が気になった。

沈む月が照らす湖を椀の手ですくって顔を洗う。

しばらく水の中で無意味に手を回したり足を浸して体を冷ました。

こちらの湖には人が近寄らないのでよかった。

静かな月暮れの中で揺れる水面の光と草の鳴る音に身を任せた。

そうしていると混じって遠くの方で金属の軋む音がする。

狭い場所で反射した音が折り重なって鼓膜と毛を揺らす。

そろそろか。思いながら水中で形を崩す自らの掌を見つめる。

意識は耳のまま。

リズミカルに刻まれる金属音はだんだんと彼女に近づいてくる。

入り口の闇奥深くから月光が神殿のすがたを掘り起こす。

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神殿が階段を降りて彼女のそばまでやってくる。

彼女は無視して持ってきた木桶を湖にどぷんと沈める。

ゆらゆらと水を選別するように左右したあと一気に持ち上げる。

神殿は横でただ見ている。

彼女は彼に目もくれず腰をあげ歩き出す。

神殿もあとをつけて歩き出す。

「もう誰もあなたのこと信じてないの。」

前に一度汚れた神殿の体を綺麗にしてあげたら懐かれてしまったのだ。

今日も振り払わなければいけない。

神殿は彼女の言葉を聞いている様子もなくただ傍を歩く。

関節が曲がるごとに高い音がなる。それが嫌いだった。

「ついて来ないでよ。気味悪がられる」

無表情で月の光だけを反射する神殿。

「こっちにきてもダメなの。わかる?」

しまった。問いは禁物だ。

神殿は彼女の問いかけに反応し腹部の小さな扉を開く。

奥に見える臍から声が出る。

「舵は北北西へ。鷹の笛の音を信じよ。」

「あのね。神託は御免なの。帰って。」

彼女はため息をついて地面に落ちている比較的綺麗な石を神殿に供える。

別に歪な石でもよかったのだけれど。

神殿は無表情で彼女から石を受け取り回れ右をする。

金属音は元の入り口へと帰っていく。

彼の歩行の音はいつまでの彼女の耳にへばりつく。

それをかき消すように耳にかかった髪をかきあげ頭を振る。

髪飾りの紙垂をカサカサと不機嫌に揺らして村への足を早める。

木桶の水が体の上下に合わせてダブダブと音をさせる。

離れゆく距離に合わせて二人の影が長さを変える。



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