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小便の臭いのするカードケース

小学校低学年の頃のことである。
「遊戯王」に熱を上げる少年たちの中に、例外なく、私も居た。

デッキが1パターンの私でも、手駒で精一杯、戦いに興じていた。
強いカードを決め打ちで買い与えられる同級生が羨ましかったが、勝手知ったるカードで布陣できることを、幸せに感じていたと思う。

***

ある日、友人が遊びに来ることになった。
目玉興行はむろん遊戯王であり、2週間ほど前からスケジュールを押さえられていた。彼は、階段式の工具箱にカードを目一杯敷き詰める、嫌な感じの同級生だった。絶対勝ちたいと思っていた。

その日は豪雨だった。
傘も差さず来たものだから、工具箱の中は水浸しであった。
二人してしょぼくれたカードの水気を掃くうち、ついぞ対決には至らなかった。
彼からは、晴れの日には気にも留めなかった、不快な体臭が立ち昇っている。それは小便のような臭いだった。
勝ち負けを決められなかったことに心残りを感じていたし、何より彼の不細工を良い気味に感じている自分に、腹が立った。

***

私は十字にした輪ゴムでデッキを管理していた。小便の臭いのする彼が持っていた工具箱のように、私も入れ物が欲しかった。

母親とデパートへ出掛けた。
ねだり続け、一番安いプラスチック製のケースを買ってもらった。小さいが、もとよりカードの所持数も少ないから丁度良い。もう一度、彼と勝負がしたくなった。

母親はその足で美容室へ行くと言い、私は受付前で待たされた。
初めて入った美容室に、最初は意気揚々と目を巡らせていたが、そのうち飽きてきた。置いてある雑誌が男子小学生向きであるはずもなく、手持ち無沙汰から、買ってもらったカードケースを開いたり閉じたりして、自慢の文句を考えていた。

小便がしたくなった。

慣れぬ美容室の雰囲気と、根からの内気がたたり、もう少し我慢できる、と自分の膀胱を過信することにした。
その不正直さと裏腹に、膀胱は正直であった。

***

母親はそのあと、映画を見ようと言ってくれたが、断った。
恥をかかせた親に、私はどこまでも素直であれなかった。

***

帰ってきて、買ってもらったカードケースを取り出してみると、小便の臭いがするような気がした。
母親は気のせいだと言ったが、その臭いは私にしか分からない、砕かれた小さな自尊心であった。

(文・GunCrazyLarry)

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