【シーソーシークワサー 27 ハンドリング】
【シーソーシークワサー 27 ハンドリング】
絢とのラインは、成田に着いた報告で終わっていた。どこで落ち合うとも、何時に会えるとも言ってこなかったし、自分からも言い出さなかった。
「行っていい」の答えが「いいよ」だっただけ。それ以上、何を求めるでもなく、ここまで来て、最後はスマホの案内に頼ったのが凡人だった。
今から地下鉄で虎ノ門まで向かうものの、先の約束の連絡を入れるかを躊躇していた。
とはいえ、「今どこ?」を期待しているわけでもなく、「いつ会える?」を催促するわけでもなく、どうしていいかわからない。島を出た時の覚悟とは裏腹に、土地勘のない場所に自分を放り出したことに、今更不安になったなんて恥ずかしかった。
欲を上手くハンドリングし、お姫様に夢の世界を与える世界を20年以上、自分のコントロール下に置いてきたのが春未だった。ホストクラブという虚空の箱の中では、凡人という素顔も出さなかった。いつか母が言っていた、どれが本当の顔かなんてまるで意味のないことだという言葉を擬えるように生きてきた。
意味のないことを、意味がないと言えないのがホストクラブだ。どこかに根拠を並べて、安心を売り、不幸話を買っては、倍にして夢を見せて、お客と自分の身を持たせる。客の話なんて情報としては自分の中にはまるで蓄積されない。一瞬の仕草と、顔色で脳の何処かから、前のカルテを引き出して繋ぐだけ。さも「ずっと君のことを考えていた」という風に。
それを繰り返し、ようやく身に付いてきたころ、絢は店にやって来て、僕に喧嘩を売った。ちょうど春の手前だったか、作家の先生と一緒に座っていたあの日の絢はまだ若かった。
「水をざるで掬うような接客で、夢を見させてお金をもらうなんて、それでもナンバーワンですか?」
返す言葉も無かった。その時一緒日に来ていた作家の名前はなんだったか、それすら思い出せないのに、絢のその言葉はずしりと重く、こうして今でも思い出す。
こう来たらこう返す。そのパターンの繰り返しで接客ができてきた頃だった。「この程度が金額に見合う妥当な接客だろう」というぬるさを見抜かれた。
日々、言葉と向き合っている絢は、横で気持ちよくなってハイになって「ここに来たからには、明日には書ける、明日の締め切りには間に合う」を繰り返す作家先生のずさんな約束と、その先生のハイに便乗してもう一本を上手く売ろうとする僕の接客を重ね合わせ、先生ではなく、僕に喧嘩をふっかけた。その日は上手く帰らせたが、それでも忘れられなかった。
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