「天気の子」を観て

「天気の子」を観て

※ 初めにネタバレ注意とだけ書いておく。
 観たことない人は
 観てから読んでみてください。


はい、というわけで
書いていくんですが、、

終盤らへんで
とりあえず泣きました(笑)

内容については
極力触れない方向で
行こうと思っていますが、
多少は触れると思います。


※と思ってましたが、
書いているうちに
核心に触れる話をしているので
気をつけてください。
また、マトリックス リローデッド
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破についても
書いている部分があるので
観る予定のある方は気をつけてください。
そっとじしてください笑笑


感じたのは10代の頃に観たら、
今とは違った感想を持ったんだろうなぁ、
ってことと、
20代後半の今だからこそ思う気持ち。
それに付随して10代の頃を思い出す感覚。

やっぱり今でも子供心を
持っていたんだな、
ってそう思える作品でしたね。
でもそれは大人の考えに染まりつつある
自分の現在の意識とは相反する想い。

大まかにはそんなこと観ながら
思ってました(笑)
相変わらずまとまりない文章で
申し訳ないです笑笑


マットリックス リローデッド
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

内容的には上記2つの物語と
似ているように思いました。
世界(最大多数の最大幸福)を取るか、
個人と個人、二人称を取るか。
(↑この書き方あってるのか?)

結局、物語はどの作品も
同じ選択を選ぶのだけれど、
末路はそれぞれで違う。

マトリックスはよく覚えてないけど、
ヱヴァンゲリヲンでは
その代償に世界が滅びかける。
いや、現代の社会は滅びている。
今作もそう。
しかしヱヴァンゲリヲンと違うのは
(違わないかも?)
その現象が変化というよりも
回帰のようだと作中で
明言されるところだろう。
ただ最終、主人公たちは
自分たちの選択によって
世界が変わったことに意義を見出している。


いやー、いいなぁ笑笑
若いっていいなぁ、
って思いましたね。
いや、まだ若いつもりなんですけどね(笑)
そこまでぶっ飛べる勇気も度胸もない、
っていう。


疑問というか、
その他思ったことは
序盤で主人公が銃を撃つシーンがあって、
主人公もヒロインも驚いたり、
否定したりしたけども、
その後、ヒロインが自動車を
爆破するシーンがあって、
その後は何も罪悪感を感じていない。
いや、もしかしたら
感じているのかもしれないけど。
そのシーンはない。
むしろ、その感覚を楽しんでいる。
楽しむしかない。
うーん、って悩んだポイントですね。


あと自分の感動ポイントというか、
高まるポイントが
物語の多くの人、もしくは個人の
感情の高まりに共感、共鳴して
泣くことが多いということが
改めて理解できてよかった。
それは実生活でも
度々起こっていたことなので
もう一度、再認識しました。
そのメリット、デメリットを考えつつ、
変化していこうかと、
いや、受け入れてどう過ごしていくか、
どう考えていくか。
それが問題だ、的な笑笑
(↑シェイクスピア的なね笑笑)

はい、ぼちぼち散文も
散らかりすぎてきたので
ここらでお開きします(笑)
抽象的で申し訳ない。
この文章で楽しめる人おるかな?
楽しめる、考えさせられた人が
ひとりでもいれば幸いです。

ではでは。


追記
作中、村上春樹訳の
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が
出てきたり、
「100%の晴れ女」が
「4月のある晴れた朝に
100パーセントの女の子に
出会うことについて」から
とられてんのやろなぁとか。
ほんまに新海誠さん、
村上春樹好きやなぁ、って思った。
確か「秒速5センチメートル」の
インタビューでは
「世界の終りと
 ハードボイルド・ワンダーランド」に
影響受けてるとか言ってた気がする。

P.S.
観終わったあと映画館を出ると
晴れていたのに急な土砂降り。
すぐに小雨になって、
最終的にやんだけど、
観てよかったと思えた1日でした。


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