ご褒美のあめ玉（HANAちゃんストーリー第3話）
梅雨が明けたばかりの良く晴れた休日の昼過ぎ。
「あ～もう！」
肩に掛けたエコバッグから首をくすぐるネギに声を荒げる。
駅前のドラッグストアでトイレットペーパーを、スーパーで夕飯の材料を買った。久しぶりの休みだというのに、旦那は休日出勤。重い荷物を無理やり持ち直す。
自宅までの帰り道をショートカットするために公園の中へ入って行く。
ふと、すぐ近くのシーソーに目をやると、子供たちが順番の取り合いをしている。その向こう側に小さなクスノキがある。その木陰で耳の垂れた犬が一匹、丸まって寝ているのが見えた。
気になって近づいてみると、リードも付いていないし、近くに飼い主らしき人も見当たらない。もしかして迷い犬？
子どもの頃から動物が大好きだった。犬でも猫でも爬虫類でも大歓迎だ。
でも、今のマンションでは残念なことに飼うことを禁止されている。
でも別のマンションに引っ越したとしてもその夢は叶わないだろう。旦那は動物アレルギーなのだ。
「ふふっ。かわいい」
重たい荷物を木陰におき、近くに腰を下ろして撫でてみた。
やわらかく長い被毛が気持ちいい。垂れた耳はひまわりの種を想わせる茶色の模様をしている。
しばらく撫でていると、その犬はようやく目を覚ました。
「なぁふぃ～よく寝たわ。気持ちよかった」
「・・・？！・・・しゃべってる！」
意外にも、この現状を受け入れている自分にもびっくりしている。
寝起きの目を何度かこすると大きな目でこちらを見つめた。
彼女は唖然としてただ見つめるしかなかった。
一分くらい経っただろうか、根負けした方が先に口を開く。
「・・・私の名前はマキっていうの。あなたは？」
「あたしは“はな”。はなちゃんって呼んで」
「はなちゃんは、ひとりで・・・いや、一匹でここにいるの？」
「そうだよ。こんないいお天気の日はおひさまに当たりたいもの」
はなちゃんは、鼻をひくひくさせ、晴れた日の空気の匂いを嗅いでいる。
その顔がとっても穏やかで、とても心地よい。
どれくらい時間がすぎただろうか？
子どもたちの楽しそうな声が、ずっと遠くの方に聞こえる。
「このままずっとこうしていたいな」
目を閉じ、マキはそのまま続けた。
「今朝ね、旦那と喧嘩しちゃったっていうか、ひとりでイライラしちゃった。だってさ、脱いだ靴下をその辺にポイってするんだよ。丸まった靴下を拾うのはいつも私だよ。私だって働いてるのにさ。食事、洗濯、掃除も全部私がやってるの。そりゃ彼の方が稼いでいるし、帰りも遅いから文句も言えない。だけどさ・・・モヤモヤするの！」
気持ちを一気に吐き出すと深呼吸して目を開けた。
「ごめん、犬のはなちゃんにはこんな話、難しいよね」
はなちゃんは遠くを見ていたが、やがてマキの方を向いて、にっこり笑って言った。
「私は知っているよ。マキが頑張っていること。マキが優しいこと。彼の大好物のギョーザを作ること。」
なぜか不思議と心が軽くなる。子供の頃のお気に入りだった、ぬいぐるみを思い出した。
ハっと我に返り、少し照れ臭くなる。
「だって今日は休日出勤でなんか大変そうだし・・・彼の好きなものを作ってあげようかなと思って」
いつもの休日を思い出す。
梅雨が明け、カラッと晴れた空のように、心が明るくなる。
今日の空のようだ。
マキは勢いよく立ち上がり、
「ありがとう、はなちゃん。さあ、そろそろ帰ろうかな」
「ギョーザ作らなくちゃならないものね」
「そういえば、なんでギョーザってわかったの？」
はなちゃんはへへへっと、はぐらかすように笑った。
一人と一匹は並んで歩いた。
「ねぇ、はなちゃん。よかったらうちで一緒にギョーザ食べない？」
「うれしいお誘いだけど遠慮しとくよ。犬はネギ食べられないしね」
いつだったか、本で読んだ事がある。犬がネギを食べてしまったら中毒症状を起こしてしまう。
ごめんね。と覗き込むと、はなちゃんはこちらをちらりと見て
「それにあたしがマキのおうちに行ったら、くしゃみ止まらなくなっちゃうんじゃないかな」
と言った。彼が動物アレルギーなのもお見通し！？
「はなちゃんって本当すごい！！」
てちてち歩いているはなちゃんを思わず、抱きしめた。あの時のぬいぐるみを抱きしめるように。
顔を上げ空を見上げると、カラッとした風が一人と一匹の頬を撫でて通り過ぎて行った。
隣を見ると、はなちゃんの姿はない。
子供の頃にお駄賃でもらった飴玉のようにすっと消えていった。
終わり
HANAちゃんストーリー、いかがでしょうか？
これからも色々なお話を投稿しますので、よろしくお願いします！
ちなみに、ワンちゃんも肩こりがあるってご存知ですか？
人の顔を見上げることが多かったり、重心が前にあったりする為、前足の付け根、首回りなどが凝っていることがあります。
肩甲骨や首筋、肩関節などを優しくマッサージすると良いらしいです。
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