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【創作大賞2024】第15章_「私の誕生日と」_ミステリー小説部門

『セックスしたらコロナになりました。』


第15章 私の誕生日と


 父の誕生日会から半年が過ぎたころ、年末の集まりに実家へ呼ばれましたが、私はやはり行きませんでした。子供だけ行きました。

 ちょうど私の誕生日が近づいていました。四十年くらい前、あと二週間で今年も終わるという年の瀬に、私は生まれました。
 クリスマスだの冬休みだの、お正月だのと、イベントが押し寄せる慌ただしさに溶け込もうとしたのでしょうか。一年で一番日が短く、黒い空と白い雪が重なり合うモノクロの世界に舞い降りた私は、まるでオセロでもするように、白か黒かの明確な答えを求める性質がありました。

 曖昧なことが理解できず、グレーが許せない私は、今でも人間の感情がうまく理解できないところがあります。
 
 なぜ人は悲しいときに怒るのでしょうか――。
 いえ、私自身だって悲しいときに笑うことがありますから、そこにある見栄やプライド、他者への配慮など、その複雑さをある程度、想像することはできるのです。

 ただ、多くの人は、その混じり合った感情をぐちゃぐちゃに混ぜて、それを混ぜたまま放出しているように見えることがあるのです。
 怒りと悲しみと寂しさと喜びとがぜんぶ一緒くたになったおまんじゅうのような爆弾を放り投げるように……、いろいろな色が組み合わさったそれは、いつも黒に近い茶色か灰色に見えました。

 私にはそれがわからなかったのです。
 わからないけれど、わかってあげないとみんな怒るじゃないですか――。  
 彼らのおまんじゅうの色を分解して、還元して、その奥にある繊細な感情を汲み取ってあげないと、怒ったり泣いたりいじけたりするじゃないですか――。

 しかも、そういう人に限って、自分はそういう努力をしないようなところがありますよね……。
 自分はぐちゃぐちゃのまま投げるけれど、ぐちゃぐちゃのまま飛んできたおまんじゅうはサラリとかわすような――、そういう軽快さというか、調子のよさというか、したたかさみたいなものを感じることがありました。

 果たして、そうやって相手の言葉を咀嚼してあげないことには人と交われないのでしょうか――。
 
 一方で、自分の感情は咀嚼してから相手に投げないことには、交わってもらえないのでしょうか――。

 私はこうして、がんばらないと誰かと交われないことに、とても疲れていました。そして孤独でした。

 昔から私は人の感情が読めず、相手を怒らせることがありました。こういう性格のせいなのか、私はぬいぐるみとおしゃべりしているときが一番かみ合っているように感じました。
 特にウサギのぬいぐるみにはお世話になったものです。彼女は人間の言葉を使わない分、圧倒的な傾聴力がありました。それに表情が安定していて、変わらないのでこちらが引っ張られて不安になることもありません。
 私は夜になると、大体ウサギとお話しをしました。それから彼女を抱きあげて、耳を唇に当てるところまでが一日の習慣でした。そうすると口だけでなく心も柔らかくなって、フワフワとした心地よさに包まれるのです。

 私は不思議とウサギとは交われました。それは私にとって、とても自然な、一種の自慰行為だったのかも知れません。その子はいつかのお誕生日に母が買ってくれたものでした。

 
【母のこと】
 
毎年このようにして誕生日プレゼントをくれる母が、この年には何も渡してきませんでした。私と接点を持つことに、気を遣っていたのかも知れません。
 年末に集まるから来ないかと誘われましたが、私は行きたくありませんでした。ただ、行きたくないと正直に伝えれば母がいじけるだろうことを想像して、「仕事があるから行けない」とウソをつきました。それでもやはり、母はしつこく誘ってきました。
 母は私に来てほしいのではなくて、私が来ないことで自分のプライドが傷つくことを恐れているのだろうと感じました。良い母でいたいのだろうなと思うと、面倒くさくて仕方がありませんでした。
 私はとにかく彼女がこれ以上誘えないようにしようと考えました。

「私は仕事でいろんな人と関わっているから、また濃厚接触者にするのはこちらとしてもストレスなので行きません」と伝えると、「そっか、残念です」と返ってきました。

 これで平和に終わったかと思いきや、母はそんなに甘い人間ではなかったようです。
 
 数日後、「お母さんもディズニーランドに行くことになったの。だから、あなたも来て大丈夫だよ」と連絡がありました。
 
 「あぁ、この人はメンヘラなのではなく、ただのバカなのだ」
 私は大きくつぶやきました。なんの打算も計算もなく、無知なだけなのだ、と。

 私が本当に気を遣って行きたくないと言っているわけないじゃないか、と。
 私が本当は実家に行きたいけれど、みんなに移さないように自粛しているわけがないじゃないか、と。

 私はただ、心から実家になんて行きたくないだけなのに……。
 もうあなたたちと関わりたくないだけなのに……。


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門 #セックスしたらコロナになりました #セックス #毒親

 

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