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【創作大賞2024】第18章_「母の手記」_ミステリー小説部門

『セックスしたらコロナになりました。』


第18章 母の手記



 あの子のことは本当に何もわかりません。
 私はいつも、あの子が幸せになってくれたら良いって、それしか思ってないのです。
 難しいことはわかりません。離婚してしまったみたいだけど、一人で子供を育てることは大変だから、身体を壊してしまわないかが心配で……。
 えぇ、そうですね、あの子が苦しくないのなら、それで良いと思っています。

 もちろん、コロナになってたくさんの人に迷惑を掛けてしまったことは反省すべきだと思いますよ。たくさんの人を巻き込んでしまったこと……私もあの子と一緒に謝罪して罪を背負う覚悟でした。だから私はあの子に言ったのです。

「たくさんの人に迷惑掛けたね」って。
 もちろん、こういうときに助けてあげられるのは家族しかいないから、私はあの子にご飯を作ってね、分けていたのですよ。ほら、コロナなのだから一歩も外に出ちゃいけないしね。世間様にこれ以上迷惑を掛けないでということをね、どうしても伝えないといけないと思って……、そういう厳しいことって肉親しか伝えられないっていうの、あるじゃないですか。
 だからタッパーの蓋にもメモを貼ったのですよ。そしたらあの子、「別にご飯はいらないです」って言い出して……。
 もうコロナのくせに何を言っているのだか……、本当にあの子は世間がわかっていないのですよ。だから言ってやりましたよ。

「これ以上迷惑を掛けるな! 外に出るな!」って。
 
 私はいつも正直であろうと思っています。ウソはいけませんよ、信頼関係に傷をつけますからね。私は自分がどんなに責められても、娘がコロナになったことを隠してはいけないって思ったのです。
 矢面に立って、その罪を背負おうって。誰かに感染させていたら、いくらだって支払おうって。だってそうでしょう、それが責任で、それが道理でしょう。ウソというものは重ねてはいけないのです。さっさと白状することが大切なのです。それに私がそうやって正直に話したから私のお客様は誰も私を責めなかったのですよ。私が陰性でしたという報告をするまで、みなさん静かに待って下さっていたし、その後は娘の心配までして下さって……。

 みなさんにお伝えしたことを話したら、上の娘がね、「それは良くない」って言ってきたのですよ。そんなことをみんなに言ったら、孫がいじめられるのではないかって。感染していることがバレたら、村八分にされるのではないかって、簡単に言わない方が良いってすごく叱られたのです。上のお姉ちゃんはしっかりしていて、私に色々とアドバイスをくれるのです。私もそう言われたときは心配になりましたけどね、下の娘も何も言ってこないし、大丈夫だったみたいですね。私がみなさんにコロナに感染したことを伝えたことは、やはり間違っていなかったのだと思います。やっぱり人は正直に生きるべきなのですよね。

 だけど、あの子は隠すのですよ。どこで感染したのかっていうことを、ちゃんと説明して謝罪しないといけない立場なのに……。

 お医者様がね「お子さんが先に感染してお母さんに移したのではないか」って言っているなんて、おかしなこと言うのですよ。そんなわけないでしょう。
 お父さんがね、感染ルートについても色々調べていて、どう考えたってあの子が孫に移したに決まっているのですよ。あの子って少しこうなんていうか、破廉恥はれんちっていうか、節操がないっていうか、そういうところがありましてね。
 離婚しているのですけどね……あの子ったらそういうところで、こう……ね。
 まぁそういう子ですから、夜の街っていうのですかね、そういうところでもらってきたのではないかしらなんて、まぁ母の勘っていうのですかね、そんな気がするのですよね。

 本当にね、そういうところも含めて、ちゃんとね、きちんと謝罪すべきなのに……ねぇ。
 でも、あの子って本当にワガママで、私が何度も厳しいことを言うものだから、へそを曲げちゃったみたいで、連絡を返さなくなったのですよ。
 
 ワガママに育ててしまった私が悪いのですけどね、私の責任なのですけどね、迷惑掛けるなって言い過ぎたのか、いじけちゃったみたいなのです。
 それでも私は正しいことを言っているわけだから、謝ったりはしませんよ、反省しないといけないのはあの子なのですから。ここで甘やかしてはいけないって私も強く思って、反省しなさいってお父さんからも言ってもらったのですよ。
 私からのメールは一切答えなくなっちゃったものだからね。女同士ってそういうところあるじゃないですか。意地を張っちゃうというか……、あの子は昔からお父さんには素直なところがありましてね。お父さんっ子なのですよ。だからお父さんから言ってもらって、それからも連絡を取り合っていたみたいだから、私はちょっと静かに引っ込むことにしたのです。

 それでもお父さんだけに任せておくのは不安でしょ……。それでね、ちょうど六月でお父さんの誕生日が近づいていたから私から連絡したのですよ。

「もうすぐお父さんの誕生日で誕生日会をするから、二人で来ませんか?」
 
そうしたらあの子ったら、子供だけ来させたのですよ。まだ具合が悪いし、仕事も忙しいからって。
「子供だけ行かせます、私は仕事もあるし、体調も良くないのでやめておきます。よろしくお願いします」って……。
 もちろん、「わかりました」って答えましたよ。

 でも本当かしら。本当は行きたいけど、移さないように遠慮しているのかしらって思ったのですよ。お父さんはてんで気が利かない人だけど、私はなにかわかっちゃうところがあるのですよね。だから私、何度か誘ってあげたのです。

「もう隔離期間も終わったわけだし、少しでも来ない?」
 
それでも娘は首を縦に振らなくて……。
 それで私、感じちゃったのです。私のことが嫌いなのじゃないかしらって……。
 女の勘ってやつですかね。私、昔からそういうことをわかっちゃうところがあって。娘はきっと私のことが嫌いなのだろうなって……。だから私が言ってあげたのです。

「やっぱり家には来たくないのだね」
 
あの子が言わないから、私が言ってあげたのです。本当に何て言うか、手がかかるなって思いました。

 ねぇ、どうして本音を言わないのでしょうね。
 行きたくないなら行きたくないって言えば良いのに、どうしてウソをつくのかしら。
 どうして正直に言わないのかしら……。
 それは人として間違っているって、それは相手を傷つけるってどうしてあの子はそこがわからないのかしら……。


 大晦日は毎年、うちに集まってみんなで食事をするのです。
 コロナ禍でしたけど、家族での集まりくらいはってことで、みんなを呼んだのですよ。あの子にももちろん、声を掛けましたよ。よく考えてみたら、あの子はコロナになってから全くうちへ来なくなっていて。お父さんの誕生日も来なかったし……、だから大晦日くらいはみんなで楽しみたかったのですよね。

「私は仕事でいろんな人と関わっているから、また濃厚接触者にするのはこちらとしてもストレスなので行きません」
 
あの子からの返事を見てがっかりしました。やっぱりこの子はまだ、コロナを気にしているのだなって。
 私は、「そっか、残念です」って伝えたのです。あの子の犯した罪は決して軽くないと思うのですよね。コロナになってたくさんの人に迷惑を掛けたこと、それはどうしてってあの子の罪で……、だけどあまりにもそれを引っ張り過ぎているというか、逆に私への当てつけなのではないかってそんなことも思ってしまって。
 だって、コロナワクチンだって打っているのだし、こっちが誘っているのだから良いじゃないかって、そう思ったのですよ。あの頃はちょっとコロナが終息してきていたのもあって、上の娘がディズニーランドへ誘ってくれましてね。

 実は、毎年行っていたのですよ、年末に。大体は、上の娘家族と一緒に行くことが多くて、だけどコロナになってからは控えていたのですけどね……、この年は久しぶりに行こうってことになったのです。

「お母さんもディズニーランドに行くことになったの。だから、あなたも来て大丈夫だよ」
 
できるだけあの子の気持ちを楽にしてあげようって思って伝えたのです。私たちもディズニーに行くのなら、あの子も来るのに抵抗がなくなるではないかって思って。
 
 でもあの子は来なかったのです。どう思いますか。私はここまで気を遣ってあげているのに、あの子は何を考えているのでしょう。どうして私の気持ちをわかろうとしないのでしょう。私の気遣いを察することもできないなんて、あの子はどこまでわがままで自分勝手なのでしょう。
 
 孫だけをうちによこして……、孫だってお母さんも一緒が良いに決まっているのに……。私はね、もう孫がかわいそうで、かわいそうで……。どうしてあの子は、孫の気持ちを、自分の子供の気持ちを一番に考えられないのでしょう。
 自分のことばかり、離婚したのだってそういうことですよ。
 子供のことを思ったら、離婚なんて……。
 あの子はそういうところがあるのです、いつまでも幼くて、ワガママで。 

 そんな調子だからあの子の誕生日プレゼントはやめとうって思ったのです。ここであの子にプレゼントして甘やかすのは良くないなって。あの子をちゃんとした母親にするのが、私の役割なのかなって。まぁでも結局、プレゼント買っちゃったのですけどね。
 
 あぁ、それでね……、それからが大変だったのですよ。
 私の誕生日が終わってすぐに、孫の誕生日がくるのですけどね……、そう、あの子の息子ですよ。私、孫の誕生日は必ずお祝いしてきたのです、お寿司とケーキを買って、みんなでゲームをするのよ。
 それでね、今年もやろうと思ってあの子に連絡したのですよ。いつなら都合が良いかって。そしたらあの子、なんて言ったと思いますか?

「仕事が忙しくて予定が立たないから、しなくてよいです」
 私、もうびっくりして、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れてしまいましたよ……。
 いい加減にしろ、って思いましたよ。あの子のためじゃなくて、孫のためでしょうがって。あの子は一体、何を勘違いしているのかしらって。母親はね絶対に子供を一番にしないといけないの、私はそうやって二人の娘を育ててきたのだから。私、頭にきちゃってね、思わずこう返したわ。

「もういいです、あなたは来なくていいです、こちらで勝手にやります」
 
別に衝動的に言ったわけじゃないのよ。あの子は来なくてもね、私が孫を祝ってあげようってそう思ったのよ。私だって仕事が大変なのよ。私だってまだまだ現役だもの。それでもね、それでもやってあげるのが親の愛でしょう?

「ありがとうございます、子供が喜びます」
 あの子ったら何の反省も見せずに、こんな返事。私の気持ちなんてぜんぜん伝わってないのだから……。もう私ったらどこで育て方を間違えたのか……とんだ娘に育ててしまったわよね。

「子供のことをなんだと思っているの」
 
それでも、私はちゃんとあの子に言いましたよ。子供の母親として、ちゃんと親をまっとうしなさいって伝えないといけないし、それを言えるのは私しかいないじゃないですか――。

 そうしたらあの子、それきり連絡を返さなくなったのです……。
 もうあの子ったら、自分に都合が悪くなるとすぐにいじけて閉じこもってしまうのだから……。あの子は何にも話してくれないのですよ。まぁ、私には大体、わかってしまうのですけどね、わかってしまうのにウソばっかりついて……。味方になってあげられるのは私しかいないのに……。


 そうそう、あの子ったら、ときどきおかしな行動をするのですよ。そういうとき、私はなんだか怖くなるのです。あの子、高校生の時から痩せたいって言い出してね。ぜんぜんご飯を食べなくなったり、私が作った物を吐き出したりして、自分に自信がなかったのかしらね。女の子とはぽっちゃりしている方がかわいいよって何度言っても、あの子は自分が太っている、太っている自分は醜いのだって思い込んでいるみたいでね。
 大学を出て、社会人になってからもガリガリに痩せたり、少し太ったりを繰り返して……、特に上の娘が出産してからかしらね……、病院に行き始めてね。手首にね、傷を作ったりするのですよ、わざとね。

 見せしめだってすぐにわかりましたよ。あの子はこうやって私がかわいそうだって訴えているのだなって。
 私のことを責めているのですよ、私が仕事ばかりしていたから。あの子は私のせいにして、自分の人生がうまくいかないことを私のせいにしているのです。一度、会社を休むって言い出したこともありましたね。

「この子を甘やかさないで下さい」
 
そう、たしか……、上のお姉ちゃんが病院へ訴えに行ってくれて。駅前の心療内科だったかしら……そこに行ってね、あの子の暴走を止めてくれたのですよ。
 その前にも、私はあの子に、何度も言っていたのですよ。あなたのことがわかっているのはお母さんなのよって、なんでそんなお医者さんの言うこと聞くのよって、たかだか数分しか話していない、たかだか何回かしか会ったことのない他人に、あなたの何がわかるのよって。そんなお医者さんにだまされないで、お母さんの言うことを聞いて、お母さんを信じなさいって、私はあの子に何度も言ったのですよ……。

 それでも病院ではきっと耳障りを良いことを言われるのでしょうね。
 あの子は通院をやめなくて……それで結局、会社をしばらく休みたいだなんて……。本当は先にお父さんが一緒に行っていたのですけどね。
 お父さんったらお医者さんの言いなりになっちゃって……。なんでも、うつ病だから休職するように、って言われたらしいのですけどね、お父さんったら言われたとおりに診断書をもらってくるものだから……。それで私びっくりしちゃって。慌ててお姉ちゃんに電話したのですよ。すぐに病院へ行ってくれって。

 困ったときはお姉ちゃんの方がなんでもやってくれるのですね。男の人はダメよ。子育てがわかってないの、特に今とはちがって、私たちのころは女が子育てしていましたから……男はダメよ、すぐに甘やかしちゃうから。

 その後はお姉ちゃんがしっかりと説得してくれましてね……、おかげであの子は間違えた道に進まずに済んだのですよ。ちゃんと診断書は返却して、白紙に戻してもらったというわけ。そういえば、あの時の診断書のお金って返してもらったのかしら……窓口で一度支払ったはずだけど……。
 お父さんがね、出かけるときに手持ちがないから4千円貸してくれって言ってきて……それで私、お父さんに渡したのですよ。
 あれ、あのお金って結局、誰が持っているのかしら……。

 まぁでも、たかだか数千円の話ね。私ね、よく思うのですよ。
 お金で解決できることはお金で解決すべきだって。だってそうでしょう?  
 お金でけちけちして失敗するくらいなら、払ってしまえばいいじゃないですか。私はお見舞いとかお礼をするときも、現金にするのですよ。現金って一番、便利じゃないですか。
 まぁそれは、私自身が物をもらうよりも、現金でもらうのが嬉しいからなのですけどね。でも、そうじゃない?
 それが相手の気持ちを考えるっていうことじゃないですか?
 物をあげるのって自己満足っていうか……そういう感じがするでしょう?
 もちろんね、それが返って気を遣わせるときには何か物を選ぶことだってありますよ。とにかくそれは相手次第っていうことじゃないかしら。
 私はいつだって相手の立場に立って考えられる人間でいたいと思うのですよね。

 ……えっと……どこまで話しましたっけ……。
 
 そう、そうそう、休職の話。休職をふみとどまったところでした。

 そう、それでね、家族の協力があってあの子は会社に戻ったわけなのだけど……、あの子ったら、その後は自殺未遂って言うのですかね、そういうこともやるようになってしまって……、まぁなんていうか、それも本気ではなくて、ただの見せしめだって、私にはわかっていたのですけどね……。

 お薬を飲んで病院に運ばれたことがあるのですよね。
 もう大げさで。そこまで大げさな演技をしてまで同情を集めたい、注目を集めたい、あの子はそういうところがあるのです。弱いっていうか、ワガママっていうか、悲劇のヒロインっていうか……。この子をこのまま甘やかしたら多分ダメになっちゃうって思ったのですよね。だから、あのとき私、心を鬼にして言ったのです。

「救急車代は自分で払ってね」
 
もちろん、私はお金なんてどうでもいいのですよ、お金であの子の命が救えるなら、いくらだって払いますよ。だけどね、それじゃあの子が立ち直れないと思って。早くあの子を悲劇のヒロインから救い上げなくちゃいけないと思って……。

 まぁ、そんなこんなです。あの子に、私の気持ちは届いているのかしらね……。もう本当に……やっと結婚して、子供も産んだと思ったら、結局は離婚しちゃうし、コロナにはなるし……もう心配ばかり掛けられて……。

 それでも私はあの子を見放しませんよ。
 孫の誕生日だってちゃんとしてあげましたよ。それが親ってものじゃないですかね。母親ってそういうものなのですよ、いつまで経っても、たとえ娘の年齢が30代・40代になっても、ずっとかわいいのですよ。
 見放したりできません。まぁなんていうか、できの悪い娘ほどかわいいっていうのもあるかも知れないですけどね。

 ところで、あの子は一体、どこでコロナになったのかしらね……。
 
 もうあの子の行動は私の手に負えません。あの子は一体何をしているのか、なにもわからないし、わかりたくなんかないですよ。
 私やお父さんを濃厚接触者にして、移っていたら死んでいたかも知れないし、そうでなくとも私は仕事を休まされたし、みなさんに説明するのも大変だったのですからね……。
 本当にもう、あの子ったら、自分の立場がわかっているのかしら。

 それでも私はいつもあの子を助けてあげていて……、はぁ……、本当にまったくもう。どこまであの子に尽くせば、あの子はわかってくれるのかしらね。

 本当にいつになったらウソをつかなくなるのかしら。
 どうして私にウソをつくのかしらね。どうせばれるのに……。
 どうしてかしらね、私しかあの子のことを守ってやれないのに、どうして私から逃げるのかしらね……。
 こんなに私が愛しているのに……。
 私が一番、あの子のことをわかってやれるのに……。

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