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九十乙女




モニターMさん90歳お祝い


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 2000字以内にとご依頼いただきまして、A5冊子にまとめてお渡しいたしました。ありがとうございます。

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九十乙女(和歌山弁編)

 いつやったやろ……ケイタイをいらえるようになったわたしに拗ねて、ヒロさんが孫のことを悪く言うたさけ、「しばらく、みっちゃんの家に行く」って怒って出て行ったこと、あったわなぁ。今となっては、ええ笑い話やなぁ。

 四十九日前、喪主のこうは、ゆきと並んで、短く楽しく立派に、みんなぁの前でこんなえ言うたんやで。

「堅苦しい挨拶は無しにして、一言、挨拶させていただきます。じいは、寂しがり屋だったのか、春の彼岸、お大師様の日を選んで、あの世に旅立ちました。珍プレー、好プレー、いろいろとあったかとは思いますが、本当にみなさんに大切にしていただきました。今後とも、残された家族のことも、どうぞよろしくお願います」

 ヒロさんとの息子らやん。かえらしよぉ。わかりやすい言葉やったわぁ。みんなぁの頭の上に、しばらく「・・・・・・」が浮かんじゃぁったわぁ。おもしゃかっとぉ。みっちゃんはねぇ、それからしばらく泊まって傍にいてくれたんよぉ、かえらしやろぉ?

 二十二で嫁に来て、ハナお義母さんの教えの通りに、いつも三歩下がって、あんたについてまわっちゃぁった。たくさん旅行にも連れて行ってもろたわなぁ。外国にも何度か行ったしてなぁ。戦争中のこと思たら、考えられやんことやったわなぁ。

 もちろん、ええことばっかりちゃうでぇ、涙のんだ日ぃも、流した日ぃもあったんよぉ。知ってると思うさけ、もう何べんも言わんけどよぉ。そんな日ぃも、息子たちや孫が傍にいてくれたん。不思議とね、お互いに擦り合わせていないのに、わたしのことを励ますようにかわるがわる母屋に来てくれるんやで。

 こないだは、シロー君が、「ナンバークロス」という算数のパズルを買ってくれて、難しいけど、おばあちゃん、頑張ったんやして。とんちゃんも、あいさを見て、本を読み聞かせてくれんの。えっちゃんは相変わらず「かわいい、えっちゃん来たで」と言うし、かえらしわぁ。じいが大好きだった、あーちゃんも、ひ孫を連れて来てくれるし、大阪のみんなも元気そうやでぇ。

 「コロナ」とかいう目に見えないウイルスに、怖い怖いと言うてられやん。週二回のデイに行けば、友達に短歌も詠むんやで。

 短歌は、ハナさんが詠んじゃあって、お義姉さんにも誘われて始めたんやったわなぁ。ずっと続いている短歌の会も、横を見れば、おじいさんおばあさん。それも、コロナのことで途絶えちゃぁるけど、手ぇ押えもて、言葉を拾ろて、書き続けてるんやで。

 そやけど、ヒロさんの歌碑は建ちそうにないわなぁ。(とんちゃんのはあるかもしれへん)。でもよぉ、もうお寺にヒロさんの和歌、あんのやさけ、よかったやん。それから、ひらきの桜の山でも、一流の表現者さんが全員で、ヒロさんのために黙祷をしてくれたんやて。もったいないことやなぁ。うれしよぉ。

 わたし、今日、九十になったんやでぇ。字引引くんも、本読むんも、テレビを観るんも一苦労。ぼちぼちと続けちゃぁるで。眠たければ眠るし、お腹が空いたら食べんの。病院も、こうやちーさんが連れってくれるし。

 嬉しなぁ、ヒロさんの居てない今も、こうしてこの家のどこかで思い出に触れて、折々に家族といてるんやして。三歩下がっていても、もうヒロさんはおらんし、三歩下がっいた分、三歩出て、トントントンと毎日を生きちゃうよぉ。

 九十乙女やして。わたしはたのしく生きちゃぁるよ。


九十乙女、みーこです。(標準語編)                        


 いつだったか、ケイタイを扱えるようになったわたしの姿に拗ねて、ヒロさんが孫のことを悪く言ったので、「しばらく、みっちゃんの家に行く」と怒って出て行ったことがありましたね。今となっては、いい笑い話です。

 四十九日前、喪主のこうは、ゆきと並んで、短くも楽しく、立派に、みなさんの前でこう言ったんですよ。

「堅苦しい挨拶は無しにして、一言、挨拶させていただきます。じいは、寂しがり屋だったのか、春の彼岸、お大師様の日を選んで、あの世に旅立ちました。珍プレー、好プレー、いろいろとあったかとは思いますが、本当にみなさんに大切にしていただきました。今後とも、残された家族のことも、どうぞよろしくお願います」

 あなたとの息子たちです。誇りに思います。とてもわかりやすく、ユーモアを交えた言葉でした。みなさんの頭の上に、しばらく「・・・・・・」が浮かんでいるのが見えました。みっちゃんは、しばらく泊まってわたしの傍にいてくれました。

 二十二で嫁に来て、ハナお義母さんの教えの通りに、いつも三歩下がって、付いて回るようにあなたと過ごしてきました。たくさん旅行にも連れて行ってもらいましたね。外国にも何度か行きました。戦時中のことを思うと、とても考えられなかったことです。

 もちろん、良いことばかりではなく、涙をのんだ日も、流した日もありました。お分かりかと思いますので、もう言いませんよ。そんな時も、息子たちや孫が傍にいてくれました。不思議とね、お互いに擦り合わせていないのに、わたしのことを励ますようにかわるがわる母屋に来てくれるんですよ。

 先日は、シロー君が、「ナンバークロス」という算数のパズルを買ってくれて、難しいけど、おばあちゃん、頑張りましたよ。とんちゃんも、あいさを見て、本を読み聞かせてくれます。えっちゃんは相変わらず「かわいいえっちゃん来たで」と言って、可愛らしく入って来ます。じいが大好きだったあーちゃんも、ひ孫を連れて来てくれます。大阪のみんなも元気だそうですよ。

「コロナ」とかいう目に見えないウイルスに怖い怖いというばかりじゃなく、週二回のデイに行けば、友達に短歌も詠みます。

 短歌は、ハナさんが詠んでいて、お義姉さんにも誘われて始めたのでしたね。ずっと続いている短歌の会も、横を見れば、おじいさんおばあさんばかりです。それも、コロナのことで途絶えていますが、手を押さえながら、とつとつと言葉を拾い集め、書き続けています。ヒロさんの歌碑は建ちそうにないですが、もうお寺にヒロさんの和歌があるのですから、いいじゃあありませんか。それから、ひらきの桜の山でも、一流の表現者さん達全員が、あなたのために黙祷をしてくださったのです。もったいないことでございます。よかったですね。

 わたしは、今日、九十になりました。字引を引くのも、本を読むのも、テレビを観るのも一苦労です。けれども、ぼちぼちと続けています。眠たければ眠るし、お腹が空いたら食べます。病院も、こうやちえさんが連れってくれます。

 嬉しいじゃぁありませんか、ヒロさんの居ない今も、こうしてこの家のどこかで思い出に触れて、折々に家族と過ごすのも。

 三歩下がっていても、もうあなたはいません。三歩下がっていた分、三歩出て、トントントンとぼちぼち、毎日を過ごしていけたらと思います。

 九十乙女、みーこです。みーこはたのしく生きていまよ。



 【あとがき】

みーこ様、お誕生日おめでとうございます。

ヒロさんは、いつも元気で、はつらつと、背筋を真っ直ぐにしておられたと聞きました。今はまだ寂しく思うこともおありでしょうが、どうぞこれからも心身ともに大切に、長生きなさってください。

もしかしたら、お孫さんの中には、後に歌碑を建てられるほどの人物になる方も、おられるかもしれませんね。

香月にいな




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