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【創作大賞2024】第6章_「隔離期間を終えるころに」_ミステリー小説部門


『セックスしたらコロナになりました。』


第6章 隔離期間を終えるころに


 保健所から二週間は自宅療養をするようにと言われました。子供は一瞬だけ熱を出したものの、翌朝には下がっており、それ以降ずっと無症状だったので自宅で元気に過ごしていました。一方の私は二週間が過ぎても調子が戻らず、熱が出たり下がったりを繰り返しており、保健所からも「あまり外出しないように」と言われていました。

 療養期間終了と重なるように、世の中がゴールデンウィークに突入した関係で、子供は約三週間、学校を休むことになりました。子供は、家で朝から晩までYouTubeを見て、ゲームをして楽しそうに過ごしていましたが、私としてはあまりに不健康で心配になっていた矢先、父は隔離期間が終わったので、子供と遊ぼうかと提案してくれました。
 

【父のこと】
 
子供は二週間、自宅に籠もりきりだったため、父が遊んでくれることにとても感謝しました。父からの提案に対して、私はこう答えました。

「私はなかなか体調が戻らず、昨日も熱があったので、遊んでくれるのはとても助かります」と。

 すると、「熱があるなら、預かれない。なんでさっさと言わないのだ」と怒られました。

 私は父が何を言っているのかよくわからなかったのですが、私が熱を出しているということはまだ治っていないということだから、そうすると子供とも遊べないと言いたいようでした。

 子供は隔離期間が過ぎて学校へも行ける状況なのに、父はとても怒っていて……。私には到底、彼の怒りが理解できませんでした。
 
 けれど、この人はとにかくコロナが怖いのだなと思って、特に何も言わずに、「遊ばなくてよいです、すみません」と返しました。

 私はこのときの違和感をはっきりと覚えています。いつも冷静な父親が、メールに怒りを乗せることはとても珍しいことだったからです。コロナに対する世の中の恐怖は、私の想像を超えているのかも知れないと感じました。私はコロナが怖いというよりも、コロナを怖がる世の中が怖いところがあったので、父の態度に悪い予感がしました。このときの私の目には、理性的な父さえもが、感情をコントロールされているように映ったのです。これからもっと怖いことが起こるのではないか――、そんな風に思ってはブルブルと震え、背中に悪寒が走りました。
 

【母のこと】
 
母から届く「迷惑を掛けるな」というコトバが重いので、私は母からのメールを一切無視することにしました。
 

【姉のこと】
 姉からの連絡も相変わらず、無視してしました。「バタバタしていて連絡できなくてごめんなさい」という謝罪を送ったきり、未開封にしていました。というのも、そこにはメンヘラ対策にとどまらない、合理的な理由もあったのです。

 つまり、両親が感染していないことがわかってからは、もう彼女には関係ないと思いました。姉からの連絡は、「子供の学校はどうするのか?」というような内容が多く、私と私の子供にだけかかわることで、彼女には関係のない話だったので、返す必要性を感じませんでした。
 また、体調を心配する連絡にも、答えたところで救援物資を届けてくれるつもりはないようでしたので、私には彼女の事情聴取に答えるメリットが皆無でした。
 それから仕事もしていました。失業してからはじめた仕事は、コロナでも可能なリモートワークでしたが、すべての作業とやり取りをオンラインでやっていくということに、慣れるまでには苦労がありました。そういう私の気持ちを無視するように、一方的に自分のペースを貫く彼女が正直、うっとうしかったのです。
 
 この人は、私の状況を想像しないのだな、と感じていました。自分が聞きたいことを聞いているだけで、聞かれている人の立場や状況、心情を想像することができないのだな、と。

「やはり、メンヘラか」
 私は再び、かつての愚行を悔いていました。あのとき、スルーしてきた男に対して、なぜ連絡を重ねてしまったのだろうか、と――。それはつまり、返事がないということが返事なのだと思えなかった若き自分を恥じながら、「ごめんね」と声に出して謝りました。
 彼らだってきっと、無視をしたくて無視をしていたわけではないのだと、そのとき思いました。ただ無視をするのがベストな選択だったというだけで、そこまで追い込んだのは私の方だったことが今になってわかってしまったのです。
 
「ごめんね」
 この謝罪は男に対してだけではありません。女だって悪いわけではないのです。姉は、ただ不安なだけだということがわかっていました。私はこうして無知な姉に自分を重ねて、彼女に対して罪悪感を抱きつつも、彼女からの連絡は今後一切、開かないことにしたのでした。
 

【夫のこと】
 夫はお金をくれる代わりに、ご飯を分けてくれました。息子が大好きなカレーを作って、タッパーに入れて持ってきてくれました。

 「父に言われたのですが、タッパーにコロナ菌が付着するらしいですね。私たちが使ったタッパーを洗って返却してよいですか?」と夫に聞いたところ、「タッパーから感染した話は聞いたことがないので、気にしないで返してください」と言われました。

 「さすが夫、頭が良いね」とつぶやきました。
 声を出したのはきっと、嬉しかったからです。私が使ったタッパーを返させてくれたことが、死ぬほど嬉しかったです。

 夫は感染したことを伝えても、なにも聞いてきませんでした。どこで感染したのか、どこへ行っていたのかなど、私にまつわる全てを、何も知ろうとしませんでした。


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