失われたカナダ人裁判のその後

　カナダ・オンタリオ州最高裁は、海外生まれ二世の子どものカナダ国籍をはく奪してほしくないと訴える７家族に対して、「カナダ人が子に国籍を継承する権利を最初の世代のみに制限する法律『二世切り捨てルール』は憲法違反である」と結論付けました。

人権侵害と性差別に抵触

　第37回カエデのコラム「あなたの孫が『失われたカナダ人』になるかもしれないと知っていますか？」では、現在のカナダの法律では、外国生まれのカナダ人（一世）がカナダ国外で出産した場合、その子ども（二世）は自動的にカナダ国民にはならないという注意喚起の記事を書きました。これはカナダ人と国際結婚をしている日本人にも十分影響のある法律です。

　この『二世切り捨てルール』は、イスラエルとの戦争中に15,000人のレバノン系カナダ人がカナダとの関係性が希薄なのに「帰国」してきたことで、「都合の良いカナダ人」は要らないと、2009年に当時の保守政権が作りました。軍人と外交官以外は、カナダとの関係性を無視し、一律に、海外生まれ二世にはカナダ国籍を自動的に与えないという単純な図式になっています。それにより、無国籍となったり強制送還になる例が後を絶ちませんでした。

　海外生まれのカナダ人が二級市民扱いをされていることと、女性が産む性であるがゆえに行動が制限される女性差別であるという２点から、この法律は憲法違反ではないか、との議論が絶えずありました。

産むために帰れない人もいる

　私の子どもたちのように、日本生まれで乳幼児期に帰国し、学校教育もすべてカナダで終えたカナダ人でも、国際化が進んだ現代では、子どもを産む時期と海外滞在とが重なる人も多いでしょう。

　あるカナダ人の両親の元に日本で生まれた女性はカナダで成長し、アメリカ生まれのカナダ人と結婚し、仕事のために夫婦で香港に住み妊娠しました。カナダ政府機関に相談すると、帰国して出産するようにと忠告されます。しかし、キャリアを手放せないことや、待ちに待った妊娠でコロナ禍での移動が心配だったので、香港で出産することにしました。そして、生まれてきた子どもは一時期無国籍となりました。後に移民大臣の裁量によりカナダ国籍を取得しましたが、一時なりとも子どもに国籍がないとはなんとも心配なことだったのではないでしょうか。他にも、妊娠中に体調がすぐれない人や、主治医を変えたくない人、カナダの健康保険がない人もいるので、簡単に帰国して出産ともいかないでしょう。

　生れた時にカナダ国籍が取れなかった子どもたちは、親が後見人となり、まずは永住者としてカナダに招待され、その後他の移民と同様に国籍取得を申請する必要があります。しかし、その手続きも、係官の裁量やスピードによるところが大きく、必ずしもカナダ国籍が取れるとも限りません。あるカナダ人女性の子どもは、海外生まれ二世であるという理由でパスポートの発給を拒否され、一方では、カナダ国籍を取得する権利があるとの理由でビジタービザの発給も拒否されたそうです。

州最高裁が連邦政府に法改正を勧告

　複数の国に住む7つの家族が、2019年にカナダ政府に対して違憲訴訟を起こしました。そして、2023年12月に、オンタリオ州最高裁は、「カナダ生まれのカナダ人と海外生まれのカナダ人を区別して扱うことは違憲である」と判断しました。

　裁判所はカナダ政府に、6か月以内の国籍法の改正を命令しています。カナダ政府が控訴するかどうかはまだ決まっていません。一方で、国籍法の改正法案S-245が、2024年1月29日に検討される予定 です。この草案には、カナダとの関係性を証明するテストや、海外で出産する一世の親は、子どもの誕生前に計 3 年間 カナダに居住する義務がある、などの案が含まれているそうです。一律に出生地で切り捨てるより、整合性のある基準を設ける方向に向かっているようです。

日本の二重国籍裁判との隔たり

　日本の国籍法についても、現在違憲訴訟が起きています。何人もの海外・国内在住の日本人、または国籍を失ってしまった元日本人が、就業や不動産購入などのために現地国籍が必要なため、「外国籍を取得したら日本国籍を失う」という明治32年にできた法律は現在では違憲であると、日本政府に対して訴訟を起こしてきました。しかし、日本の裁判所は、すべての訴えを退け続けています。

　何をもって出生国との密接な関係性を証明するのかという課題は残っていますが、困っている人がいる以上は何らかの改正が必要であると結論付けたカナダの裁判所と、120年前にできた法律に固執する日本の裁判所との、考え方や態度に大きな違いが見て取れます。

　ボーダレス化や国際化が進む現在、どうすれば国籍で困る人が減り日本のために活躍できる人が増えるのか、残すべきものと変えるべきものは何なのかを、客観的かつ論理的に考える時期が来たと思います。

参考：
CBC News, Dec. 22, 2023 'Lost Canadians' win in Ontario court as judge ends 2 classes of citizenship https://www.cbc.ca/news/canada/canada-court-citizenship-unconstitutional-1.7067039
The Conversation, Jan. 9, 2024 What a recent court ruling on Canada’s Citizenship Act means for ‘lost Canadians’ https://theconversation.com/what-a-recent-court-ruling-on-canadas-citizenship-act-means-for-lost-canadians-220530
CTV News, Dec. 21, 2023 Denial of citizenship for kids of foreign-born Canadians unconstitutional, judge rules https://toronto.ctvnews.ca/ontario-judge-rules-citizenship-denial-for-foreign-born-canadians-unconstitutional-1.6697251

この記事はカナダ日本語情報誌『TORJA』連載コラム『カエデの多言語はぐくみ通信』2024年2月号に寄稿したものです。 ☞　https://torja.ca/kaede-trilingual-36/

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