見出し画像

室井慎次「敗れざる者」「生き続ける者」

踊る大捜査線のファンならたまらないのではないでしょうか。懐かしさにつられて見に行って参りました。インディジョーンズみたいにがっかりしないといいなぁと思いつつ。

まず、風景が綺麗だった。観光地のように作られた風景ではなくそこに住んでいる者が日常的に見るであろう風景。

もちろん映画ですからどこかに作り物は入り込んではいるのでしょうが、とにかく風景が美しい。そこに住んで暮らしている人がいるんだろうと思わせる。

室井慎次は田舎の山奥で二人の子供の里親になり暮らしている。野菜を育て、ご飯を作り雪かきをし。青々と葉が生い茂る山も雪が降り積もる山も美しい。

室井さんみたいにあまり喋らず誠実で信念を貫く人物は日本人が好みそうなキャラクターだ。もれなく自分も好ましいと思っている。

前編は謎と不穏な空気が極まるところで終わっている。不気味な日向真奈美の子である杏の存在。昔の事件を思わせる死体の発見。住民から向けられる敵意。これからどうなるのか!?と思わせるところで後編へと続く。これは見ずにいられない、という気にさせる。

後編は謎解きよりも室井慎次という男について丁寧に綴られる。母親が殺された少年、父親に虐待を受けた子供、殺人犯罪者を母に持つ杏。彼らがぶつかる様々な葛藤を乗り越えていく様を室井は見守る。

人によっては甘いと思うかもしれない。そんな簡単なものではないと。信じられないほど衝撃的な話には拒否感が先立つが、子供達が成長するにつれ直面する思い通りにいかないことには共感できたし、乗り越えていく様を応援したくなった。室井が彼らに余計なことは言わずにただここに居て良いのだと伝え、場を与え、それが楽しいと語る姿は納得できた。

踊る大捜査線でちょい役で関わった人たちが様々な役で出てくるのが楽しい。昔とはまた違う役目についている彼らを見ると懐かしい。

人は変わり季節は移ろう。決して止まることは無い。だけれど、大木から育まれた芽はまた新しい花を咲かせ生い茂るのだ。そう素直に信じたくなる。

話は唐突にしめやかに幕を閉じる。えっ、もう終わり?と思わせるほど時間を感じなかった。もうあちこちでネタバレしてますが、ラストは衝撃的です。良い意味で。

見終わって、懐かしい旧友に会ったような心持ちになりました。作り込んだ謎解きも楽しいのですが、この作品は組織を離れた室井慎次という男の生き方と彼の周りの人間の物語を静かに描いています。自分はとても共感しながら観れた。

人は変化して生きていくもの。その変化が良きものに変わるように心から願わずにはいられない。

脇役として出てくる人達にも味があった。映画だからこそ、その内面を丁寧に描けたのだろうなと思う。

観て良かった。

<追記>
母親を殺された少年が犯人と対峙するために刑務所へ面会に行く。そこの看守が昔、同じ秋田出身ということで短い会話を交わした立番の警察官だった。

ここでも同様に「きりたんぽを食べに行こう」と室井さんは言うのだけれど、この二人の邂逅に泣きそうになった。やけに心に残るシーンで心揺さぶられたのだけれど、何故なのかはわからなくて。

いつも怒ったような厳しい顔をした組織の一員としての室井さんが、唯一人間味を見せたシーンだと言う。その人間味の部分がお国訛りのセリフなんだろう。
人を人とも思わない厳しい世界(そうでなければ職務が全うできないところもあるのだろう、とは思う。小軍隊のようなところなのだから、それほど厳しい世界なのだという風に感じてる)で、唯一人間らしい人と人とのふれあいを感じる何気ない会話。

ちょっとした会話を交わしただけなのに上官である室井さんが覚えていたこと、立場上ではなく人として誠実に接するその姿に感銘したのかもしれません。普通は覚えちゃいないでしょ、そんなこと。
  
どなたかが書いていましたが、観た後にじわじわくる映画です。この映画に胸熱だった人はきっと情が深い、というかある程度経験や年月を重ねた人だと思います。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?