人生最大、ときたら?
あれ? この募集、「著作権は〇〇」とか、「既発表作品は〜」とかって書かれてないぞ!
てことは、いいんだよね、いいよね?
ということで、
私は、とある800字の公募を公開することにしました。(と言ってもメンシプ記事内ですが)
テーマは「人生最大の〇〇」です。自己PR文も添えて、とありましたので、添えておきましょう!
とにかく締め切り順に仕上げています。次は既発表作品である永楽寺奉納作品のおとな童話「なないろのくに」の戯曲化(語り部調に)。そして文学フリマ用の作品まとめ、と1ヶ月に1本ペースで続きます。できるのか、わたし!
やるんでしょう! わたし! ね?
【 人生最大の名刺 】
生まれてはじめて、「責了」の欄にサインした。もう後には引けない。今までにはない単位で、それが大量に複製される。これほど怖いことはなかった。
好きで書き続けたもの。それが出版されるのだ。
――連載していたものの方が『小説らしい小説』です
原稿を持ち込んだ当初、担当Iさんの評価はそうだった。友人の作家も同じようなことを言った。「初めての全国出版なのに、集大成として晩年に出した本みたいだ」と。
コロナに罹患した折、発熱し、朦朧とした中での究極の選択。それが「やっぱり、どうせ死ぬなら、好きなものを出版したい」だった。
やっぱり、というのは、ずっと迷っていたからである。本当にそうしたいのか、と。
Z I N Eでもいい、ネットでもいい、それでも伝えることはできる。出版社を通して全国に出したいと思ったのは、箔をつけたかっただけなのだろうか。
連載担当していたもののターゲットは、当然、紙面読者層。その色に添わせるという意図が働く。それとは別に、自分なりの「好きの一滴」をこの世に遺しておきたいと強く願った。
文章としての評価が低かったそれは、自分が好きでコツコツと書き、発表し続けた連作だった。読者さんからは「面白い世界観」と好評だった。
ファンの方も、私も、好きなもの。
それを少しでも良いものにして届けたかった。原稿を持ち込んでから9割を書き直し、カバーデザインや帯文を含め、思い通りのカタチで仕上げ、最後までこだわりぬいた。
これが、私の名刺となるように。好きで描いていた世界が、次に繋がるように。
出版後もなお、自著は私に問いかけて来る。
なぜ、これを遺したいと思ったのか、と。
「わたし」というものを、もう一度「わたし」というフィルターにかけ、フィクションに翻訳した作品。生きてきた証であり、ベストアルバム。そして、これからの道標。
完成後、いち読者となった私はそれを「人生最大の名刺」だと思った。
【とあるP R】
好きなひと、こと、もの、を書くことにおいては、どこまでもまっしぐら! 香月にいなです。
地元和歌山から、ゲラ段階では主人公の名前をT A K U R Oにしがちな小説や、ひとのR Eスタートにフォーカスを当てる「#ヒトR Eライト」というライティングジャンルも発信しています。
是非とも、そのレポートを書きたいです!
高校時代、そう、幕張メッセで10万人ライブがあった頃、先ず友人が、G L A Y熱に侵されました。その熱が私に伝わり、私のG L A Yファン歴はスタートしました。「ふーん」から「すごぉぉぉぉぉぉぉい!」になるまで、そう時間はかからなかったです。私や友人のように、青春時代をG L A Yとともに過ごし、そのまま、共に成長してきたファンの方々(バディ)もたくさんいらっしゃることでしょう。
正直に申し上げますと、昔の私はまさに「興味の対象なんて恋愛相手の好みによっても変わる移ろいやすいもの」でした。G L A Y にどハマりして、音楽雑誌も読み、バックナンバーのアルバムまで買い揃えたのち、友人と進路が異なった直後、G L A Y(T A K U R O)ゾッコンラブを休憩。いろんなアーティストさんのライブを楽しむ(楽しめる)ようになりました。そういう点で、成長した今の私なら、冷静さ兼ね備えた面白いレポートが書けると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
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