【創作大賞2024】第5章_「無職・貧困・シングルマザーの感染」_ミステリー小説部門
『セックスしたらコロナになりました。』
第5章 無職・貧困・シングルマザーの感染
当時の私は離婚しており、いわゆるシングルマザーでした。
コロナ禍での不景気も重なり、私はなかなか安定した仕事に就くことができず職を転々としていたのです。社員で働こうとすると、どうしても残業をしなくてはならないのですが、子供の学童は夜七時までしか預かってくれません。夜七時に迎えに行こうと思ったら夜六時には会社を出なくてはなりませんが、そんな時間に帰って行く子持ちのおばちゃんを雇うくらいなら、同じ賃金で若い男性を雇った方が良いに決まっています。
労働市場において、私が若い男性に勝てる要素なんてほぼありません。自分の市場価値を知れば知るほど、安定した仕事なんてファンタジーに思えて、最終的には派遣社員をしていました。
しかし遂に、その派遣すらも切られることになり、私はちょうど失業したところだったのです。失業保険をもらいはじめて間もなくというころに、私はコロナに感染しました。
ちょうど失業中だったために、私はコロナになっても有給休暇や傷病手当がありませんでした。生命保険や自治体の助成金もありませんでした。そんな中、失業保険だけでは生活できないので、仕事をしていましたが、コロナになったことで働くこともできなくなってしまいます。
いよいよお金に困っていました。貯金もなく離婚したため、自転車操業のように家賃を支払っており、「今月働かないと今月の家賃が支払えない」という状況でした。コロナに感染して、いよいよその月の家賃が危ういという悲惨な未来が目前に迫ります。
私は離婚した夫にお金をもらうことにしました。
【夫のこと】
夫は近所に住んでいました。毎週末、子供は夫のところに泊まりにいくような関係で、離婚して別居はしたものの、良好な親子関係は保てていました。
「コロナで働けなくなってしまったけれど、子供は学校へも行けないのでお昼ご飯代もかかっている。二万でも三万でも良いから、振込んでもらえませんか」と連絡すると、夫はすぐに三万円振込んでくれました。
私は少し後悔していました。
「三万でも四万でも良いから振込んでもらえませんか?」と言えば四万円振込んでもらえたかも知れないと、少し弱気になった自分を残念に感じたのです。そこで、「もし余裕があったらもう少し振込んでもらえませんか」と頼むと、「切りがないので」と断られました。
「さすが夫、頭が良いな」と感心しました。
【父のこと】
父と世間話のように、メールで連絡していたときのこと。「金銭的にキツイので、夫から三万円もらえて助かった」ということを伝えると、父は言いました。
「そうやってすぐにお金を頼ることに、がっかりした」
突然父に責められたようで私は少し、いやかなり、悲しくなりました。私には、父が何にがっかりしているのか、全くわからなかったのです。私はただ、生きようとしただけでした。生きるためにお金が必要で、そのお金を然るべき場所から獲得しようとしただけなのに、この人は何にがっかりしているのか……、到底わかりませんでした。
どんな手を使っても子供を生かさないといけないということがわからないのかしらと思いました。父に対するあのときの感情は、悲しみを凌駕して憤りに変わっていました。
石炭かなにかに着火した炎はメラメラと燃え上がり、辺りにどんどん移っていきます。しかし、それはどこかへ行こうとしながらも、どこにもたどり着けないままやがて燃え尽きてしまい、あとには煙だけを残し、失望感となりました。それからゆっくりと灰になり、最後には寂しさだけが沈みます。
私は大きな声で叫びたいような気持ちになりました。
私だって頭を下げて、こんなこと頼みたいわけではない、と。
離婚した夫にお金を下さいと頭を下げることの屈辱感が一気に襲ってきました。頼まなくても良いのなら、頼みたくなんてありません。
だけど……、だけど、子供を育てないといけないじゃないですか――。
この人は恵まれているのだと思いました。父はお金に困っていないのだと思いました。
あるいは、お金がなかった時代を忘れてしまったのだと思いました。
父は理性的で平等な人でしたがその分、独特の冷たさがありました。誰に対してもうっすらと親切で、だけど温度も湿度も安定して低いところがあり、どこか人工的な滑らかさを漂わせていました。ある一定のところまでは受け入れてくれるのに、あるところで突然スイッチが止まって、心が動かなくなるような場面を、これまで何度か目の当たりにしたことがあります。父にはきっと損切りラインが明確に設定されていたのだと思います。どんな人に対しても、一定以上は深く介入しない――、それは夫婦であっても親子であっても同じで、限りなく平等です。一切の情緒的判断を許さない父は、そのせいで、ゾッとするほどの残酷さを感じたことを思い出します。
このときに父が発した「がっかりした」というコトバ――、それを聞いたときに芽生えた悔しさを、私は一生忘れないでしょう。
それは夫に対してではなく、父に対して覚えたドロドロとした感情だったと思います。母がよく「お父さんはなにもわかってくれない」と父の文句を言っていたけれど、私はわからなくないなと感じました。
母は情熱的でネットリとした性格だったので、父の乾きがとても寂しく、機械のように感じたのではないかと推測できました。どんなに感情で訴えても、すべてが平らな理性で返ってくる……、ベトっとした母にはツルンとした父が、とてつもなく物足りなく感じられたことでしょう。平等であることは、とても冷たいことだということを私は父から学んだところがあります。
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