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【試し読み】関かおる『みずもかえでも』冒頭特別公開!

「第15回 小説 野性時代 新人賞」「第44回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞」受賞3作品が、2024年9月28日(土)に同時発売!

本記事では「第15回 小説 野性時代 新人賞」受賞作『みずもかえでも』(著:関かおる)の試し読みを特別公開!
物語の冒頭をどうぞお楽しみください。

あらすじ

落語好きの父に連れられ寄席に通うなか「演芸写真家」という仕事を知った宮本繭生は、真嶋光一に弟子入りを願い出る。「遅刻をしないこと」「演者に許可なく写真を撮らないこと」を条件に許可されるが、ある日、繭生は高まる衝動を抑えきれず、落語家・楓家みず帆の高座中にシャッターを切ってしまう。繭生は約束を破ったことを隠したまま演芸写真家の道を諦める。それから4年、ウェディングフォトスタジオに勤務する繭生のもとに現れたのは、あのみず帆だった……。


『みずもかえでも』試し読み


「――なにぬかしやがんでえ、この丸太ん棒めッ!」
 高座のうえで、火を打つ石のように声がはじけた。
「――てめえなんか血も涙も目も鼻も口もねェ、ぺらっぺらののっぺらぼうだから、丸太ん棒ってんだ!」
 相手を殴りつけるようにしてたんを切る落語家を、まゆは舞台袖から食い入るように見つめる。照明を浴びる高座は、真っ暗な舞台袖とは反対に、目が痛むほどまぶしい。
「――ほうすけ、藤十郎、ちんけいとう、株っかじりの芋っぽりめ! てめえごときに頭下げるようなおあにいさんとおあにいさんの出来がすこーしばかり違うんでえっ」
 袖の暗がりに向かって、繭生は腕を伸ばす。そこには、影と同じ色をしたカメラが置き去りにされていた。
「――だいたいてめえの運が向いたのは、六兵衛が死んだからでえ! そこにいんのは、もとはといやあ六兵衛の女房かかあだったんじゃねえかっ」
 持ち上げたカメラは重く、冷たい。ボディに触れる自分の指が、異常なくらいに熱いせいかもしれなかった。まばゆい高座に向かって、繭生はレンズをかかげる。
「――ひとりなのをこれ幸いと、おかみさん水みましょう、芋洗いましょう、まき割りましょうって、ずるずるべったりにゆうと入り込みやがったんだ。その時分のこたァよおく知ってらあ!」
 ほこりっぽい長屋、とうりようの乱れたさかやき、鼻の頭に光る汗の粒、こぶしに浮かぶ血管。落語は言葉ではなく絵の連続だ。十五歳のあの日、繭生はそのことを理解した。
 落語家の怒声が胸を打つたび、ぱちっ、ぱちっ、と火花が散る。
 撮らなければ、と、つよく思った。
 レンズにうつる高座のエネルギーが、高まり、張り詰め、はじけるその一瞬を。
「――こうなりゃ意地でも引かねえやッ。白黒はっきりつけようじゃねえか。そら、奉行屋敷へ駆け込んでやる、行くぞ行くぞッ」
 青い空に、汗がはじけて、風が吹く。
 写真には、後も先もなく、今だけがある。
「――てめえなんざ、人間の皮ぁかぶった、畜生でェ!」
 繭生は、シャッターボタンを押した。

 かしゃん。

「は――」
 落語家の声が、束の間、とぎれた。
「――腹が立ったら文句を言うもんだ、おまえもなんか言ってやれえっ」
 それは、まばたきにも満たないれつだった。次の瞬間には、なにごともなかったかのように長屋の風景が再び現れた。観客はなにも気が付かない。けれど繭生には、その亀裂が永遠のように感じられた。
 私は、今、なにをした?
 全身の血の気が引いて、背中からどっと汗が吹き出す。心臓がバクバクと鳴り出して、ぜんぶの音をかき消していく。カメラを握る手に冷や汗がにじみ、ファインダーから顔をあげたとたん目の前がぐにゃっと暗くゆがんだ。四肢は一気に熱を失い、その温度差に吐き気がしてくる。
 ひとつながりに高まっていく怒りの感情が、あの一瞬、途切れた。繭生のシャッターの音が、断ち切った。
「――やいっ、大家さん、じゃねえや、大家あ!」
 高座は明るすぎて、もう直視することができなかった。太陽を見てしまったときのように、緑や紫の点が視界の隅々にあらわれている。酸素が足りない。ぐらぐらする視界のなかで、自分のあやまちだけが、はっきりと眼前に突きつけられていた。
 私は、シャッターを切った。あのひととの約束を、破った。
「――ここでお時間がきたようです。『だい調べ』の中程で失礼いたします……」
 割れんばかりの拍手が聞こえた。高座をおりてまっすぐに袖へと戻ってくる落語家と、正面から視線がぶつかる。
 一重の瞳は怒りに満ちていた。高座で胸を打った火とおなじくらいに激しく、でもそれは落語のなかの感情ではなく、現実の繭生に向かって真っ直ぐに注がれていた。
 ――かしゃん。
 自分が切ったシャッターの音が、耳の奥によみがえる。あの瞬間にとらえた高座の熱が、今度は激しい痛みとなって胸を焼く。落語家の瞳は、繭生を生きたままあぶっていた。
 たった一枚の写真が、これほどの痛みを与えうることを、その時はじめて、知った。
 秋の冷たい空気が、袖の暗がりをい上がる。震える手から、カメラがことんと床に落ちた。その音は、おおきな拍手にかき消されて、だれにも聞こえることはなかった。



 シャッターボタンを押すたびに、バシャンバシャンとストロボが光る。
「首をすこし右に傾けていただけますか? はい、完璧です、そのまま視線だけレンズにくださーい」
 目の前には、赤いじゆうたんの敷かれた大階段。その中央で、被写体が指示通りに首を傾ける。パパパパと連写して、「ほんとうにおきれいです」と声をかけると、純白のドレスを着た花嫁は、ほっとしたように表情をゆるませた。
 繭生は、さらに何十回かシャッターを切って、ファインダーから顔をあげた。
「一度、お写真確認されますか?」
「はーい」
 花嫁が、花婿の手をとり階段を下りてくる。その後ろでスタッフが長いすそをさばいているあいだ、繭生はアシスタントのみねに視線を送った。伸び切った髪はプリン化して、耳のあたりで黒と金に分かれている。百八十を超える長身の小峯は、ぼーっとモニタを見つめたまま繭生に気が付く気配がない。
「小峯くん」
 小声で呼びかけると、小峯はようやく顔をあげた。
「タブレット、持ってきてくれる」
 小峯は「っす」と返事をして、機材のコンテナからタブレットを取り出して渡した。しかし写真が同期されるはずのアプリがそもそも立ち上がっていない。繭生は無表情でたたずむ後輩をためらいがちに見上げた。
「あのこれ、お写真を確認していただくためのタブレットだから、前もって起動しておいてもらえると助かるんだけど……」
「あ」
 小峯は小さく舌打ちして、「いや言われないとわかんないんで」とぶつぶつつぶやいた。何度も教えたでしょ、と文句を言いたくなるが、仏頂面の小峯に指摘する度胸がない。
「あの、次からは気をつけてね」
 繭生が言うと、小峯はもごもご口を動かし、いっそう不機嫌そうに「っす」と了承なのかなんなのかわからない返事をした。気づけば花嫁たちは目と鼻の先にいて、慌てて可動式のモニタをガラガラと引き寄せる。新郎新婦が画面をのぞきこんで、「わー!」と歓声をあげた。
「すごい、自分じゃないみたい」
 満足げに画面を見るふたりの表情を見て、繭生はほっと胸をでおろす。
「あの」花嫁が楽しそうに顔をあげた。
「次の赤いドレスも、大階段で撮れませんか?」
 繭生の頭のなかを、今日の撮影スケジュールがかけぬける。ウェディングドレスで、チャペルと大階段の二カット。赤いドレスに着替えて、バルコニーと宴会場の二カット。時間的には大幅に巻いているので問題なし、しかし本来は当日の変更は承ることができない。
「プランナーに確認してみますね。少々お待ちください」
 背後にいたホテルのプランナーに駆け寄って事情を話すと、どことなくいやそうな顔をされた。
「ブッキングがなければ大丈夫ですけど、なんでも融通がきくわけじゃないですからね」
「はい、すみません」
 こっちだって、お客様の要望を確認もせず断るわけにはいかないから聞いているだけだ。プランナーはすぐに戻ってきて、「スケジュール大丈夫でした」と答えた。けっきょくいいんじゃん、と心のなかでため息をつき、繭生は「ありがとうございます」と頭を下げて花嫁のもとへ戻る。
「大階段での撮影、大丈夫でした。では、さきにお着替えいただいて、こちらで撮影、それから予定通りバルコニーに移動しましょうか」
「そうですね、お願いします。わざわざすみません」
「とんでもありません。今日はおふたりのための一日ですから」
 繭生がほほえむと、やったあ、と花嫁は頰をゆるめた。
「あと、私、左向きの顔の方がきれいに写ると思ってて……ね?」
 同意を求められた花婿は「えー、どっちもきれいだけど」と首をかしげる。いやぜんぜん違うって! と花嫁は照れたようすでその肩を叩いた。
「なので、できれば左向きを中心に撮ってもらいたくて……」
「承知しました」
 繭生は口角をあげてうなずいた。花嫁と花婿がフィッティングルームへと消えていくのを見送る。お色直しが終わるまで、一時的に機材を撤去して、スタッフルームで待機することになった。
「赤いドレスであの大階段って」
 機材をかついで廊下を歩きながら、小峯がとつぜんしやべった。
「ドレスと背景が同化しちゃいませんか」
「え、そうかな」
「巨大な赤い物体から、デコルテから上だけにょきって生えてるかんじになっちゃいそうじゃないすか」
 なにを言っているんだろうと思いつつ、想像してみるとたしかにおかしい。
「肩幅が大きすぎて顔が小さすぎる漫画のキャラみたいな?」
「いやそれはよく分かんないすけど」
 小峯はぶつぶつと言葉を続けた。「あと、あの赤いドレスって、裾マーメイドですよね。フレアなら階段に映えるけど、あのドレスだとあんまり写りがよくないと思うんすけど」
 タブレットは扱えないくせに、細かいところはよく覚えているものだ。長いドレスの裾が扇のようにふわりと広がる姿は、階段写真のいちばんの見せ所。小峯の言う通り、マーメイドだとそれができない。
「どうせ赤いドレスでカット増やすなら、大階段じゃなくてロビーとか噴水とかにした方がよくないですか? 白っぽい背景ならドレスが映えるし。今から場所変えた方がよくないすか」
「いやいや、それは無理だよ」
 早口でまくしたてる小峯を、繭生は慌てて遮った。
「ただでさえ当日の変更はいやがられるんだから」
「だれにすか?」
「プランナーさん」
「それ撮影に関係なくないすか」
「いっしょに仕事をしてるひとだよ。関係おおありだよ」
 むしろ、撮影を円滑に進めるためには必要不可欠な存在だ。ロケーションの追加にかかる料金だって、プランナーからお客様に説明する。お互いが気持ちよく仕事をするために、わがままは極力避けなければならない。小峯は納得しかねるようすで、プリン頭をかいた。
「そうっすけど、写りが悪いじゃないすか、って話をしてんすよ」
 いらったような口調に、心臓がどきりとする。ふた月前、アルバイトとして入ってきた小峯は、むっつりしているかと思いきやこうして時おり意見を喋り出す。年齢は四つ下だが、そのぶっきらぼうな口調が繭生はとても苦手だった。お客様の前で言わないだけ、まだマシだと思うべきなのだろうか。繭生はおずおずと口を開いた。
「でも、そもそも、赤いドレスと大階段は、お客様のご希望だよ。与えられた条件で、いい写真を撮るのが私たちの仕事なんじゃないかな」
 地下一階にくだり、通用口の扉を開ける。ホテルの従業員が慌ただしく行き来する廊下を、なるべく邪魔にならないように進んでいく。ようやく黙ったかと思った小峯が、また口を開いた。
「でも、提案はできるじゃないすか。写真をよりよくするための」
「うーん、わざわざ他のロケーションを提案する必要はないと思うな。当日の変更はふつうできないし」
「肩幅大きすぎてもですか」
「そうはならないように撮るよ」
 小峯はあからさまに不機嫌そうな顔で繭生をにらんだ。
「でも、一生に一度の写真ですよね。こっちがベストな提案をしないでどうするんですか」
 意外とロマンチストなんだな、と繭生は思った。ウェディングフォトスタジオに入ってふた月も経ったのに、この仕事のなにを見てきたんだろう。
「ベストなのは、お客様の希望にそのまま寄り添うことじゃないかな」
 繭生は前を見たまま答えた。「一生に一度だからこそ、撮影でトラブルを起こしたら嫌な記憶として残ってしまう。それを回避するのが、私たちがなにより気をつけなければいけないことだよ」
 この仕事はテーマパークのキャストに似ている。私たちは、特別な日を、最高の気持ちで過ごしてもらうための脇役なのだ。
「いい写真を撮るより、トラブル回避っすか」
 小峯が低い声で尋ねる。その威圧感にされそうになりながら、繭生は小さい声で「うん」と答えた。
「小峯くんもそのうち分かるよ」
 おつかれさまです、と声をかけてスタッフルームの中へ入る。椅子はあいていたが、機材も多いので壁際に荷物をよせて床に座った。提携先とはいえ外部のカメラマンである繭生たちは、従業員のようにはくつろげない。
 音を立てないように、繭生は長く息を吐き出す。『いい写真』の基準はひとによって違う。ならば、繭生の意見ではなく、花嫁や花婿の意見が採用されるべきだ、と思うのは当然のことだ。
 専門学校を出て、ウェディングフォトスタジオに就職して四年目になる。特別な一日のために、ドレスやメイク、ロケーションなど、こちらがこたえなければならない要望は数えきれないほどあって、自分の意見がはいりこむ余地はない。小峯はそれを窮屈に思うのかもしれないが、そのことは、繭生にとって好都合だった。
 言われたとおりにシャッターを切っていればお金がもらえる。トラブル回避をつねに心がけているから、客からも、スタジオの上司や同僚からも、悪くない評価を得ている。やめる理由は当然ない。
 そうして繭生は、自分が投げ打ったものを、何万枚ものウェディングフォトで上書きしていた。
 やがて、準備ができたとインカムが入った。床に置いた機材を持ち上げる。カメラのストラップがずっしり肩に食い込んで、痛かった。

 フォトスタジオ『ポラリス』の事務所に戻ったのは、午後八時すぎだった。データの取り込みとバックアップを小峯に任せ、メールボックスを確認すると、プランナーの一人からメールが届いていた。ホテル『すいれいえん』のそのだ。
 『次回の打ち合わせについて』というタイトルをクリックして、内容に目を通す。次回のクライアントは、和装での前撮りを希望していること。衣装は持ち込みで、その雰囲気にあったロケーションを提案してほしいこと、などが書いてあった。花婿が着る黒い紋付はかまと、花嫁の母親のものだというしろの写真が、メールには添付されていた。
 白無垢のなかにも、ポイントで朱や金が使われるものもあるが、今回はいさぎよい純白だった。半襟からうちかけ、帯締めまで、雪原のようにどこまでも白い。どのロケーションを選んでも色がかぶることがないので、プランを組み立てるのが楽だった。黒い紋付も、とくに気にしなければならない配色はなさそうだ。前回の『水嶺苑』での撮影プランを複製して、白無垢にあうようにちょこちょこと変更する。作業はすぐに終わった。
「コーヒー飲む?」
 小峯に声をかけると、画面から顔をあげずに「っす」と返事をした。たぶん、お願いしますのす、だろう。
 立ち上がり、給湯室でお湯をわかす。ちらりとスマホを見ると、父から『宅配送ったから今日着くと思う元気』とメッセージが来ていた。めずらしい。『帰ったら見てみる。つかれた。ありがとー』と打ちかけて、つかれた、の部分を『元気』に変えて送った。紙コップを出して、インスタントコーヒーに湯をそそぐ。小峯はいつもブラック。繭生はミルクだけ入れる。
 濃い色のコーヒーにミルクを落とすと、表面にぐるぐるとマーブル模様ができた。混ざり切らずに浮かぶ白が、蛍光灯を反射して光る。
「はい、どうぞ」
「あざす」
 肩越しに小峯のデスクトップが目に入る。選別された写真が左側に、撮影したすべての写真が右側にずらりと並んでいた。繭生は一瞬、かたまった。
「えっと、あの」
 なんすか、と言いたげに小峯が目だけで繭生を見る。
「今日の花嫁さん、左向きをご希望だから、そっちを中心に選んでもらえるかな」
 繭生の見る限り、小峯が選別したサムネイルは、ほぼすべて花嫁が右を向いている。もしかしたら、希望の向きを勘違いしているのかもしれない。しかし小峯はすこしも悪びれることなく言った。
「いや、でも、この人の利き顔左っすよね」
 かちかちっとマウスを動かし、小峯が写真を拡大する。白いドレスを着た花嫁が、花婿と向かい合ってほほえんでいる写真。これが右、これが左、と小峯が表示を切り替える。
「うーん」
 繭生は紙コップをかるくにぎり、もごもごと言った。「でもそれは小峯くんの意見であって、ご本人が左向きというなら、左向きが正解だと思う」
「は? じゃあみやもとさんはどう思うんすか」
 小峯に睨まれて、繭生は言葉につまった。たしかに右向きのほうが、輪郭がすっきりとして、表情が生き生きして見える。でもここでは、小峯や繭生の意見は関係ない。
「左の方がいいと思う」
 繭生は目をらし、自分の席へと体を向けた。
「もうちょっと、自分だけじゃなくて、お客様のことを考えてほしいかも。これは、そういう仕事だからね」
 小峯は隠しもせずに舌打ちをして、かちかちマウスを操作しながら画面に視線を戻した。繭生は腹のなかのもやもやしたものをだああ、と吐き出したい衝動をぐっとこらえてコーヒーをすする。
 小峯には、ほかにも言いたいことがある。ファイルの保存名はいまだにテンプレート通りじゃないし、納品のカット数が200と決まっているのに多かったり少なかったりするし、機材の確認が雑でたまに三脚が足りなかったりする。そもそもあのプリン頭をどうにかしてほしい。主な現場はホテルだから、髪を暗色にするのは暗黙のおきてだ。でもこのスタジオ自体は髪色自由でアルバイトを募集しているから、上司も強制はできないまま今に至る。
 そして繭生も、このもやもやを小峯に伝えることができなくてもどかしい。被写体とのトラブルを回避するように、後輩とだってめたくはなかった。とくに小峯からはただでさえ嫌われているのに、これ以上関係を悪化させたくない。
「次の打ち合わせのメール、転送しておくね」
 繭生はつとめてやわらかい声で言った。小峯はちらりと繭生を見て、「っす」と息を吐いた。
 返事だって、もっとめいりように、愛想よくしてほしい。みんなそうしているのに、小峯だけどうしてそんなに自由なんだろう。紙コップの中身は、いつのまにかきれいなカフェオレ色になっていた。繭生が溶けてしまったミルクだとすれば、小峯はたぶん、ずっと混ざらずに漂うことができるんだろう。繭生は、それが憎たらしくもあり、うらやましくもあった。
 まだ熱いカフェオレを一気に飲み干すと、喉の奥がひりひりした。

(気になる続きは、ぜひ本書でお楽しみください)


書誌情報

書名:みずもかえでも
著者:関 かおる
発売日:2024年09月28日
ISBNコード:9784041152881
定価:1,925円(本体1,750円+税)
ページ数:264ページ
判型:四六判
発行:KADOKAWA

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