私はなぜ陣痛を長時間耐えられたか


※出産に関する記述があります。苦手な方はそっと回れ右してください。





1年前、私ははじめて出産を経験した。

いわゆる自然分娩という、特に麻酔はかけないやり方だ。
海外では痛まないように麻酔をかける無痛分娩が主流とも聞く。私も痛くないならそれに越したことはないなぁと思いつつ、しかし近所の病院は無痛分娩に対応してなかったこともあり、大人しく私も自然分娩で出産することにした。

それまで色んな人や媒体から「陣痛はものすごく痛い、しかも初産は時間がかかる」と聞かされていたので、正直びびっていた。初めて出産する場合、10時間以上かかるのはわりと普通とか。
なにそれ。痛いうえにそんなに時間かかるの?むりでしょ無理無理。

痛みと聞いて思い出すのは右下奥の親知らずを抜いたときのことだ。

抜いた当初は麻酔がかかっていたのでさほど痛くなかった。先生が上手に治療してくださったのもある。調子に乗った私は「この痛み止めを1時間後に飲んでください」と先生に言い渡されていたのに、前から気になっていた行列のできるバームクーヘン屋さんに行ってしまった。休日は混雑して買えないのだが、その日は平日の有給を使っていた。
果たして家に帰りつく前に、瞬く間に約束の1時間は経ってしまった。あまりの激痛に逃げ帰って布団に潜り込み、痛み止が効くまでの20分ほど、私はしくしく泣くことしかできなかった。

回想終了。
うん。20分痛みに耐えただけで死ぬ思いだったのに、10時間以上とか、やはりありえない。

そんな風に思っていた私だったが…。
結果としては多少アクシデントはあったものの普通分娩をやりとげることができた。
母子手帳に刻まれた分娩所要時間は、
「13時間57分」。
ちなみに体感では、看護師さんが分娩開始を診断してくれる前プラス4時間くらいから、陣痛の痛みが来ていた。

残念ながら、やはり陣痛は痛かった。
痛くなかったよと言えたらかっこよかったのだけど、痛かった。しばらくトラウマになって「もうやだ一人で終わりにしよう」と公言していたくらいには。

ただ出産前に想像していた痛さとは、ちょっと違っていたのも確かだ。
どう違っていたのか。色んな方が表現されているが、私も私の言葉で表現してみたいと思う。

痛いより衝撃波だった

医学的な話は専門家にお任せするとして、出産を経験したいちママの感想を書いてみる。

陣痛を受けてみると、その本質は「衝撃波」だという感じがした。痛みは副産物。

お腹の赤ちゃんを外に出すための関門は2つあった。

①固く閉ざされた子宮の入り口を開く。
②子宮から赤ちゃんを外に押し出す。

出産して大丈夫なくらい赤ちゃんが育つまで、体は赤ちゃんを外に出さないように固く閉じて踏ん張ってくれていた。だからいくら「時は来たれり!」と言ってみたところで、急にしゅぽーんと開いたりしない。
特に初産だと入り口を開いたりしたことはないから固いらしい。
とにかく力いっぱいやる必要がある。

①の段階だと体のなかでなにかが弾けた。
イメージは某「紅の豚」。
一度大破したポルコの飛空艇を修理し終えた翌日。いよいよ出発の時。
工場長の「コンタクトー!開けろー!」の掛け声を合図に、従業員みんなで工場の扉をえいや!えいや!と押し開ける。
そんな感じだった。(ちなみに工場の扉が子宮の入り口です。)

②の段階だと今度は体が勝手にはねあがり、内から外へなにかを出そうとうねる。いわゆる「いきみたくなる」状態。
子供の頃大きなかぶの絵本を読んだが、あの感じかもしれない。
うんとこどっこい、どっこしょ。まだまだかぶは抜けません。もっとハイスピードではあるけれど。

①は強い力でこじ開ければ痛くて当然。陣痛の衝撃にびっくりして体が固くなればなおのこと痛い。②は内から外への衝撃波自体もキツイが、赤ちゃんというデカモノが産道を通ることであたりの骨や筋肉を押しのける痛みがあった。

かくして「陣痛=ものすごく痛い」なのだった。

ただし、親知らずの抜歯で感じたような無差別でずーっとただひたすら痛いのとはちょっとちがった。本質は赤ちゃんを外へ出すための運動・衝撃波。そう。波だ。「いち、にの、さんー!」みたいな。常に一定の周期、一定の回数で衝撃が押し寄せるのが分かるから、こちらも心の準備をして歩調を合わせる余地はあった。それが、陣痛に長時間耐えられた理由のひとつだ。
陣痛がきたら私は心のなかで陣痛の波をカウントした。1、2、3、4、5ー!そしてつかの間脱力する。5セットくらいやったら、夫が差し入れてくれたアーモンドチョコを頬張ってよい。これをひたすら繰り返していたら、時計の針は進んでいた。

野生が目覚めた

ほかにもある。
どうやら隠し持っていた動物としての危機回避の力が発揮されたんじゃないかと思う。

陣痛が本格化したのは深夜だったので、私は寝ずにその日を過ごしたはずなのだが、実は、多少寝ていた気がするのだ。
なぜなら陣痛が数分間隔で来てるなか、数分の合間に気を失ったかのように記憶がない時がぽつぽつあったからだ。しかもちょっと疲れが回復するのだからびっくりだ。なんだそのショートスリープ。満足な睡眠ではないけれどないより全然いい。こんな風に私って眠れたんだ。

また、私は陣痛のたびに愛しい我が子のまだ見ぬ顔を思い浮かべたのだが、不思議なことに、そうすると痛みがすっと意識の外に隠れてしまった。
すごい。何かの脳内麻薬が作用しているとしか思えなかった。

人間は文明社会を作り、そのなかで外的脅威から隠れて暮らせるようになった。日本の日常生活ではアクシデントに見舞われない限り、命を脅かすほどの危機にあうことはない。
そんななかで、出産は数少ない、文明社会で出会う危機的状況のひとつなんだろう。あぁ、私も動物だったんだなぁとしみじみ思った。

そういうわけで、「痛くてしんどくて本来耐えられるはずはないのに、どういう訳か10時間以上耐えた」という出産の不思議ができあがったのだった。

これからはじめて自然分娩するかたへ

これからはじめて自然分娩される方がもしこの文章を読まれていたら。
たしかに陣痛は痛いです。とはいえ、本質は痛みでなく「赤ちゃんを外に出そうとする体の動き」でした。本などで出産の過程を事前に頭に入れておいたのは良かったです。自分の体に起きている衝撃波が、「あ、これいま入り口開けようとしてる」とイメージできました。赤ちゃんに会いたい気持ちを一緒に高ぶらせ、衝撃波と一緒に身体を波にのって開く。1、2、3!これの繰り返しでした。
それに普段感じることのない野生のパワーが目覚めて、一緒に戦ってくれると思います。
助産師さん、先生もいます。私は某感染症対策で誰も立ち会いできなかったので、助産師さんにとても助けられました。さすがプロ。励ましたり発破をかけたり、私の心が折れないようサポートしてくださいました。

出産は、出産前の自分からは分からない色々な作用が働いて成り立ってました。
分からないものを怖がるなという方がむりでしょう。私もいっぱい周りに心配な気持ちを吐き出してました。支えてもらいました。楽しいことをして気を散らそうとしたりもしました。でもやっぱり夜になると不安になったり。しょうがないですよね。はじめてなんだから。予習はしつつ時間稼ぎしながらその時を待ちました。

最後に。
こんなことを書いている私が、多分その日その病院で同じ時間に陣痛室にいた誰よりも、さけんでうるさくじたばたしながら出産したことを付け加えておきます。てへっ。