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「あいしている」という言葉について

私は、ラブソングに共感できない。

「会いたくて震える」とか
「連絡なくて…」とか、
「一時も離れたくない…」とか、「???」という感じだ。

でも、子どもが生まれてから、「これは、親の子どもに対する感情を歌っていたんだ…!」と思うようになった。

相手が我が子なら、「毎日会ってたい」も「連絡が欲しい」も
「あなたがいなきゃ生きていけない」も、私は分かるのだ。

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「愛情」って、やっかいな言葉だ。

実は、私は、子どもに愛情があるか?と問われても、
「うーん」と考えこんでしまう。

「愛情」という言葉の正体がつかめないのだ。

でも、「子どものために死ねるか」と言われたら、多分、死ねる。
私が死ねば、子どもは助かるという状況に万が一陥ったら、
迷わず、死ぬだろう。

色々考えた結果、「愛する」ということは、
「情」ではなく、「意志」なのだと、思うようになった。

もちろん、人によって、愛するということの意味も在り方も違うが、
私にとっては、「愛する」ということは「人生を共にしていく」「守り続けていく」という意志なのだ。

その昔、「I love you」を「月がきれいですね」と訳したという偉人がいた。
全然、共感できないよ!

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「LOVE」に「愛」という文字をあてたのが良くないんじゃないかって。
「愛でる」とか「愛くるしい」とか、そういうのにも使われてるから、
なんかこう、ときめき的なものと混同してしまうよね。

「人生を共にしていく」「守り続けていく」という意志を、一言で表すとしたら。

「誓い」「約束」 そんな感じ。

そう思うと、「我が子のために、私は死ねる」

それと同じくらいの確固たる意志がなければ、
簡単に子どもと「約束」なんてできなくなった。

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