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異語り 009 ハーメルンの笛男

コトガタリ 009 ハーメルンノフエオトコ

ある夜、外から口笛が聞こえてきた。
千と千尋の神隠しの『いつも何度でも』
しかもめちゃくちゃうまい!

そっとカーテンの隙間から外をうかがうと
三軒となりの家の前に自転車にまたがった人影が見えた。

荷台にゴムバンドを巻き付けた自転車
作業着っぽい上着に野球帽
顔までは見えないがシルエット的におっさんっぽい

三軒となりは松本さんと言う若いご夫婦が住んでいる
雰囲気的に松本さんではなさそうだ。
誰だろ?

男は音を外すことなく、かすれることもないまま、口笛で『いつも何度でも』を吹ききった。

本当にうまい。
飲み屋街の路上などで出会ったら投げ銭してたかもしれないくらいうまかった。

もう夜の十時を回った頃だったのでほかの通行人などの姿はなく。
男は誰の拍手も受けることなく、自転車に乗って去って行った。
「やはり松本さんではなかったな」
と思いつつ、あの男は何がしたかったんだろうと疑問が残った。


その夜から三日後
今度はサイレンの音が響き渡る。
昼時の住宅街の狭い道に消防車が3台も来た。
見るとすぐそばに黒い煙が立ち上っている。

「火事! しかも近いし」

松本さんの家からだ。
炎こそ見えなかったが二階の窓から黒煙がもうもうと湧き出るみたいに吹き出している。
焦げ臭い匂いが家にも流れ込んできた。
逃げる準備をした方がいい?

放水が始まる。
二本のホースからの水がこん棒のように窓に打ち込まれ、5分もしないうちに黒煙は白煙に変わった。
「すごい、さすが消防車だね」
野次馬から感心の声があがる

松本さんたちはお留守でけが人もなく、1時間もするといつもの静けさが戻ってきた。

原因は配電盤のからの漏電らしい
(ご近所の奥様ネットワークからの情報)

でも、松本さんはうちよりも後に越してきた人。
家は新築だしまだ十年たってない。
それなのに漏電? 欠陥住宅をつかまされたんだろうか?

ご本人たちはあまり近所づきあいをしない方々なので詳細はわからない。

ふと数日前の口笛男を思い出した。
無論あの男が放火したなどとは思わない
でも、私は子どもの頃「夕方以降は口笛を吹いちゃだめだ!」と厳しく躾けられた。
理由は「蛇がでるから」

関西圏だけ? 
学生時代の友人は「泥棒が来る」と言っていた。
北海道に越してきてからはあまり聞かない気もする。

子どもの頃の躾けは意外と覚えているもので、理由よりも習慣として染みついている。「バチが当たる」や「目が潰れる」などの脅し文句とともにたたき込まれたおかげか、理屈抜きに守らなければ気持ち悪いのだ。なので、我が子たちには同じように躾けている。

私は「蛇」と聞かされたが、本来は「ジャ」=「邪」の音を身近な「蛇」に置き換えたと言う説があるらしい。
他にも口笛を吹くことは神や精霊を呼ぶ神聖な行為だから畏れ慎むべき。 と言う教えもある。


彼の口笛はとても素晴らしかった。
それ故に何者かを招いてしまったのかもしれない。
あの夜以来、彼の姿を見かけていないが
もしも、また聞こえてきたら……
全力でお引き取り願おうと思っている。

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