見出し画像

異語り 011 銀河鉄道

コトガタリ 011 ギンガテツドウ

ある週末紅葉を愛でに足を伸ばした。
海のそばまで山が迫る田舎道を走る。道沿いにポツンポツンと小さな村が現れた。

目的の宿は山の斜面にうま埋め込まれるように建っていた。
窓からは海がよく見える。

夕食後少し飲み足りなくて酒を求めて宿を出た。
既に飲んでいるため歩くしかないのだが、この村唯一の売店は山の下の海のそばにあるという。

まるでハシゴのような急勾配の細い階段をおっかなびっくり降りていくと、村内唯一の国道に出た。
車通りのない二車線の道路を渡ると、海まで続く細い道に小さな家が身を寄せ合うようにして並んでいる。
まっすぐ海まで抜ければ小さな海水浴場があるらしい。
夏場のほんの一時だけ活気づくと言う。
道行の中程に1件のストアがある。時計を確認すると21時40分すぎだ。村内で最も遅くまで営業しているのがこの店だがここも22時には閉まる。

客もいないせいか中では店主が既に掃除を始めていた
ピロピロピローン
軽やかな入店音が想像以上に大きく響く。振り向いた店主に軽く会釈しながら肩をすぼませ素早く目当ての酒の棚を探した。
ガラスの冷蔵庫からチューハイを2本と、レジ前でバターピーナッツを一袋取りカウンターに置き店を出る。

再び軽やかな音に見送られ、外に出るとふわりと甘い匂いが鼻をくすぐった。
無意識にそちらに足が向いた。
宿とは反対方向
つまりは海の方から香ってくる。

ふらふらと誘われるままに足を進めると、フッとあたりが暗くなった。
驚いて振り返ると、店主が早々に店の明かりを落としたようだった。
ただそれだけで狭い一本道はどっぷりと闇に沈んでしまった。
たった一つの明かりでこうも違うものか。心細さが湧き上がってくる。

香りはまだ漂ってくる

行こうか、戻ろうか、逡巡していると海の方に明かりが灯った
不安な気持ちがぐらりと光に誘われ、足早に海へ向かう。

視界がひらけた。
小さな堤防、その向こうに砂浜、そして海。
しかし行く手を阻むように目の前には1本の線路が横たわっている。
あかりは線路脇の街灯のものだったらしい
そのまま線路の先を目で辿ると100メートルほど先にも街灯があった。どうやらそこには駅があるらしい。
甘い香りも駅の方から流れてくる。

ふらりと足を向けかけて踏みとどまった
ぼんやりとした意識に反して、心臓が早鐘のように暴れている

行ってはいけない

何かが体の内側から自分を引き止める
立っているだけなのに、汗が吹き出し、呼吸が乱れる。
足の下の線路が細かく震え始めた
何かを求めるように顔を上げると、闇に浮かぶホームの遥か向こうから二つの光がこちらに向かってくるのが見えた。

列車だ

さらに明るい光を見つけて体が走り出しそうになる。

ダメだ、逃げろ

体は意識に逆らって線路の上を駆け出した。

行くんじゃない

勝手に走り出した体を無理やり線路から引きはがすように思いっきりの外へ飛び出した。体はバランスを崩してもまだ足はから回りしている
うまい具合に堤防の隙間に転げ落ち、砂浜にしこたま全身を打ち付けた

荒い息のまま顔を上げると、50メートルほど先で一両だけの列車が停車していた。
ぼんやりと明かりが灯る車窓にちらちらと影が蠢いている。

列車の窓にくっきりと一つ影が浮かび上がった。
カンカンとベルが鳴り、列車が動き始める。

ゆっくりと、そして徐々に速度をあげながら堤防の向こう側を走り抜けていく。
海と山の境界線を縫い止めるように、並んだ光点が遠ざかっていった。

列車を見送り呼吸が整うのを待ってゆっくりと立ち上がると、全身についた砂を払い落としとぼとぼと浜から上がった。小石が散らばる粗いコンクリートの護岸壁の上でゆっくりで辺りを見渡す。コンクリートの堤防と護岸壁が微かな月明かりに照らされ薄白いカーブを描き、ずっと遠くまで伸びていた。

そこに線路なんてものはなかった。
当たり前だ。この村に鉄道は通っていないのだから
ではあれは一体


翌朝、宿の女将がパタパタと忙しそうに大量の弁当を準備していた
「今日は団体さんですか?」
「いえいえ、この辺りは仕出し屋もないんで、冠婚葬祭があればうちが出すんですよ」
昨夜、村の者が亡くなったそうだ 。

サポートいただけるととても励みになります。 いただいたエールはインプットのための書籍代や体験に使わせていただきます(。ᵕᴗᵕ。)