小学3年生の甥っ子を子ども扱いせず、一人の人間として育もうとする妹流子育て
「悩みと言うほどでもないんだけどね。」
そう言って、先日妹が小学3年生になる息子(私にとっては甥っ子)の話をしてくれた。
甥っ子は今通っている習い事のうちの一つに対して、どうも後ろ向きなのだと言う。
行ってしまえば、それなりに楽しんでいるようなのだけど、甥っ子を苦しめているのは、大量に出される宿題のようだ。
宿題=やる/やらない、という判断は存在せず、やることが当たり前であるもの。
妹自身が幼少期、そのように疑いもせずに捉えていた「宿題」というものに、今、目の前で息子が苦しんでいる様子を見て、その感覚がなく育った自分には、理解できないのだと言う。
宿題をしっかりすれば、授業のスタートラインにも立てるし、遅れることなく周囲についていける。
また、分からないことが分かるようになったり、知らなかったことを知る、というプロセスは、とても面白い体験だろうし、その楽しさを味わって欲しいそうだ。
一方で、嫌だ嫌だと、時に涙を流しながら、その宿題に取り組む姿を見ていると、そんなにまでしてやらせることなのだろうか…と、胸を痛ませているようだ。
そこで、「続けるのもOKだし、ここでやめてもいいよ。自分で決めていいんだよ。」と息子に伝えたその時の返事は「やる」だったようで。
でも、やっぱり苦しむ様子は相変わらずで。
どうしたものか、と思っているとのことだった。
そんなやりとりを聞き、妹と「選択」の話になった。
彼は今、目の前に、やる/やらないのカードを見せられて、どちらを選んでもいい。あなたが決めていい。
と言われている。
選択権はあなたにあるよ、と。
とても息子を尊重しているように思える。
だけども、おそらく、息子は選択する際の判断の軸(基準/決め手)がまだ分からないでいるのだ。
何となく母から伝わってくる雰囲気やメッセージから「続ける」カードを選んだ方が、正しそうだ、というくらいにしか思えないでいるのだろう。
でも、それは十分納得して選んだ答えじゃない可能性もあるかもね、と。
だったら、その習い事を
・続けた場合の、メリット/デメリット
・ここでやめた場合の、メリット/デメリット
それぞれを出して伝えてみたらいいんじゃないかな、と妹に伝えたら。
妹は、そのステップ自体を、息子と一緒に取り組んでみたい、と言った。
そして、その時に出した答えがどちらであろうと、その答えを尊重して、応援してあげたい、とも。
それを聞いて、とても素敵だな、と思った。
息子からすると、そんなお母さんって、どんな風に映るもんかね?
と尋ねると。
「そうだね。子ども扱いせずに、一人の人間として見てくれてる、って思ってもらえるんじゃないかな。きっとそれが分かる子だと思う。」と。
うんうん、そんな母ちゃん、カッコいいよね。
思わず私もうなずいた。
その夜、お土産で持って行ったチョコレートケーキをほおばる満面の笑みの甥っ子の写真に彼のメッセージが添えられ、LINEで届いた。
本当に彼が大好きだ。
きっと、この先の人生も、大なり小なり色んな選択が彼の前に現れると思う。だけど、彼が彼の意思で選ぶ答えを私も応援したい。この先もずーっと。
そして、それを見守る妹、そして旦那さんのことも、応援したい。
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