私の苦手なあの子

長い小学校生活も残すところあと1年。

中学校ってどんなところだろう。4つ上の兄に聞いてみたけど、大したことはなさそう。別に、小学校が嫌なわけでも、早く中学生になりたいわけでもないが、寝る前に制服を着る事を想像するとなかなか寝付けなくなってしまう。

今日もランドセルをおんぶして学校へ向かう。


7月の暑い日、もうすぐ夏休みだというのに、国語の教科書は半分しか終わっていない。1学期中に終わるのかな?と少し不安になるが、私にとっては大した問題でもない。

窓際の後ろから2番目の席に座っていた私は、そんなことを考えながら窓の外を眺めていた。

校庭には隣のクラスの男子が体育をしている。1人、ものすごく騒いでいる男子がいる。彼はこの学校では知らない人がいないというくらい有名人。

体はそれほど大きくないが、とにかく声が大きい。どこにいても彼の笑い声が聞こえてくる。大きいのは声だけじゃない、態度もだ。どこか威圧的で、運動神経が猿並み。先生の言う事なんてほとんど聞いていない。


そんな彼が、私はなんとなく苦手だ。


そんな彼がまた、校庭で騒いでいる。何があったのか私は耳を傾ける。だめ、何も聞こえない。ここは2階だし、何より教室にいる担任の先生の声がうるさい。誰も笑わないダジャレばかり言っている。

あ~くだらない。

くだらない国語の授業に戻ろうとすると、また外から笑い声。しかもさっきよりも大きな声。


「ぎゃははは!!」


何がそんなに面白んだろう。
また校庭をみると、彼がリレーのハチマキを友達の頭に巻いたり、目隠しをしたりして遊んでいる。そして、先生に注意されてまた笑っている。


「うぉ~ぎゃははは~!」


ヘラヘラしてるなぁ。私は少し呆れ始める。


すると今度は、急に真剣な雰囲気になった。さっきまでふざけていたのにびっくりだ。どうやら、リレーが始まったようだ。


「行けー!」
「がんばれー!」


沢山の声が聞こえてくる。その中に彼の声も聞こえる。
赤、黄色、緑、青、4色のハチマキをした男子がそれぞれ必死に走る。


彼は頭に赤いハチマキ、肩に赤いタスキをかけている。アンカーだ。


彼がスタートラインにつく。
次々とバトンをもらって走り出す。青、黄色、緑。


彼の手にバトンが渡った時には、赤チームはビリだった。

彼の手に吸い寄せられた赤いバトンは、物凄い勢いで走り出した。
緑、黄色、と、どんどん抜かしていく。


「行けーー。あと1人!!」

心の中で叫ぶ。

青、青、青!!あとは青だけ!!あと少し!


「うぁーーーー!!」


凄い歓声が校庭から聞こえる。ダジャレを言う先生も窓の外が気になり始めた。


「うぁーーやったぁーー!!」


両手を広げる赤いハチマキの彼は、どびっきりのヒーローになっていた。ゴールギリギリで青チームを抜かしたのだ。「よっしゃー!」ガッツポーズをしている。

「なんだか凄く盛り上がっているな。さぁ、集中!」と、手をたたいて授業を続けようとする先生。またつまらないダジャレを言うのかと思ったが、なぜか言わなかった。


キーンコーンカーンコーン


授業の終わりを意味するチャイムが鳴る。


教科書を机の中にしまいながら外を見ると、もう彼の姿はなかった。ただ、小さく彼の笑い声がした。


私は知っていた。

私の苦手な彼は、1人で何度も、土手の坂道を走っていたことを。
塾に行く途中私は、その土手をいつも通る。お母さんが運転する車の中から、汗をビッショリかきながら、歯を食いしばって走っている彼を何度も見ていた。

今日の校庭で両手を上げて喜んでいたヒーローは、運動神経が良かったからじゃない、走るのが得意だったからじゃない、ラッキーだったからじゃない。

ただ、努力していたことを。

私は知っていた。


中学生になったら、彼と同じクラスになれるといいな、と思った。笑い声を近くで聞いてみたいな。苦手だけど。


少しだけ残りの小学校生活とこれから始まる中学校生活が楽しみになった。



おわり




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。



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