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筆が乗ったので、あのアパートの話をしよう。

独身時代のアパートの話

独身時代、一人暮らしをしていたアパートが、今の家のすぐそばにある。
田舎者なものだから、アパートの名前に"あの"憧れの地名が入っているだけで、何だか住所を書く時にちょっと嬉しかった。(上京して数年は経っていたけれど)

今でも普段から、近くを通ることがある。
何だか不思議な気持ちになる。

そこに住んでいたのはそんなに昔のことではないし、いまだによく見かけるのに、どうしてこんなに懐かしいようなくすぐったい気持ちになるんだろう。

そのアパートは築年数が長いけれど、内装はそこそこ綺麗だった。
写真で見た時は、薄いグリーンと小さな小花柄の壁紙が、可愛らしすぎて「ここを選ぶことは…ないかなぁ」と思っていた。
キッチンのオレンジ色のペイントも、ちょっと気に入らなかった。

でも、内覧をしてその日のうちに、気が変わってそのアパートで契約を決めてしまった。

決め手は幾つかあった。
まず、その前に住んでいた家よりも、家賃が3万円ほど下げられた。

それに、色味は気に入らなかったけれど、キッチンの大きなシンクと二口コンロが魅力的だった。(IHの部屋も経験したけれど、個人的には火力が強いガスコンロが好き)

内装で気に入ったところが、もう一つ。
壁に埋め込み式の本棚がついていた。
既に、手持ちのカラーボックスから本が溢れて、実家に置いてもらっていた私。
この本棚に一目惚れ。

そして、徒歩圏内にお気に入りのタイ料理屋さんがあったことと、アパートの一階にお菓子屋さんがあったことが、最後の一押しになった。

(アパートの一階がお菓子屋さんなんて、なんだか漫画みたいでロマンチックだと思うのは私だけ?)

お菓子の甘い香りを嗅ぎながら、会社に向かい階段を降りる

結局、そのアパートには、夫と結婚するまで約2年ほど住んだ。

お菓子屋さんは朝が早い。
一方、通勤が徒歩圏内の私の朝は、やや遅い。

だから私は必然的に、焼き菓子の甘い香りを嗅ぎながら、会社に向かうために階段を降ることになる。

ほんのり幸せで、ちょっと得をしたような気分になる。
そんな生活を、それなりに気に入っていた。

ただ、実はいまだに一度も、そのお菓子屋さんのお菓子を買って食べたことがない。

人気のお菓子屋さんで、お昼過ぎには大抵売り切れてお店を閉めている。
それに、いつでも行けると思ったら、逆になかなか行かない………ってないかしら?

(一度行っちゃうと、しょっちゅう買っちゃうだろうし。でも人気のケーキは白いミルククリームに包まれたドーム型のケーキだと、ディスプレイを見て知っている)

完璧な人間なんていないように

完璧な家も、またないんじゃないだろうか。
それなりに気に入っている…と評したその家にも、欠点はあった。

まぁ、エレベーターがないことには目を瞑ろう。
引っ越す前から分かっていたし、階段の登り降りは運動になる。その前に住んでいたアパートは4階で、そこも階段しかなかったし。

ただ、決定的に我慢ならない点が一つだけあった。それはお風呂。日頃から水圧が弱く、なんと2年間で、2回も壊れてお湯が出なくなった。信じられない。

私はお風呂が大好きだ。
休日の16:00頃、まだ外が明るい時間帯に、湯船に熱い湯を張る。入浴剤を入れてシュワシュワと溶ける様子を見て楽しむ。(ちょっとシュワシュワに手を当ててみたりして)

そして、飲み水をお風呂に持ち込んで、中古書店で買った安い文庫本を読みながら長風呂をする。ポカポカになった身体に勢い良くシャワーを浴びて、お風呂から上がる。

大学生で一人暮らしを始めてから、味を占めた、たまらなく心満たされる癒しの時間だ。

…なのに!お風呂、壊れすぎじゃない⁉︎笑

その反動もあり、夫と今の家に住み始めてから、1ヶ月くらい、毎日「お風呂ありがとう」「お風呂、最高。幸せ〜〜」と家を選んだ夫に感謝。笑
(だって、追い焚き機能も、浴室乾燥も完備よ、最高すぎる)

これから先、引っ越す時は必ずお風呂の水圧をチェックすることでしょう。

でも、お風呂が壊れて銭湯に通った間も、それはそれで楽しかった。
(銭湯で図らずも夢中で聞いてしまった二人組の会話は、また機会に書いてみよう)

この先も思い出すだろう、あの人。

まだ暑すぎもせず、だけどいずれ訪れる夏を感じさせるような、カラッとした晴れた日のこと。恐らく5月後半か6月じゃなかっただろうか。

そのアパートのすぐ近くですれ違った、女性のことが今でも忘れられない。
女性は、恐らく私の倍はお年を召されていたと思う。

だけど、自信に満ち溢れて、輝いていた。
白髪で、スレンダーで、一人で颯爽と背筋を伸ばして歩いていた。

そして、何故かとっても笑顔だった。

思わず、同性の私もドキッとした。
なんて素敵な笑顔なんだろうと、ハッとした。

きっと、今この瞬間を楽しんでいるんだ、と感じられた。

それに比べて、私は……?

キュッと唇を噛む癖がある。
気づけば無意識に、難しい顔をして歩いている。
そんな自分を自覚した。

歩いていると、何故かそのアパートと女性のことをセットで思い出すことがある。

そんな時は、にっこり口角を上げてみる。
不自然かもしれない。
でも、なんだか少し前向きになれる。

お名前も存じ上げない方だけれど、素敵だと思った人を、素敵だと覚えていられる自分が、私はそれなりに好きだったりする。

やっぱり、良いところを見て、良いところを真似して、良いところを愛するって大事だよね。

(家も、人も。結婚生活も)

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