「世界の街角」 3.チリ 3.2 バルパライソ (Town No 5)
■天国の谷
1536年、スペイン人征服者ディエコ・デ・アルマグロの一行が「バルパライソ(天国のような谷)」と名づけた。
その名の通り、港を囲むように広がる丘の斜面にカラフルな屋根が並ぶ美しい街で、旧市街は「港町バルパライソ歴史地区」として2003年、世界遺産に登録された。
19世紀から20世紀初頭にかけて繁栄し、多くのヨーロッパからの移民がこの地に住み着いた街には多様な建築様式が見られ、「太平洋の宝石」とも呼ばれている。
サントドミンゴの丘、アレグレの丘、コンセプシオンの丘などの斜面に開けたバルパライソは、坂道と石段の町だ。
港周辺から丘の上までカラフルなペンキ塗りの家々が、斜面にへばりつくようにぎっしりと建っていて「天国の谷」と呼ばれるにふさわしい絵のような景観だが、よくみるとトタン屋根あり、板塀や崩れかけた土塀ありの、貧しさむき出しの一角も其処此処でみかけた。
■アセンソール
町の造りはサンフランシスコと似ているが、ユニークなのが、箱根や高尾山にあるケーブルカーを小規模にしたような、「アセンソール」と呼ばれる傾斜式エレベーターだ。大型のものだけでも15本、細い道をのぼる小型のものを加えると数十本もあるそうだ。丘の上と下にある簡単な建物のあいだを、急斜面に沿って、小さな箱が1分ほどで往復している。
■バルパライソ港
19世紀後半から20世紀初頭にかけて繁栄し、特にゴールドラッシュ時代には重要な寄港地として発展したが、パナマ運河開設により衰退した。
しかし、首都サンティアゴから120Kmという地の利から、サンティアゴを建設したペドロ・デ・バルディアは1544年、この町をサンティアゴの海の玄関と決め、以後現在に至るまで貿易、漁業、軍港などの重要な役割を果たしている。
私が訪れた時はフルーツ、ワイン、シーフードの輸出がピークを迎え、港は行き交うコンテナで賑わっていた。
港の周辺には国会議事堂や海軍のメインオフィスもあり、多くの市民が集う場でもあり、広場は他都市の港には見られない賑わいがあった。
■ネルーダ博物館
丘の頂上付近の見晴らしのいいところに「ラ・セバスティアーナ」という博物館があった。
民主主義を守るため、ファシズムにたいし、詩でヒューマニズムを訴え続け、身をもって抵抗した英雄的詩人パブロ・ネルーダ(1904~1973)の邸宅を博物館としたもので、館内には、書斎、ダイニング、ベッドルームなどが当時の姿そのままに展示されていた。
ネルーダの詩や文学作品に触れるだけでなく、生活や趣味、コレクションを通じて彼の人生を垣間見ることができた。
海を見るのが好きなネルーダは、ダイニングにも、ベッドルームにも、美しい港街の景色が見渡せる大きな窓をつけ、毎日、海を眺めていたそうだ。