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異語り 040 絵葉書

コトガタリ 040 エハガキ

携帯がまだなかった頃は、連絡の手段は電話か手紙だった。
急ぎの要件は電話で、それ以外の近況を尋ねたり、挨拶などは手紙といった具合。
近くにいない人との連絡には、とにかく時間がかかるものだった。

親戚の中に旅好きの叔母がいた。
あまり直接お会いしたことはなかったのだけど、よく絵葉書を送ってくれてた。
旅行に行くと、旅先から現地で買った絵葉書を送ってくれる。
親が何か言ったのか、幼かった自分が何かしたのか覚えていないけれど、いつも私宛にハガキが届いた。

ただ、それほど筆まめというわけではないらしく、ハガキの裏側はいつも、
『今○○に来ています』の一言だけ。

それでも年に数枚の絵葉書が届く。
あちこちの珍しい風景写真はとても綺麗で、しばらく部屋に飾っていたりもした。

でも、私が高校に上がる頃には枚数も減り、裏面も宛名だけが書いてあるものばかりになっていった。
単純に叔母も歳をとったということなのだろうけど、少し寂しく感じたのを覚えている。

さらに数年後、宛名の字が変わった。
お礼の手紙にそれとなく気がついたことを書いたところ、従姉妹から返事が届いた。

最近は叔母も病気がちになり、旅行には行けていないと言う。
今はあちこちで買い集めたストックを小出しにしていたらしい。
本当は「ストックが無くなるまでは内緒にしておいて」と言われていたらしいけれど「なんだか騙しているみたいで心苦しい」と告白してくれたのだ。

そんなサプライズならむしろうれしいから気にしなくていいのに。
なんでも叔母が「あの子にだけは送り続けてやりたいのよね」と言っていたらしい。

叔母はその半年後位に亡くなった。

ふと思い立ち、叔母の葬儀に今までの絵葉書を持って行ってみた。
他の親戚の人達も
「あーうちにも来ていたなぁ」とか
「これは一緒に行った時のだわ」など
昔話に花が咲く。
自己満足ではあるが、供養になったかなぁ? と思っている。


さて、それから数年後。
差出人のないハガキが届いた。

ひょっとしたらまた従姉妹が送ってくれたのかな? と思い連絡を取ってみると「双子が生まれたばかりで忙しくてそんな暇はない」との返事。

じゃあ誰だろう?

名前を書き忘れそうな友人を数人思いついたものの、そもそもハガキなど書くタイプの人たちではないことに思い至る。

なんとなく気にはしながらも、結局そのまま放っておいた。

さらに数年後、同様の絵葉書が届きやっと思い出す。

差出人は書いてなくても宛名は書いてある。
叔母からの絵はがきを引っ張り出してみた。
少し癖のある文字で書かれた私の名前。
絵葉書の宛名は懐かしい叔母の字とそっくりだった。


上京してから少したった頃届いたのは、神戸の風景だった。
それから更に数年が経ち、北海道へ旅に出た頃に届いたのは洞爺湖の写真。
長女を出産した頃には上越新幹線。さらに長男を出産した頃にはのは綺麗な松島の海。

住所が変わっても葉書は届いた。
その後も数年おきに木曽路や熊本城など、あちこちから絵葉書が届く。
親や従姉妹にもそれとなく探りを入れてみているが、まだ共犯者は見つかっていない。

叔母は今もどこかで旅を楽しいんでいるんだろうか?

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