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異語り 013 パワースポット

コトガタリ 013 パワースポット


東京に進学した時。学費と家賃は親が援助してくれたが、生活費とお小遣いは自分で何とかする必要があった。
時期的にバブルがはじけた後ではあったが、まだそれなりに時給をもらえるバイトを見つけ楽しい学生ライフを送ることができた。

バイト先は新宿の居酒屋。
場所柄様々な人が集まってくる。
お客さんで芸能人を見かけたり、バイト仲間も海外からの留学生や訳ありのご夫婦、夢追い人のフリーターなど様々なメンバーがいた。
大都会に憧れていた当時の私にはとても刺激的な環境でもあった。

11月の某日、酉の市の日。
バイト帰りに近所の花園神社へ足を伸ばした。
めあては酉の市の升酒。

この頃からお1人様を気にしていなかったので、一人ぷらぷらと賑わう境内を散策し、適当な屋台を見つけて升酒とおでんを注文した。

終電を気にしつつチビチビやっていると不意に名前を呼ばれる
「あー、やっぱり夏瓜ちゃんだぁ1人? って私も1人なんだけどねぇ」
「あゆみさん?! お疲れ様です」
バイト先の先輩だった。同じように手に升と焼き鳥を持っている。
「夏瓜ちゃんもこういうの好きなんだぁ? いいよねぇ、パワーチャージっていうのかな? 元気がもらえるよね」
升酒のことかな? それともお祭りのことだろうか? まぁ私はどっちも
「はい、好きです!」
元気に返事を返した。
あゆみさんはニコニコと笑顔で隣に座ると焼き鳥を頬張った。
「今度の日曜日に高尾山の方に行こうと思ってるんだけど、よかったら一緒にどう?」
お祭りでもやってるのかな?
「高尾山ですか、確かに1度は行ってみたいと思ってました」
「じゃあ、決まり! 日曜の朝9時に三鷹駅集合ね」
あゆみさんはチャキチャキと予定を決め、升酒をクイッと飲み干すと颯爽と帰って行った。

バイト先でもテキパキと場をまとめ、とても頼りになる先輩だ。
唐突に予定を決められて面食らってしまったが、少し憧れていたあゆみさんに誘われたうれしさの方が勝りその日は気分よく帰路についた。


日曜日、高尾山でお祭りはやっていなかったが、見事な紅葉が迎えてくれた。天気もよく絶好のハイキング日和だ
ケーブルカーで登り、薬王院まで歩く。
境内を一回りすると、あゆみさんは元来た道を戻り始めた。

「山頂まではいかないんですか?」
「あれ、行きたかった? でも結構本気で山だよ。それに次に行く時間もなくなっちゃうしね」言いながらチラリと腕時計をのぞく

「まだ他に行くところがあるんですか?」
「せっかくだから、高幡不動とかも行っときたいなぁ。あとは大国魂神社と深大寺まで行けたらラッキー♡」
あゆみさんはニコニコとこの後の予定を披露してくれる。
たしかに全部同じ沿線沿いだし、私自身もいつか行ってみようかなと思っていた所も含まれていた。が、できれば一カ所ずつゆっくり回りたかった。
「深大寺は駅から結構ありますよ?」
「なんだ夏瓜ちゃん行ったことある系? さすがだね」

あゆみさんは笑いながらスタスタと山をおりていってしまう。

どうやらあゆみさんが好きなのはお酒でもお祭りでもなく、パワースポットのようだった。

目当ての神社や寺についても参拝もそこそこにパワースポットと呼ばれるご神木や石に駆けていってしまう。結局その日はあゆみさんの計画通り深大寺まで巡りきり、駅で別れた。

どうやら黙って付き合ったのが気に入られたらしく、その日以降毎週どこかのパワースポット巡りに誘われるようになった。
そしてやはり何箇所もハシゴして回るのだ。
そのため帰宅するとぐったりと疲れ果ててしまう。具合が悪いこと悪くなることもあった。

でも、バイト先で顔を合わせるため「断ると気まずくなるかな?」と思い微妙に体調不良を感じながらも付き合い続けていた。

ところが、年が明けるとあゆみさんは突然バイトを辞めてしまった。
当時、私はまだ携帯電話を持っていなかったので、あゆみさんとの縁は唐突に切れた。
ハードスケジュールのパワースポット巡りからも解放され、少しほっとした。崩れかけていた体調も徐々に回復。
新学期が始まる頃にはすっかり元気を取り戻していた。

春先バイトに向かう道の途中であゆみさんらしき人影を見かけた。
かなり疲れた様子で地図を片手に反対方向へ歩いていく。
まだパワースポット巡りをしているのだろうか?

なんとなく声をかけるのがためらわれ、そのまま黙って見送った。
それ以来彼女を見かけたことはない。

数10年経った今。
なんとなく分かることがある。
パワースポットとは、元気になれるスポットという訳ではなく、元気がない時のパワーチャージの場所なんじゃないだろうかと思う。

パワーチャージというよりは、パワーを整えるスポットかもしれない。
マイナスのものを0に。プラスのものも0に。

パワーが足りないときにその元になるスポットに行けば回復する。
元気が出たと感じる。
逆にパワーが有り余っているときにその元になるスポットに行くとパワーを抑えられる。
ちょっと疲れたと感じる。

行けば行くだけ元気になったり開運するということではない。
あゆみさんが何を求めてパワースポットを巡っていたのかはわからないが、あの頃自分が感じていた体調不良はパワースポット巡りが原因だったのかもしれないなあと思っている。

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