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「わたし、定時で帰ります。ライジング」の連載が終わりました(打ち上げ!)

ふー終わった!

今年の春ごろから「yomyom」で連載していた「わたし、定時で帰ります。ライジング」の連載が終わりました。最終回の後編は1月15日配信の号に掲載されています。

この1年間、世界的にも私的にもいろいろあり、もう一つの連載が重いテーマだったこともあり、なかなか精神的につらかったのですが、連載していたのがこの「わた定」だったおかげで、なんとか乗り切れました。

この小説に出てくる人たちって、みんなダメなんです。結衣は頑張りたくない人だし、社長の灰原もダメなやつで、吐きながら経営者をやってます。もともとのコンセプトが「全員ダメ」で、そんな人たちがなんとか補いあって会社をやってます。だから書いていて気が楽です。私もダメなので、登場人物のダメなところを書くたびに、自分自身、心が軽くなる気がします。

チームで働いている人たちは仕事が終わると打ち上げをしますよね。今は集まって飲むことは難しいですが、「終わったね!」という空気をみんなで分かち合うことはあるのでないでしょうか。
けれど、小説は一人で書いているので終わった後に訪れるのは沈黙です。編集者さんは、原稿ができてからが正念場なので忙しいし、平日だからサラリーマンの友人も忙しい。同業者とオンライン飲みをしようも、彼らも締め切りと格闘中だったりします。

例えば……自分の書いた小説の登場人物たちと打ち上げができたら、嬉しいだろうな、とたまに思います。彼らの中に混じって「一緒に頑張ったね」と酒を酌み交わしたい。でもあっちはどうなんでしょうね? 晃太郎は年長者に優しいので我慢してつきあってくれそうだけど、結衣は「気を遣って疲れるなあ」とか正直に言いそうな気もします。「もう少し賢そうに書いてください」とかも言われそう。

「わたし、定時で帰ります。ハイパー」を書いた後に、結衣と晃太郎が2人で飲みながら雑談をするスピンアウト「明日死ぬとしたら何食べたい?」を書いて「小説新潮」に乗せてもらったことがあるのですが、あれも打ち上げで気分で書いた覚えがあります。

『わたし、定時で帰ります。』のスピンオフ「明日死ぬとしたら何食べたい?」掲載のお知らせ

このスピンオフ、「小説新潮」の掲載号も販売終了してしまっていて、今は読めます。いずれ紙の本でも読めるようにしたいです。

今回は「明日死ぬとしたら〜」みたいなスピンオフを書く予定はないのですが、その代わりに、連載中にTwitterで140字以内のスピンオフを書いたりもしています。これも半ば、私の気晴らしですね。登場人物たちのしょうもない、時事ネタに乗っかった雑談です。モーションにまとめたので、もしよかったら遊びに来てください。

#わたし定時で帰ります スピンオフ@Twitter

今読み返してみると、セリフがギチギチで読みづらいな〜と思います。こういう形式も今後、上手くなっていきたいです。
あと、賤ヶ岳が語っている「石黒は昔モテた」という話なんか、いつかちゃんとスピンオフとして書いてみたいなと思ったりもしました。結衣と石黒は新人研修編を一緒に受けているし、その後もわりと長い間、一緒に仕事をしているんですよね。2人の関係、個人的には好きです。

さてさて、ここからはnoteを読んでくださっている方との打ち上げをしたいと思います。と言っても、私が一方的に「ここが大変だったよ……」と長々と自分語りをするだけなので、話好きの中年に連れられて居酒屋に来てしまった若者のような気持ちになるかもしれません。私は話に脈絡がないので有名ですし、耐えられる方のみ、この先はおつきあいください。

お酒の用意はいいですか? それでは「ライジング」のふりかえりでもしましょうか?
ネタバレはしませんので、単行本で読もうとしてくださっている方も、安心してお読みください。

今回のテーマは「残業代」です。このテーマをやることになったきっかけは連載開始前にも書きましたが……。

【告知】「わたし、定時で帰ります。」シリーズ3の連載がyomyomにて始まります

実は私は残業代をほとんどもらったことがありません。「ラインジング」の2話で晃太郎がこんなセリフを言います。

「俺は前の会社では月に三百時間は残業していた。だが残業代なんか出なかった」
「残業代が減っただの、給料が減っただのと文句を言う前に、サラリーマンたるもの、会社の利益のことを一番に考え、最速で仕事をするべきだと言っているんだ」

私は300時間も残業したことはありませんが、残業代が出ない会社にいました。ほとんど裁量労働制(何時に出社してもいい)だったので、サービス残業ではなかったのですが、残業したら残業代がもらえるという感覚は、少なくとも当時はありませんでした。
っていうか、あの時代って社会全体がそうじゃありませんでした? 残業代がちゃんと出るだけで、「いい会社に入ったね」と言われていたし、残業代が出る会社でも「みなし管理職」にされてしまうなど、とにかく違法なことが横行していた時代だったのです。
取引先の自動車メーカーから車を買わされていた友人もいましたからね。入社一年目なので貯金はなく、ローンを組んで「つきあいで」買うんです。全くひどい時代に社会人になったものです。
なので、晃太郎と同じメンタリティが私にもあるにはあります。
ちなみに、300時間残業は過労死ラインが基準とする100時間の3倍です。転職してなかったら晃太郎は多分死んでいたかもしれません。ネットヒーローズには、管理職採用されているので、やはり残業代はもらっていないのですが。

そしてそして、結衣もまた残業代をほとんどもらったことがない会社員です。「ライジング」で彼女はこう言います。

「あのね、残業させていいのは緊急対応とかイレギュラーな場合だけ。それがうちの会社方針」
「言っとくけど、残業代を稼ぐ目的で必要のない残業をするのは生活残業っていって、チームの利益を損なう行為だよ」

私が勤めた2社目では、この方針が貫かれていました。
よほどの理由(商品回収対応とか)がなければ残業はできませんでした。一時間刻みの日報を書かされるので、どの仕事に何時間かかったかがすぐわかってしまいます。仕事が遅くて怒られることはなかったですが、「だったらどうやって早く終わるかをみんなで考えよう」となります。なんていい職場。しかし、そのため定時で帰れてしまう。結局、残業代をほとんどもらうことはありませんでした。

そんな私が、「残業代」の物語を書けるのか。
読者の方に「この物語には生活残業が書かれていない」と指摘を受けたときからずっと悩んでいました。自分がもらったことがないから、正直「残業代ありきで、基本給以上の生活をする」という気持ちがわからない。

しかし、そんな私をこのテーマに向かわせてくれた出来事がもう一つありました。

この頃、ちょうどドラマの放送が終わりました。その打ち上げに呼んでいただき、俳優さんやスタッフさんのスピーチを聞いていた時でした。
その中に、「頑張って仕事を定時で終わらせても、給料は減ってしまうし……あまりいいことがない気がする」とおっしゃっている方がいました。なんだか申し訳なさそうに話されているその人の姿が、私はその後も忘れられませんでした。それはきっと、私がその人の仕事を、ドラマ制作を通じして、尊敬するようになっていたからだと思います。

このドラマを製作中、TBSもまた働き方改革の最中にあったようです。スタッフを交替制にするなど、労働時間を適正に抑えて制作している、ということが記事になったりしていました。そんな変化の中にあって、こんなにも素晴らしいドラマを作ってくださった人たちの給料が減ってしまうのか。それはなんだか納得できない。そう思いました。

そもそも残業代って何なんでしょう?

調べていくと、「残業代をもらえないことがペナルティだった時代があった」という記述を見つけました。定時で帰ることは罰ゲーム。そういう感覚が昔はあったというのです。
そういえば私たちが子供の頃は「窓際社員」という言葉をよく聞きました。社内政治に敗れた結果だったり、大きな失敗をしたりと、そうなった理由はいろいろでしょうが、職場の隅に机を置かれ、仕事をほとんど与えられない。ほとんど干されていて、そのため就業時間中は新聞を読んで過ごしていたりする社員のことです。

子供の頃の私は「何もしなくても給料が出るならいいじゃないか」などと思ったものですが、よくよく考えると、仕事がない彼らは、基本給はもらえても「残業代」はもらえないのです。つまり給料が同期よりも少ないわけで、ローンを抱えていたり、子供が受験だったりの年代のサラリーマンにとっては、かなりの痛手だったはず。男は甲斐性という時代、家庭でもさぞかし肩身が狭かったはず。

一方、身近な会社員の友人に話を聞いていると、よく出てくるのが「必要のない残業をして残業代を稼いでいる人」です。ただ、これについては、ええと、その、私も心当たりがないわけではありません。

大学生時代のアルバイト先で、シフトの時間をちょっと過ぎてしまったとき、「あと5分、タイムカードを押すのを遅くすれば15分の時給がつく」と、急ぐ必要のない掃除をちょっとやってみたり、ゆっくり動いてみたり、したことはあります。だから、そういう人たちを責める資格は私には全くないのですが、ただ、必要のない残業をして残業代を稼ぐことは、だいたいの会社において、やってはいけないことです。

いくら残業しても残業代をもらえない晃太郎と、定時で帰り続けてきたので残業代に無縁だった結衣。そんな彼らが、生活残業をする人たちと出会ってしまったら、どう向かい合うだろうか。

管理職である彼らには「残業ゼロをめざせ」という会社からのプレッシャーもあります。彼らを定時で帰らせるために、たとえば、結衣ならなんて言うだろうか。

「じゃあ、もし給料が上がるとしたら? 定時で帰る?」

そんなセリフが頭に浮かんできて、「これは書けるかもしれない」と思いました。

残業代を書くには、給与制度を知る必要があります。なので、今回は取材もしました。大企業の人事部の方や、管理部門に勤める方々にお話を伺いました。デジタルトランスフォーメンション(DX)に取り組む企業の担当者の方にも取材させていただき、現場の雑感を聞かせてもらいました。特に心に残ったのがこの一言でした。

「変化には痛みを伴うものだが、その痛みを自分だけは絶対に引き受けたくないという人がいるんです」

その人と別れた帰り道、大きな河川の脇を歩きながら、取材のセッティングをしてくれた友人が「あいつ、いろいろ溜まってんな」とつぶやいていたのもなんだか印象的でした。

また、執筆中には、大きな実績を出したばかりの別の友人が、給料が減らされたことを理由に転職するという事件も起きました。彼女がこう言っていたのが忘れられません。

「好きな仕事ができていれば給料なんかいくらでもいいと思っていた。でも私にとって給料がいくらかということは、とても大事なことだったんだ。

とりとめもなく、バーっと書いちゃってすみません。とにもかくにも、こうしたあれこれを頭の中に詰めこんで執筆は始まりました。

一番苦しんだのは登場人物の給与をいくらにするかです。
東京在住で、業界2位の大手(といっても社員は1000人未満)の正社員って、お給料いくらくらい? 結衣と同じ業種、同じ規模の会社の方に取材して、現実的な額に設定しました。設定して思ったことは、「結衣よ、お前、私が会社員だった頃よりもらってるんだな……」ということでした。それでも、取材した人には「管理職にしては安い方だよ」と言われました。
給与の高い低いって感覚は人によってかなり違います。就活時期が常に超氷河期だった私は「平均」と考える額が低めだと思います。同じ能力の人でも、労働市場の需要供給で、上がったり下がったりしますしね。地域によって相場も違います。「これが正解」という数字がないので、なかなか悩みました。
これでよかったのか、と一週間くらい眠れずに、布団の中でのたうちまわりました。

酔いが回ってきました。
ちなみに今、私が食べているのは「チーズの王国」で買ってきたベーコンです。アルタとかによくある店ですね。煙の匂いがプンプンして、すごく美味しいです。焚き火を思い出します。今年はキャンプにほとんど行けなかったので悲しかったです。私が行けない代わりに、作中で結衣をキャンプに行かせてしまいました。

そうだ、最後に、忘れちゃいけない恋愛パートの話を。

今回、結衣と晃太郎は「プレ共働き生活」を経験します。そしていきなり困難に激突です。結衣と同い年くらいの頃、私も同じ困難に直面しました。私は結局、乗り越えることができず、会社を辞めました。いい会社だったので辛かったですが、自分たちの生活を守るために、仕方がなかった。
すでに既婚だったこともあり、三度目の転職もうまくいかず、結局、私は会社員を続けることをやめました。

ですが、結衣と晃太郎なら、この困難を乗り越えられるはず。そんな願いをこめて物語を終わらせました。

終わりといえば、私は連載が終わりに近づくとすごく緊張します。そのせいだと思いますが、ラストシーンのオチにしょうもないエロネタを持ってこようとする癖があります。
「ライジング」の第一稿でもやってしまい、編集者さんに「若い読者もいますから…」とやんわりたしなめられました。なので書き直したのですが、ゲラを読み直して思ったことは「エロネタで終わらせなくて本当によかった!」でした。編集者さんはいつも正しいです。頭が上がりません。
すみません、完全な余談でした。

だんだん眠くなりました。そろそろお開きにしましょうか。
私などの1人語りにおつきあいいただき、ありがとうございます。連載の「ライジング」はひとまずこれにて完結です。

最後に、連載開始から終了まで、Twitterなどを通じて感想を寄せてくださった読者のみなさま、ありがとうございました。
「配信と同時に読みました」「配信の翌朝通勤電車の中で読みました」という方もいらっしゃって、とても励まされました。いただいた感想には、私が気づかなかった視点もたくさんあって、その後の展開を考える助けになったこともありました。これぞ連載の醍醐味ですね。アジャイルですね。何より「面白かったです!」という声はこれ以上ない心の支えになりました。

連載では、枚数を気にして削らざるを得なかったところがあります。また、新しい登場人物がどんな人なのか、私自身、よく分からずに書いていたりもします。そのあたりを、加筆修正して、さらに面白くしたいと思います。

春頃に単行本として刊行する予定です。
お楽しみに!

それでは、これにておひらき! グダグダの打ち上げは終わりです。
今夜も寒いですけど、あったかくして寝てくださいね。

あけの

「マタタビ潔子の猫魂」で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞してデビュー。既刊本は「海に降る」「駅物語」「会社を綴る人」「わたし、定時で帰ります。」「対岸の家事」他。最新刊は「わたし、定時で帰ります。ハイパー」 。ここでは告知と駄文を書きます。