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これこそエンジンな瞬間。

私のエンジンがかかった瞬間といえば

出産

である。それ以外他ないだろう、というくらいに出産というのはエンジン出力全開である。
ついでにいうと、このお題自体も締め切りギリギリであり、私は絶賛副鼻腔炎にも関わらず、体調悪いところを無理やりpushして書き殴っているのである。
というわけで、今この人はエンジンかかってるんだな、と思い読んでいただきたい。
布団のなかにいるにも関わらず、ギアは3速に入っている。

さて出産である。
自慢じゃないが、私は今のところ

超安産型

である。あくまで今のところ。まだ2児しか産んでいないので「今のところ」としか言えない。
それも体格やら、胎児の大きさ、あと

というどうしようもない事が大きく作用してるだけなので、とにかくたまたま2回の出産が安産だったというだけの話。
ついでにもっというと田舎産婦人科じゃ

「女は3人産んで1人前」

らしいので、私も私の母も、さらには義母も一人前の女ではないらしい。
当時は平成の終わりだったが、その助産師の発言にはドン引きし、別のエンジンがフルスロットルで回ったのを思い出した。

さて出産のお話。
出産でエンジンがかかると言えば

いきみ

である。

いきみってなに?と言われたらこれである。

「猛烈な便意」

である。
本気で強烈な便意ですよ。我慢できなくて気がついたらいきんでますからね。これがウンコだったら確実にベットでやらかしてますし、とにかくウンコなのである。その強烈さは

「出産=うんこ」

と、インプットされてしまうほどのインパクト。
ちなみに第一子の時は生まれた赤ちゃんとともに出たウンコを夫は見たらしい。
さらにウンコを見られるのを異常に?(正常だからだと思うけど)気にしてしまった私は、バースプランに

「立ち会いは希望するが、股からは見ないでほしい。ウンコは見られたくない」

とまで書いていたのだから驚き。
でも夫はウンコを見たらしいし(本格的なやつではなく、拭き取ったときに付いた程度のものらしい)助産師さんは産後すぐに
「うんちは大丈夫でしたよ〜」
なーんて言ってくださったのでした。
なんとまあバースプランに忠実なお産。
ありがたすぎるのである。

で、ウンコの話ばかりしていて肝心なエンジンの話、つまり

いきみの話

を忘れているのである。
先程書いたように、いきみ=便意はご理解いただけたと思う。
ちなみに私はそのいきみが強烈な方であるらしい。
だから第一子出産時はかなりヤバくて(医学的にヤバいのではなく本人の主観です)
破水入院から10時間くらい経過したあと、助産師さんの軽い診察の直後に耐え切れないいきみに襲われたのだ。
その10分前までは、5分とか3分とか2分間隔の強烈な陣痛に耐え息も絶え絶えだったのだが(寒い季節にも関わらず、私は汗だくで酸欠の金魚みたいになっていた)徐々にいきみの感覚がやってきて、10分もしたらそれに耐えられなくなってきたのだ。
そして

すかさずナースコール!

大して慌てもせず、なんならさっきも見たよ…といった感じで少々めんどくさそうにあしらわれたのだが、念のため先程はなかった内診をしてもらうと、すでに

子宮口全開

だったので恐ろしい。
瞬く間に慌てだす助産師たち。すぐさま分娩室まで徒歩移動。途中エンジン全開すぎて
「うおおぉぉ」
とか叫んでいたが、助産師から叫ぶなと制止がかかる。
今思えば叫んだ方がいきみが逃げる気がするが(ちなみにいきむ時はいきむ時で声出すなとか言われるんだぜ)とにかく病院廊下で何度か産みそうになりながら出産。
夫曰く、分娩台にあがって20分足らずで産んだらしい。はっきりいって

めちゃくちゃ安産

である。自分でもうまく行ってる感あったしな。
まーとにかく、めちゃくちゃいきみたくて(ウンコしたくて)とにかく踏ん張り続けた気がする。
ちなみにこの時は会陰切開をしたので、産後は、おしもが痛くてとにかく座るのが痛かった。
まーとにかく痛かった。

ついでに2人目はというと、入院から数時間後に、それなりに痛い陣痛に耐えていると、ノーテンキそうで陽気な助産師が「調子はどう〜?」と入室。
そして

「今痛かったよね?かなり痛かったよね??よし分娩室行こう!今なら行ける!!大丈夫!!今行こう!!!」

と、戸惑うワシらをそのままに、分娩室に連れて行く助産師。たしかその場で分娩室入りまーすみたいなやりとりをナースコールでしてた気がする。
ちなみにその時の私の起爆剤は

「コンビニおにぎり2個」

である。
早朝から陣痛がきて、緊張のあまり朝食が喉を通らなかった私は、実母に頼んで差し入れのおにぎりを買ってもらい、(入院のタイミングも悪く病院から朝食が出なかったため、持参した朝飯をたべるなどした。娘も夫も、陣痛監視の部屋で朝飯を食べた)11時というなんとも中途半端な時間にそれを食べたのだ。
そしてその直後に一気に陣痛は強くなった。
まさに私の身体は

おにぎりによって産む体制に変化

したのである。もはやトランスフォーム。
その変化の速さは自分でも理解不能だった。

で、とにかくこの急変にうまく対応した(というか、あのタイミングで助産師が部屋に入らなければ、私は病室のベットで産んでいたと思うので、その対応には感謝したい)おかげで、分娩室に無事移動して出産へ。
かなり慌ただしい分娩室。それもそのはず、お産予定は深夜帯をみな予想してため、私は完全にノーマークだったらしい。
だからお産に途中参加した産婦人科医が
「え!?ジャムさんなの!?」
とめちゃくちゃ驚いていたのが印象深い。

あの時のエンジンのかかり方は非常に分かりやすかった。過去最大に痛い陣痛に襲われたあと、次の陣痛は

「便意」

過去の出産で、

いきみ=便意

と学んだ私は、この瞬間にあの

ノーテンキそうで陽気な「女は3人産んで1人前」とのたまった助産師の判断は正しかった

と知る。それと同時に今日はこの助産師について行くしかないと覚悟を決めた。
第一子妊娠時の時に言われたこの言葉は、未だに憎く忘れがたいが、この時ばかりは、コイツに頼るしかない、と思ったものだ。

それまでは隙を見て大暴れしてその助産師を蹴り倒したいとおもっていたけど。

実際、その助産師の全ての判断は正しかったし、その点は助産師として優秀に違いない。
あと俗に、人間関係ヤバい!と言われる看護学校を卒業し、助産師の資格も揉まれまくりながら習得したのだ。助産師ってすごい。
とりあえず

「3人産んで1人前」発言

には目をつむってやるよ、と思った。

そんなことを考えながら身体はエンジン全開である。映画ワイルドスピードで言うところの

「ニトロ入れまくり」状態。

要はいきみのたびにニトロを注入されるわけで、エンジンは火を吹き、私は

制御不能

となった。
とにかくいきみが強すぎたのだ。
だから胎児の状態が怪しくなり、酸素マスクを装着され一気に物々しい雰囲気に。
ついでに母子学級(出産の勉強会みたいなやつ)では一切学ばなかった

「胸の前で手をクロス」

という姿勢で、これ以上力が入らないように指導される。ずっと助産師達が「いきみが強すぎる」とバタバタしていたし、息を吸えとの指示も飛ぶ。
夫曰く

「第一子よりジャムちゃんが混乱していたお産」

と言っていたし、実際あまりに早く進むお産に混乱したので、まあその通りだと思う。
分娩室に入ってからは30分強で産まれたため、総じて

スーパー安産

だった。
第三子を産む際はさらに早いと思うと、ちょっと怖いくらいだが。

とにかくだ。

お産のいきみは便意である。

本当に強烈な便意なので、是非皆の衆に体感してほしいと思う。(私はいきみが来ると痛みを感じなくなる体質だったため、それも幸運だったとおもう。)

もしかしたら、難産だったとか帝王切開の方々には、なんだよ自然分娩賛美かよクソがテメー一回腹切れと思われるでしょう。

ちがうよ。

そんなこと全然思ってないよ。
むしろ難産も帝王切開も、我が子のために命をかけた立派なお産なんだから、それのがスゴイというか

崇められるべきは、そっち。

私はただの運が良すぎた人。
その代わりつわりは酷くて「点滴しないと死にます」と断言されたけど。

世の中には色んなお産があります。
でもみんな素敵な素晴らしいお産。
何があってもお母さん生きていたら
「よかった」と言いたい。
それは私が恵まれた人間だから言えることかも知れないけれど。

いきみは便意でエンジンだ。
先日の便意で私の尻は裂けたけど、無事出せたことに感謝したい。
赤ちゃんも男も女も、おじいちゃんもおばあちゃんもウンコが出ればハッピーだ。
みな出せなければ死んでしまうのだ。
だから今日も無事に、なんとか出せたことに感謝しよう。ハッピーうんこフェスティバル。
みんな友だち、みんな仲間でしょ?

今日もどこかでかわいい赤ちゃんが産まれている。とっても優しくおめでたい毎日。
日本はまだお正月ムードだけど、餅の食べ過ぎは便秘の原因になることを、ここで伝えておくことにする。



#エンジンがかかった瞬間

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