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【観戦記】人生初の「七帝柔道」観戦! 小説『七帝柔道記Ⅱ』担当編集が見た、35年後の七帝戦

35年後の名古屋も熱かった!

 北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学――いわゆる旧七帝大だけで戦われる、戦前から伝わる寝技中心の柔道「七帝柔道」。それをするためだけに、二浪の末に北大に進学した主人公・増田青年の青春を描く自伝的小説『七帝柔道記』は、その圧倒的な熱量が各界で大反響を呼び、先日11年ぶりとなる続編も刊行された。
 主人公たちが目指すのは、旧七帝大同士で競う大会「七帝戦」での優勝。続編『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』では1989年、名古屋で開催された七帝戦を舞台に、熱い激闘が繰り広げられる。
 それから35年の年月が流れ、今年も七帝戦の季節がやってきた! 35年前と同じく名古屋に集った七帝戦士たちの戦いを観るべく、編集担当は著者の増田俊也さんとともに会場である愛知県武道館を訪れた。

はじめに

 当時の試合映像などで勉強していたものの、七帝戦を生で観戦するのは今回が初めて。期待に胸が躍る一方、実は大会の一週間ほど前に「七帝柔道記」シリーズの著者・増田俊也さんとお電話した際、「もしかすると退屈かもしれませんよ」と言われていた。七帝柔道はよく知られる柔道、いわゆる講道館柔道と異なり、投げずにいきなり寝技に引き込むことが許されている。それゆえ、寝技中心となるため、素人からするとどうしても地味に見えてしまうのである。また、七帝戦は15人vs15人の団体戦で、勝ち残った者が次の相手と戦ういわゆる「勝ち抜き勝負」であるため、選手はあらかじめ「分け役」と「抜き役」に分けられる。分け役が確実に引き分け、抜き役がどこかで勝ち抜き、チームとしての勝利を目指すのだ。そのため分け役は、とにかく相手にしがみつき、足を絡ませ、必死に引き分けを狙いに行く。豪快な投げ技の一本を期待して観に行くと「あれ?」となるかもしれない。
 しかし結果的に、初めて観る七帝柔道はとても面白かった。

試合前、15人同士がずらりと並ぶ。撮影:編集部

永遠のような8分間

 なるほど、確かに寝技の柔道である。『七帝柔道記』ではたびたび「ごろごろ」という表現が用いられるが、この表現が非常にしっくりくる。この柔道は、まさに「ごろごろ」上になったり下になったりしながら戦われる。トーナメント戦は、二つの試合場で同時に試合が行われるのだが、素人目にはどちらの試合場もほぼ同じ光景に見える。右を見ても左を見ても、若者たちが必死の形相で、ごろごろと転がっている。
 面白いのは、片方が猛烈に攻めていても、制限時間となり試合が終わった時には、攻められていた側の陣営が歓声をあげ、逆に攻めていた側が肩を落とすという不思議な現象が見られることだ。抜き役の猛攻に耐え抜いた分け役たちは、拍手のもと仲間たちに迎えられる。
 しかし、一方的に攻め続けられる分け役にとって、6分という試合時間はとにかく長い。それが副将戦、大将戦ともなると、8分になるのだ。

「あと二つ!」
 両陣営のタイムキーパーが声をあげた。
 まだ二分もあるのか。守っている大森には二時間にも三時間にも感じられるだろう。

『七帝柔道記Ⅱ』p.431

 まだ〇分もあるのか――これは観戦しながら何度も思った。本当に、本当に長いのだ。後頭部を相手の膝で押さえつけられながらも懸命に首を守る姿に、こちらまで息が苦しくなるが、時計は遅々として進まない。戦っている本人は、この何十倍にも感じることだろう。しかし誰一人として、途中で諦める者はいない。抜かれるにしても、少しでも相手を疲弊させなければならないからだ。

「いいか。もし創さんに抜かれるとしても少しでも疲れさせろ。そいつが抜かれたら次のやつがもっと疲れさせろ。そいつも抜かれたらその次のやつがもっともっと疲れさせろ。後ろへ繫げ。総力をあげて創さんを止めるんだ。チームワークでは北大が上だと信じるんだ。この一年やってきた練習量を信じろ」

『七帝柔道記Ⅱ』p.376

 一方、相手の抜き役も、最後の1秒まで徹底して攻めてくる。もちろん彼らも必死だ。小説では、抜き役だった増田青年の試合中の心境が事細かに書かれているが、分け役と抜き役、互いの気持ちを想像しながら観戦すると、一見地味な試合も見え方が変わる。
 一つ目に引用したシーンでは、北大の三年目で「置き大将」(チーム内で実力の劣る選手を大将に配置し、その前までで勝負を決めてしまうという作戦)の大森一郎が、抜き役である東北大の大将を相手に必死で分けにいく。何度抑え込まれても決して諦めないその姿に涙がこぼれるが、本大会でもそんな熱い場面を各所で見ることが出来た。

とにかく寝技の攻防が続く。撮影:編集部

ずっと練習してきましたよ!

 試合開始直前、ホワイトボードに試合のオーダーが貼られていく。選手たちはそれを真剣な表情で見守る。自分が誰と当たるかが決まる、運命の瞬間だ。
 緊張の面持ちでホワイトボードの前を離れる下級生らしき選手の両肩を、上級生が後ろからやってきて、がしっと摑んだ。笑顔で声をかける。下級生は目を閉じて頷く。何を言っているか、こちらまでは聞こえないが、私は『七帝柔道記』のこの場面を思い出していた。増田青年が初めての七帝戦に挑む場面だ。

 緊張して出番を待っていると、後ろから腰を叩かれた。振り返ると金澤さんだった。金澤さんは黙って私の腕をつかみ、会場の後ろの方まで引っ張っていった。
「増田。おまえ、俺たちのために死ねるか」
 金澤さんが振り向き、静かに言った。
「…………?」
「この試合で負けたら、俺たち四年目にとって最後の試合になる。でも、勝てば敗者復活の道もまだ残される。だからどうしても勝ちたい。わかるな」
「はい……」
 私は言ったが、自信はなかった。
「だったら死ぬ気でいけ。死ぬ気でいけば分けられる」
 金澤さんはじっと私の眼を見ていた。

『七帝柔道記』p.293~294

 当然ながら、私は彼ら二人の関係を知る由もないが、増田青年と金澤さんのようなドラマがあるのかもしれない。表情やちょっとした仕草を見ながら、彼らの物語に思いを馳せるだけで楽しい。
 また、試合中にも、仲間たちからの声が飛び交う。
「その形良いぞ」「焦らなくて良い、無理にいくなよ」
 そんな中、ある声援が胸に刺さった。
「ずっと練習してきましたよ! それ」
 きっと彼らも「七帝柔道記」シリーズの登場人物たち同様、途方もない数の乱取りをしてきたのだろう。辛くて逃げ出したいと思ったことも、一度や二度ではなかったはずだ。それでも、ずっと練習してきたのだ。ずっとずっと、練習してきたのだ。戦っている選手は四年生だった。その四年間の練習の成果が、この6分間にすべて集約される。きっと、一生忘れられない6分間になる。
 分け役の彼はしっかりと役目を果たし、自陣営に戻っていった。その誇らしげな背中に、胸が熱くなった。

肩を組み歌う「都ぞ弥生」

 決勝のカードは、北大vs九大に決まった。実は両校は一回戦ですでに一度戦っており、北大が二人残しで勝利していた。その後、東大を破り決勝進出を決めた北大に対し、九大は敗者復活戦を勝ち上がり、ついに決勝への切符を手に入れたのだ。二日間で五試合を戦い這い上がってきた九大を応援したい気持ちもありつつ、やはり増田青年の後輩たちである北大贔屓で観てしまうのは仕方ないだろう。
 そうして幕を開けた決勝戦。序盤は引き分けが続くも、六鋒戦で北大が一人リード。これを守りたい北大だったが、三将に置かれた九大の主将がSRT(スーパーローリングサンダー)で抜き返し、振り出しに戻す。次に出てきた北大の三将は、すぐに寝技に引き込んで、守りに徹して手堅く引き分ける。ここを止められたのはかなり大きい。後から聞けば、彼は四年目で本来は抜き役。自身の最後の七帝戦だったが、次に控えるエースの後輩を信じ、しっかりとバトンを繫いだということだろう。
 それを受けとった副将の三年目が、期待に応えて二人抜き、見事、北大が三連覇を決めた。
 観客席で拍手をしながら、『七帝柔道記Ⅱ』のある場面を思い出していた。抜き役としては主人公たちよりも弱い、一つ上の学年の後藤さんが、東北大戦で増田青年にこう言うのだ。

「攻めることにかけちゃあおまえらにかなわない。でも分けることにかけちゃ俺のほうが上だ。絶対に分けなきゃいけないっていうこの場面、今日のこういう場面を俺は待ってたんだ。(中略)五年間、カメばっかりやって分け役やってきた意地がある。任せてくれ。その代わりおまえ、輿水取れよ」
(中略)人のために身を捨てる分け役の凄みを改めて教えられた。

『七帝柔道記Ⅱ』p.418

 あれから35年、増田青年たちが憧れ続けた七帝戦の決勝戦。これぞチームワーク、これぞ七帝戦、というのを見せられた、素晴らしい試合だった。
 北大の勝利が決まったときの光景は忘れられない。抑え込み30秒のブザーが鳴った瞬間、皆飛び上がり、抱き合って喜んだ。互いに礼を終えると、現役とOBが一緒になって肩を組み、「七帝柔道記」シリーズでもおなじみの寮歌「都ぞ弥生」を歌う。観客席からも歌声が聞こえた。満足のいく試合が出来た者ばかりではないだろう。それでも皆、チームの勝利に心から嬉しそうだった。

現役もOBも肩を組んで歌う。右手前でそれを撮影するのは増田俊也さん。 撮影:編集部

最後に

 大会が終わった後、一緒に試合を観戦していた増田さんに、この日の感想を聞いてみた。

「コロナの影響で部員が減り、少し技術的に落ちているのではと危惧していましたがそんなことはなく素晴らしい技術合戦を見せてくれました。何よりよかったのは大学から始めた選手が増えていたこと。6割くらいはそうだったと思う。この寝技中心の柔道では経験者か未経験者かは関係なく強くなれます。『七帝柔道記Ⅱ』に出てくるゴトマツ君なんかも大学から始めて北大最強の選手となって戦った。中井祐樹も白帯で入部して北大最強になった。ゴトマツなんて柔道経験どころかスポーツ経験ゼロですからね。大学入学までは受験勉強に一生懸命でスポーツしたことがない人も、大学で柔道のエースとなって自分の人生を変えることができます。ぜひ未経験者もたくさん入部してほしいですね」

 ここで優勝したからと言って、プロになれるわけではない。規模で言えば、七校だけの小さな大会だ。それでも、勝って喜ぶ彼らの笑顔を見れば、あるいは、負けて流す涙を見れば、どんなスポーツの大会にも勝るとも劣らない、熱く滾るようなエネルギーをもらえることだろう。
 七帝戦は各校の持ち回りで、来年は札幌で開催される。「七帝柔道記」ファンはもちろん、学生たちの熱き戦いに興味を持たれた方は、是非とも足を運んでみてほしい。


「七帝柔道記」シリーズの試し読みはこちらから

▼ 七帝柔道記

▼ 七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり


書誌情報

書名:七帝柔道記II 立てる我が部ぞ力あり
漫画: 増田俊也
発売日:2024年03月18日
ISBNコード:9784041139424
定価:2,200円(本体2,000円+税)
総ページ数:488ページ
体裁:四六判
発行:KADOKAWA

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