河合隼雄『子どもの宇宙』【基礎教養部】

まえがき

ジェイラボメンバーのイスツクエさんに紹介していただいた『子どもの宇宙』という本を読みました。(イスツクエさんの書評、note記事は以下のリンクから。)

はからずしも、弊書評チームで岩波新書のタイトルが連続しました。前回は『人工知能と人類』という人工知能史の概観と人間の知性についての哲学的な考察を行う本でした。
(書評はこちら)

うってかわって今回は、児童心理を分析した本です。自分がまったく触れないジャンルの本でした。普段目にする心理学的な知識といえば、ネットでよく見るライフハック的なものです。そんな心理学(術?)とはずいぶん毛色が違う専門家の実践知としての心理学が子どもや家庭にたいするカウンセリングの事例を通して描かれており面白かったです。また、児童文学の解釈をめぐる記述から、科学・統計的な方法論とは違った文科系的な心理学の一面も知ることができました。

この記事では本文中の印象的だった9章に関連して考えたことを書きます。

9章 「子どもと異性」とその感想

もっとも印象的だったのは「子どもと異性」をテーマにした9章です。
著者の河合は「超越への通路には異性が立っている」とします。子どもの異性像に大きな影響を持つ存在はまずは異性の親で、次第に異性のきょうだいや同年代の異性からの影響が大きくなっていくそうです。かたちづくられた異性像が将来の配偶者選びに影響するそうです。本章では、子どもが、親でない異性にどのように接近していくかを示すエピソードが2つ紹介されます。

1つ目は、ボーゲルの『さよなら わたしのおにいちゃん』という児童文学です。
登場人物は、9歳の娘インゲとその母、そして隣にひっこしてきた20歳のお兄さんディーターです。お兄さんを巡る母と娘の擬似的な三角関係と、母娘の和解が描かれます。

感想:
自分が9歳の時を思い返すと、インゲのような同性親への嫉妬はおろか、恋愛感情のようなもの自体を持ち合わせていなかったような気がします。児童文学は読みませんが、自分が知っている範囲では、女性向けの漫画は人間関係がかなり複雑な印象があります。概して女性の社交スキルが高いように感じるのは、そのような物語にふれることが、身近な人間関係における利害の衝突と調停のシミュレーションとなって対人能力を養うからではないか思っています。

2つ目は、カウンセリング事例で、男子高校生への片思いが強すぎて奇行ともいえる執着を見せる女子高校生の話です。他クラスの男子生徒を見つめるために、出張して授業中眺めたりしていたそうです。高校生同士ぐらいの恋愛では、スキンシップが性的な意味を持ち始めるので、かえって関係が精神的になる例として挙げられています。

感想:
性欲と恋愛感情は分離されているような気もしますが、そうでない気もします。
自分が高校生のときは、特定の異性を気に入るかどうかは、自分の話を聞いてくれるかどうかと一致していたと思います。「性欲があるから彼女を作りたい」と考えることも周囲環境からの刷り込みではないでしょうか。
最近読んだ、オギ・オーガス『性欲の科学』では女性の性欲についての理解が深まりました。もちろん誰も彼(女)もががこの通りに考えるわけではないですが、存在すら知らなかった女性向けコンテンツに典型的な物語のパターンと、各種実験が整合性をもって解釈できることが示されており、かなり説得されました。
生殖にまつわる情動のありかたの背後には、生殖と子育てに費やすコストのバランスから、女性はANDで候補を絞り込み、男性はORで対象を広げていく戦略があると理解してます。男女間のインターネットバトルを、超越的な性が闘争している場所と捉えるようになってから優しい目で見れるようになりました。
このように、「性戦略の観点から性欲について理解する」というのは一見賢く見えますが、自分が性欲を昇華させる方法としてこれを行っていると思うとなんとなくダサいです。
自己流恋愛心理術を伝える活動を行っている方のなかに、個人の性的願望やあるいは通俗的な性道徳を正当化するために、進化を持ち出なくとも説明できそうなことを「進化生物学」と称して科学的な裏付けがあるかのように主張する方がいらっしゃいます。その方たちの影響を受けて、他者がある面において大事にしていることをおもちゃにしていると思われたら嫌なので、頭の中で考えるにとどめてリアルでは言わないようにしています。

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