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輪廻の黒騎士と記憶のないロイヤー 第2話【創作大賞2024漫画原作部門応募作】

『北条弁護士がどうやら事務員を雇ったらしいよ』

『あれは……用心棒? というか番犬?』

『しかも前科者らしい。どういう風の吹き回しなのかね』
 
 
弁護士の横の繋がりは狭い。
都心に位置する北条弁護士事務所の噂は瞬く間に広まった。

そんなことなど、つゆにも知らない黒川晴樹は、今日も一時間早く出勤しては、事務所の掃除に勤しんでいた。

掃除機をかけ、水拭きをし、窓も拭き、全てをピカピカに磨き上げ、観葉植物に水をあげて、コーヒーメーカーで豆を挽き、コーヒーを淹れる。
そこまで終わったところで、北条弁護士が事務所に出社してくる。

 
「おはよう、晴樹くん」

「おはようございます、玲奈さん!」

 
ドアを開けて入ってきたパンツスーツ姿の玲奈に向かって敬礼をする。
玲奈はぐるりと事務所全体を見回して、埃ひとつない事務所を確認し、ふむ、と頷く。
 
「晴樹くん、毎日ありがたいのだけれど、ここまでしなくていいよ。出社時間後の空き時間にやってくれれば」

「いえ、玲奈さんには綺麗な空間で仕事をしてほしいもので」
 
朝早く来て掃除をする彼に、申し訳ないと玲奈が言っても、晴樹は俺が勝手にやっていることなので、という姿勢を崩さない。

業務机に座った玲奈に、淹れたてのコーヒーを差し出す晴樹。
ありがとう、と礼を言い、カップに口をつける。
 

それは時代と場所は変わっても、前世と同じ。

玉座に座る王の横に、凛と立つ黒騎士のようだった。
 


輪廻の黒騎士と記憶のないロイヤー
第2話


 
「国が悪いんだ、もらえる金が少なすぎるんだよ」

面会室で、依頼人の初老の男は肩をすくめて文句を言っている。

「家賃、光熱費、食事代払ったらもう手元には残らない。そりゃ、ちょいと手が伸びちまうのはしょうがないでしょう、先生」

薄くなった髪を掻き、伸びた無精髭は白髪が混じっている。
深夜のコンビニで酒を万引きした挙句、店員に暴力を働いて起訴された男の弁護のため、面会をしている最中だ。

玲奈はにこにこと笑みを浮かべたまま、男の話を聞いているが、パソコンで供述をメモしている晴樹は、ちっとも反省していないその男にイラつき出してきた。

「あのさぁオッサン、さっきから他人のせいにばっかしてるけど、アンタがコソ泥したのは自分のせいだってわかってる?」

 大柄な彼が凄むと怖いらしく、男はぐっと押し黙った。

「晴樹くん、やめなさい」

依頼人に怒るんじゃない、と優しい目でたしなめられる。
晴樹が肩をすくめて返事をすると、玲奈は続ける。

「今回は初犯なので、懲役にはならないようにします。ただ、次はそうもいかない。もう窃盗も暴力もしないと約束してくださいますか」

「……わかったよ」

「あと、お酒も控えましょう。せめて9%から5%のもの、350mlを一本程度」

現行犯で捕まった時、相当な量の酒を飲んでいて、呂律も回っていなかったそうだ。

「チッ、せっかく昼から飲めるようになったのに」

「よろしいですか」

「……はいはい」

弁護士からの忠告に、男は嫌な顔をしながら頷くだけだった。
 


*      *      *

 
事務所に帰ってきて、晴樹はパソコンの入ったカバンを置くとため息をついた。

「はぁー、あんな爺さん、牢屋にぶち込んで無理矢理にでも禁酒もさせればいいのに。きっとまたやりますよ」

最後まで反省の態度を見せなかった依頼人に、腹が立つ。

「そうかもしれないね」

「そうかも、って……」

玲奈はなんとも思わないといった様子で、薄く笑みを浮かべたまま椅子に座る。

「私たち弁護士ができるのは、反省をさせ、未来は自分の力で変えられると促すことだけさ。
犯した罪を罰するのは警察。未来を変えられるのは、彼自身」

書類の入ったファイルを片付けながら、玲奈は淡々と告げる。
彼女の中には、依頼人との線引きがはっきりしているのだろう。

「なんか、弁護士ってやるせないですね」

犯罪者の味方になっても、必ずしも改心するわけではない。無駄なんじゃないか、とすら思う。

「君はそう思うかもしれないね。晴樹くんは白黒はっきりつけたがる性格だから」

にっこりと微笑まれ、なんだか揶揄われたように感じた晴樹はムッとして口を尖らせる。

腑に落ちない、といった様子で腕を組む晴樹の様子を見て、玲奈はファイルから一枚の紙を取り出し、読み出す。

「彼の人生をいろいろ調べた。彼は若い頃にご両親が亡くなり、高校卒業後タクシーの運転手になって以来40年、無事故で働いていたんだ」

調書に書かれた依頼人の半生を、読み連ねていく。

「ただ、数年前から股関節の難病になった。足が悪いから運転手もできなくなり退社。その後夜間警備員として働いていたが、病歴のせいでクビにされた。あの歳で働ける職はそうは無い」

え、と晴樹が声を上げる。

「生活保護で貰えるお金で、最低限の生活に不自由はしなくても、胸に空いた虚無感は、酒では埋めることができなかったんだろうね」

淡々と続ける。

「足の病気になったのは、彼が悪人だったからかな?」

玲奈の問いに、晴樹は押し黙った。

彼は「やっと昼から飲めるようになった」と言っていた。
何十年も運転手をし、酒など飲めなかったのだろう。

唐突に、自分には一切非のない病魔で生活を奪われたのなら。
窃盗も暴力も犯罪だが、そのきっかけに、一切同情はできないのだろうか。

「甘いと言われるかもしれないが、私は、生まれながらの悪人はこの世に存在しないと思う。何か必ず原因がある。もし自分も同じ状況だったら、罪を犯したかもしれないという気持ちを、ずっと忘れてはいけない」

長いまつ毛の影が、彼女の白い頬に落ちる。
その清廉で高潔な精神は、今も変わらないのだと、晴樹は前世を思い出していた。
 
*      *      *

 
その日は、カーティス城の前に飢えた民が槍や鍬を持って押し寄せていた。
人々は皆、城の食料をよこせと叫び、騎士を束ねているハロルドは何時間も説得し押しやっていたが、急に城門が開いたのだ。

「誰だ、門を開けたのは!」

「すみませんハロルド殿。しかし、陛下が門を開け民らを入れろと……」

「レナス王が?」

信じられないと思ったが、お人好しの王がしそうな事だ。
 

そして何百人もの民衆は、なだれ込むように城の中に入ってきた。
準備していたように、広間にはパンと肉、水が用意されており、甲冑の騎士たちから全員平等に配られた。

涙しながら幼い子供にパンを渡す若い母親や、手を合わせる老人の姿も見える。

「レナス王、民衆全員に城の食料を配るつもりですか」

双頭の鷲の紋章が描かれた真紅の衣をまとったレナスは、喜ぶ民たちを見下ろしていた。

「彼らは、この前滅したザザン地方の街の者たちだ。食料ぐらい、渡して然るべきだろう」

そう言われ、黒い甲冑を着込んだハロルドは息を呑む。
そのザザンを滅ぼしたのは、自分だったからだ。

貧民街出身の『30人殺し』の黒騎士ハロルドは、今やこのカーティス王国で一番の強さを誇る戦士になっていた。

「……俺のせいだと、仰るのですか」

「そうは言っていない。そうならば、君に命じた私の責任だ」

乾燥した地域で食料はできないというのに、民らに重税を強いた悪政で有名な地区だった。
同盟国と戦をしていた際、このカーティス王国からもハロルド率いる兵を送ったのだ。

「あの戦はせねばならなかった。けれどその余波は、か弱い者たちに襲いかかる。老人、女子供……。彼らを救うのも、私の役目だ」

後ろ手で手を組みながら、ハロルドは隣に立つレナス王の、綺麗な横顔を眺める。

「なんだいその目は」

ハロルドの視線に気がつき、レナスがこちらを向く。

「俺は、王様ってのはもっと自己中で傲慢で、クソ嫌なやつだと思ってましたよ」

「ははっ、ご期待に添えず」

暗い牢屋で死ぬ運命だった自分に手を差し伸べた、甘ちゃんなお人好し。

レナス王が身分も立場も関係なく、あっけらかんと笑ったので、ハロルドもそれに合わせて少しだけ笑った。

 
*       *      *
 

昼食にラーメン屋に行こうとしたら玲奈もついてきた。
狭いカウンター席しかないラーメン屋に、横並びで座る。
目の前に置かれた豚骨醤油味のラーメンを、晴樹は割り箸で豪快に掻き込む。

玲奈は肩まで伸びた髪を一つに結い、レンゲを使いながら行儀よく麺を啜っていく。
たまにはいいね、と玲奈もおいしく味わっているようだ。

半分ほど食べ終わったところで、玲奈は食券をもう一枚カウンターに出した。
店員がトッピングのチャーシューを置いた皿を差し出す。

「肉が好きだったろう?  今日ついてきてくれたお礼だよ」

その皿を晴樹へ渡し、玲奈が微笑む。

ずず、と麺を啜ったタイミングで、晴樹は額の汗を拭き飲み込む。

「……俺が肉好きって、なんで知ってるんですか」

今世・ ・で一緒に食事を取るのは初めてなはずだ。

「前に言ってなかったかな?」

そう言って、玲奈はレンゲでスープをすくい、口に運ぶ。
 
言った覚えはない。晴樹はその言葉を麺と共に飲み込む。


 
『君は肉が好きなんだね』

レナス王の臣下となり初の戦で、勝ち星を上げた時。
平民で牢屋から出た俺は、貴族出身の騎士たちの中で恐れられ、忌み嫌われていた。

ろくに肉など食べたことがなく、口の周りを油でベタベタにして貪る俺の横に立ち、まるで王の威厳などなく優しく微笑む貴方。

『……今まで食べたもんで一番うまい』

『それはよかった。また用意するよ、ハロルド』

 
 
その記憶はきっと、もう俺だけのものだ。
彼女の中には残っていない。
未練たらしく、みじめな男の、くだらない思い出。
 
 
 
チャーシューを二枚、箸でつまんでスープの中に漬けた。


弱く愚かな人に、手を差し伸べる優しさも、何もかも変わらない。
俺の愛しい、命よりも大切な人。


「……あの爺さん、足良くなるといいですね」

「福祉に繋げておいた。きっと良くなるさ」


弁護士に拾われた元土木作業員の青年は、まるで番犬のように礼儀正しく頷いた。
 

【第2話  完】

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