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夏の終わり

夏らしいことが出来なかったから、と都内から車で日帰りで行ける自然豊かな場所へと遊びに行った。
訪れた広い広い敷地の向日葵畑。
入道雲と青空、眩しい日差しと広がる黄色い向日葵たちは夏らしさを感じるには十分だった。
「撮るよ」と声を掛けると背の高い向日葵を見上げる彼女が振り向いた。笑うと垂れる目尻がとても愛しかった。
ただ、ひとつ残念なことがあった。
「折角だし、日傘閉じたら?」
スマホに切り取られた背景も彼女の笑顔も夏らしく煌めいているのに、手放さない日傘が明るさを削る。
「日に焼けちゃうもん」
そう、笑って肩を竦める。

僕は夏が大好きで、子供の頃から青空にわたあめのような雲が堆く伸びるのを感じるとワクワクした。
うるさい蝉の鳴き声も、秋口に寂しげに響く鈴虫の音に比べたら暑さを増長させようとも好きだった。
木々の緑は濃く深く、アスファルトに揺れる陽炎や、シャリシャリとした氷菓で体を冷やすことも、何故か小さな幸せを感じるのであった。夏の初めに生まれたからじゃないかと母は笑っていた。
それなのに、彼女と一緒にいるようになってから少し夏に寂しさを感じる。
別に夏のせいじゃない。いや、夏の日差しのせいではある。
彼女はとにかく日差しを浴びるのを嫌がった。
日光アレルギーがある訳でもなく「紫外線はお肌の敵」と夏場のドラッグストアの日焼け止めコーナーの文言みたいなことを呟く。
日傘は薄曇りの日でも差していた。
「日焼け止め塗ってるんでしょ?」
頷きながらも、こんがり日に焼けた僕の腕やら項やらを眺めて戸惑うような表情をした。
日傘は直截に僕らの仲に邪魔だった。
手を繋ぐのにも、寄り添うのにも、邪魔をする。彼女の愛らしい表情ですら遮る。
車に乗っても車窓からの日差しに怯えて、長袖を羽織る。
「日差し浴びたら溶けちゃうの?」と揶揄をすると口を尖らせて、助手席に縮こまる。手を伸ばして、頭を撫でたりして謝ってみたりする。

それでも、ずっと車の中に居るわけもなく、大好きな夏を楽しみたい気持ちもあって僕らは日差しの下に出る。
ヒラヒラヒラ、と緩い速度で揚羽蝶が横切ってゆく。どこかから、甘い梔子の花の香りがする。近くの民家の軒先にでも植えられているのだろう。暑さと溶け合って少し酔いそうだった。

太い幹を持つ常緑樹の並木道。
緑蔭へと上手く彼女を導いた。足元には僅かな木漏れ日。転がっていた蝉が蠢いたが、すぐに動かなくなる。
夏がひとつ終わった、と思った。
その寂しさに見舞われて、深い緑の影の下、手元の日傘を奪って見せた。
夏影の誘惑の成功は、夏と彼女にすがり付く僕の衝動の具現化だった。
濃度の高い緑に注ぐ夏の日差し。太陽は頭上で僕を嗤い、季節をまた少しずらす。
大好きな夏が逃げてゆくのと、彼女が日傘を手放す季節の足音が響いている。

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